頬に傷もつ私の一生 6
もとから気まぐれでわがままな自分だった。いつだって私は自分にふりかかった理不尽さに怒り、理不尽でなくても嘆いた。言う相手もいないから心のなかで嘆きを転がす。満たされない満たされないって、ふとした瞬間に他人みたいな声で私が私に話しかける。甘くて優しくて、ずるい声で話しかけてくる。父親を、自分を裏切っていた男を、私をくるしめた誰も彼もに仕返しすればいい。なんで。本当は裕福なはずだったのに、満たされて、甘やかされ、諭され、愛されたかった。
諸々の負の感情は家でも修道院でもその外のあの職場でも、その職場の合間の男の子の家でだって認めるべき感情ではなかった。
でもいいのだ。ちょっとくらいなら口にしたっていいのだ。私は平民で、この街でご飯を食べるために日々働いている。仕事が終わったら、少しメインの通りからは外れた食堂に行く。少しのお酒が入ったおじさんのいる安い定食屋で、どこのものともなんのものとも分からない野菜と肉のスープと、安い赤ワインを片手に誰かは自分の不幸を嘆き、私は自分の不運を吐露する。私はお酒を飲まないから、うまくぼかして、感情だけを言葉にして、そんな理不尽な私を名も知らない誰かが笑い飛ばして、俺もだと歌い出す。誰か外で蹴飛ばされて、ガシャン、と音がすればおしまい。笑いだして始めた歌は悲しい旋律で、その後別の人の世間話の合間に消える。隣で同じ職場の女の子が笑ってる。私もつられて笑う。ここは不完全な人間が美化されてもいい世界。私はそこで日々の糧を得ている。
優しくてやりがいのある日常のために、私は容姿を隠す。前髪は長めに、髪には黒いレースを巻きつけて色をごまかす。修道院時代から化粧はしなくなった。子どもたちにはたっぷりと色とりどりの、厳選した布を使って服をつくるけれど、私のは既製品で十分。でもそれを知られるといけないから、少しばかりの工夫を施す。ふとその技術を習得した職場を思い出す。
子どもの服の裏側には気を遣う。ちょっとだけいい素材を使う。ボタンは華美にして服はできるだけ軽く。外には子どもが怖がるものがたくさんあるから、少しでもその子が楽しんでもらえるように好きなものを刺繍した。そうしていくうちに、かわいいものを見る機会も増え、子どもとの交流はどんどん増えた。そしてとある女の子の部屋着が、いいところのお嬢さんの目に留まった。こっそりと会いたいと言っている。あなたのお店の部屋着を買うわ。そして同じ装飾をお母さまの服に加えるの。だってそうしたらおそろいでしょ。わたしのお母さまはうつくしくって、子どもがいるように見えないんですって。
引き合わされた先にいたのは、私の妹だった。