胸に証もつ俺の一生 16
ああ、あの子。と手当をする一人の声がする。
王族か――二色の髪じゃないか。
きれいな緑色の髪を持ってる。
ああ、精霊様に愛された子に、なんてことを!
あんたも、あんたの一族も、天国にはいけない。
口々に周囲から声がする。
「そんなことはどうでもいい!」
どうでもいいからあの子の傷を塞いでほしい、早く治癒師を。
だらん、とあの子の手から力が抜ける。目が見開かれたまま止まった。
無理だよ、もう――奇跡でも無理だ。
結局引き離された俺は、それでもあの子の――元は家族だったと、自分の過去を持ち出して、あの子のそばに戻った。
冷たくなったあの子の。
あの子と話していた婦人が近寄り、あの子とよく似た絵姿を見せられた。あの子の祖母らしい。ああ、この国の王族だったか。
嫁ぎ子を生み、すぐにこの世を去った。そして、子を生む前に、その夫は不貞をしていたと、その不貞をした女とすぐに夫婦になったと。婦人から聞かされる話は、祖父から聞いていた話と似ていた。事情は異なるが、周囲からはそう見えると、祖父は何もかもの気力を失い、罪の意識から祖母は祖父に付き従った。けれど、あの子を見て思い出したのだろう。祖父に見つかれば、溺愛されると、知っていたのだろう。自分の立場が――いや、自分を思う心がなくなると不安になった。
あの祖父の様子を見るに、そんなものはなかったようだった。
けれど思い込んで、あの子を傷つけた。あの子の母親を歪ませ壊した。
自分が育てた息子が、血はつながっていなくとも愛しているはずの息子を傷つけてまで、あの子を虐げた。
冷たくなり、白い布にくるまれたあの子の、解かれた髪を初めてみた。
中ごろから先端にかけてのびる淡く美しい緑の髪。発光するように影を持たないその色は、精霊の加護を受けた証と聞く。数世代前に潰えたとも。竜の住まう大地に精霊はいない。自国では現実味のなかった知識。
ならば、なぜあの子を助けたかったのか。
泣く俺のそばに、誰かが近寄った。足音もなく、影もなく、ただ存在だけがそこにある。
『このこ、知らないっていうんだもの。わたしのことも、自分のこともいらないって。夢でなんども教えたのよ、ほんとよ』
だいたいね、このこはね、器が大きすぎるの。あなたみたいにたくさん魔力があったら良かったけど、このこが魔力に気づいたのはずっとず――っとあとだったの。満たされない器のまま、中途半端な願いばかりかなえて、このこ、おかしいのよ。かわいいけれど、おかしいの。ご飯が食べられなくても生きていけたらいいのに、とか、誰にも知られなきゃいいのに、とか、あなたが無事生き残れますように、とか、変なお願いばっかり。だって、あなただって、あなたなんて、傷ついたこのこをそのままにしていたじゃない? 何回だって機会はあったのに、言葉もかわさずにね、このこ、見てるだけだったわ。よく見たいって強く強くねがうものだから、思わず助けちゃったくらい、みていたがってたわ。おかしいでしょ。かわいいけど。
わんわんと耳元で声がする。男と女と子供と重なった声は、どこのものともわからなかった。ただ、冷たい彼女の手と、すくい上げたその髪が薄っすらと光るのを見た。
『あなた残念ね。あなたたくさんの魔力があるから。このこの器と貴方の魔力があったら、――あら、竜の血も飲んだの? あなたもたいがいおかしな人だったのね。へえ、このこのこと、好きなの』
このこもよ、とふふふ、と笑う声がした。両思い? 両思いねとはしゃぐ声が周囲を回った。
「俺のほうが、好きだ」
声に出せば簡単だった。




