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頬に傷もつ私の一生 7

私が見たことのなかった妹。

嬉しい。そう思った。ともすればその顔は記憶の母にとても似ていて、それがなおのこと嬉しくて……でも痛かった。心が。音をたてるくらいに。

受け入れた惨めな自分と、自分勝手な感情をそれでもその子にぶつけることはできなかった。できなかったけれど、愛想良くもしなかった。ただ依頼を受けるだけ。戸惑ったのは紹介してくれた子で、必死に私を擁護してくれた。この子は本当は本当はとっても楽しい子なんです。いつだって子どもたちを笑わせてくれるんですよって、そう、必死に言ってくれた。申し訳なく思いながら無表情でいた。きっと泣いてしまう。顔のどこかに力を入れたら、泣いて、ないて、嬉しくても悲しくてもつらくても醜くても泣いてしまうから。私は妹の前では仮面を被ったみたいになって、昔々に、貴族から受けたあやまちをおもいだすのです、なんて小声で言った。貴方には、かかわりのないはなしなんです、ごめんなさい、って。

敬語も何もなったもんじゃなかったけど、心優しい妹は許してくれた。そんな人もいるわ。どこの世界にもいる。わたしの学校にだっているの! あなたには素敵な服を作る才能があると思うから、すこしだけその才能をちょうだい。それを受け取ったら、わたしはあなたから離れるわ。あきらめられなくてごめんね。わたし、あなたの装飾が好きになってしまったの。

ああ、そうですか。小さな声は、閉じこもった私の心の醜さだった。だって本当は、私はあなたのお姉さんだもの! お母様は私のお母様よ!私の私の私の私の!!

そう暴れる自分の心の声を抑えるための折衷案だった。小さい声なら震えない。震えていても気づかれない。こんな話し方しかできないから、もし無理なら依頼を取り下げてほしいって言った。

結局妹はそんなことお構いなしで、最初も二回目も三回目も、丁寧にもてなしてくれた。おもてなしの最後はお茶会に色とりどり、たくさんのケーキ、ビスケット、フルーツの盛り合わせ。お母様と繰り返した唯一のおゆうぎと同じ。ちがうのは私が平民になって、もとの身内に気づかれないようにうつむいて、くたびれた服で参加しているってことだけ。

態度の良くない私は、妹を大事に思うメイドからお叱りを受けた。別にどうでもよかった。妹の報酬は私にとってはとてもいい予定で、店主に取り分をわたしても十分になる予定だった。だから、これが終わったらちがうところに行こう。古着屋で見た異国の子ども服が可愛かったから、そこに行こう。だってお母様やその周囲の人に見つかってしまう。日常はいつか壊れる。今みたいな事がわかったら私はお父様かお母様に殺されてしまうかもしれない。でも会うのをやめられなかった。依頼を受けた服に装飾を施して、刺繍で補強して、その合間に妹とお母様の話を思い出す。悔しい、つらい気持ちと一緒に、それを嬉しく思うわたしがいた。お母様は、ちゃんと愛する人と一緒にいるから。私の妹が、とてもとても、かわいくて愛しいから。

そしたら、またいいことがあった。弟だ。大きくなった弟をみた。人混み。スリに注意しながら、熱狂で空気すらも熱い朝に、遠くから騎士になった弟を見つけた。それは英雄の凱旋だった。弟は魔物を倒した英雄になっていた。お父様と同じ騎士の道を選び、躍進を遂げていた。昔とは違っていてムキムキガチガチでかっこよくて――記憶のお父様に似たあの子を見た。とても激しい戦いだと、噂で聞いて、怖くて、不安で、でも弟がいた。

私は手をあげた。歓声を上げた。なんて勇ましい英雄。強くてかっこよくてたくましい英雄。すごいね! さすが私の弟だよ! 生きてくれてよかった。あとは素敵な人と巡り合うだけ。もう会ってるかもしれない。弟はあんなに大きくなったんだから。私が妨げてしまった愛を、得られるはずの愛を、どうか弟が受け取れますように。

なぜだか目があったような、一瞬のあの、空間が切り取られたみたいな瞬間を忘れられない。意味なんか無い。知ってる。私以外にどれだけの人が同じように手をあげて同じように喜んだかあなたを迎えたかを知ってる。それよりも何よりも、家族の元に向かうあなたを知ってる。遠くあの別館で覗き見ていたのは私だから。絵本の中みたいに、素敵な家族のあなたたちを私は見てたから。


とても素敵な弟を見て、私の心は満たされた。この国を出る前に、とてもいい思い出がたくさんできた。


――だから神様は少しだけ意地悪をしたんだと思う。

いつだって、帳尻合わせの私の運。


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