胸に証もつ俺の一生 12
あの子を探すのに、騎士を辞めることにした。あの子がどの国にいるのかは分からなかったが、あの子が勤めていた服屋の店主に頭を下げ、家の内情を話した。あの子と俺とのこじれた関係と、そもそも何も触れ合えもしなかった過去と、それでも一度会って謝罪をしたい、あの子の生活を邪魔せずに見守りたい。店主は最初はあの子をクビにした、自分も迷惑していると言っていたが、何度目かにたまらず俺の胸ぐらを掴んだ。
都合のいいことを、と言った。あの子が毎日、普通の生活をしていたのを知っている。週に一度、内緒で食べていたケーキ。食の細いあの子が、唯一すすんで食べていた食事。あのさ、どうしてかわかるかい、あの子、母親との思い出だって言ってたよ。そして、それ以外は泥がついたような食事で、だから今のご飯が一番美味しいって、ねえ、貴族様ってのはそんなまずいもんを食ってるのか、あんな荒れた手をしてるのかい、家族をみて悲しそうにわらうもんかい。あの子がどうして子どもが好きなのに、触らずに手袋して、近づかないようにしていたかわかったよ、全部あんたらのせいじゃないか。あの子、馬鹿だよあの子。ねえ、そんな家族さっさと捨てて、だれか好きな人を探して見つけて、子どもでもこしらえたら良かったんだ。それすらも怖かったんだろうね、あの子は!
そうつかみかかられて、水をかけられても、その通りだと思った。そしてそんな状況下でも、自分が食らいつく執着に怖気がした。それでもやめられなかった。きっとこの想いはあの子を傷つけるから、傷つけて呪いのようにあの子をかみ殺すから、だから、もう。
あの子を見つけて。
それで、終わらせたい。自分自身の、他者に向けられたときに感じた醜さを、自分の中にも見つけた。
何回目か、結局折れたのは店主ではなく、あの子の仕事仲間だった。あの子があなたを悪く言うことはなかった。凱旋で、あなたの姿を見て泣いていたのを、思い出した。
居場所を聞き出すと同時に、家から離籍した。母親が驚いた様子だった。私を捨てるの、と俺の父親に吐いたのと同じセリフを聞かせる。通り一遍等、この人はそういう引き止め方しか知らない。誰かに頼ってしか生きられない。今の夫にあの子にしてきたことを知られてから、この夫婦は弟を介してしかつながることはできなくなっていた。その弟ですら、違和感を覚えてその正体を探り始めていた。
あの子のところに行こうとしたら、王子から声がかかった。俺の離籍も退職も無かったことになっており、あの子への執着を指摘されて諭された。あの子に本当に恋慕してるのか。それは罪悪感じゃないのか、かわいそうな子を近くで見ていて、同情したんだ。
その一方で、国を離れることを危ぶんでいた。お前は英雄で戦力なのに、国を捨てるのか、いなくなった後は? 俺が王になった時誰が支える。
どうしてもいなくなるなら、王命だ、竜を倒してこいと、誰もなし得ないことをしろと、英雄様ならできるだろうと。
精霊もいない土地には魔物が湧く。魔物を餌に竜がくる。国境付近に居座った竜は、古の盟約を胸に刻んでいる。おいそれと倒せないが、周囲に影響が出始めている。魔物の森は広がり、人々はそれに食い尽くされるかもしれない。国を捨てるかもしれない。
俺の考えが甘かった。無我夢中で魔物を倒した結果、俺はこの国が手放せない戦力になっていた。鍛錬をして、力を手に入れれば自由になると思っていたが、英雄とそれに付随するしがらみがそれを許さなかった。




