胸に証もつ俺の一生 11
あの後、祖母は祖父に離縁された。祖母とあの子の父親の血はつながっておらず、祖母と母親は親戚だった。自分に子どもがいなかった祖母は、母親を代わりに据えて祖父と血縁関係になろうとしていた。
気持ちの悪いこの家系図に、正当な後継者であろうあの子はいなかった。未だ籍が抜けていなかったのが不幸中の幸いで、ほうぼう手を尽くして探し出すことになったが。国を出たあとの形跡をたどれなかった。
あの子の母親から、後日呼び出しがあった。幼少期のあの子の様子を聞かせてほしいという。だけれど、俺も詳しいわけではなかった。そこであの子が妹と接触し、その後海外に渡っただろうことを知った。
あの子は、ひどくいびつな様子だったという。平民といえば平民に見えたが、妹とお茶会をするときはさながらその仕草は令嬢のようで、その違和感に身元を調べようとも追いきれない。悪意がないように見えて、妹に向ける視線はときに鋭く、だけれども彼女を助けることもあった。
私は会えなかった。そうあの子の母親は言った。
会えなかったわ、会えるはずだった。妹があの子をとても気に入って、専属にしようかと話していて、普段は人見知りするあの子があまりにも懐いているものだから、とても不思議で、私も次のお茶会には参加するつもりだった。
あの、閉じ込められた空間で、私はあの子をちゃんと認識していなかった。私が作った人形なのかと思った。失敗作だけどかわいい人形。だって、夫にも私にも似ていない、ずっと言われて、不貞を疑われて閉じ込められた。ごまかすように人形のように飾り立てた。似ていなくても、かわいいでしょって。あの子かわいいでしよ。キラキラした目に、喜怒哀楽がはっきりしていて、いつもいつも全力で向き合える子だった。
あの子の母親はその時はほどんど壊れていて、あの子と遊戯のような関わりしか持てなかったと聞かされた。あの子の話をする母親はたしかに歪んで見えた。夢の中を歩くような眼差しをもっていた。さまよう視線を戻したのは今の夫であったけれど、その夫の姿を認めると、表情は嫌悪に染まり、抱きしめられたその手を全身で弾き返した。吐き気がするわ、と口を押さえる。
「あの子、どこにいるの」
わからない、と男が言う。
あの子は、メイドの嫌がらせにあって、頬に傷を作って、それをみたこの人が更に追い詰めたの。――あのときの私みたいに、追い詰めたの。あの子を、あなたが!
ごめん、すまない、何でもする、あの子を探すよ。非難されながらもあの子の母親を支える姿に、愛しむ様子が感じとれたのは、俺がこの男と同じく歪んでいたからだと思う。
誰もまともではない。あの子と弟以外、俺の周りは歪んでいる。
話が終わり、立ち去る途中で男が懺悔した。
彼女が傷を受けた衝撃で意識を失い、介抱していると目を覚ました。あの子が目を覚ますまで、離れないと寄り添っていた自分の娘の姿が痛々しく、正体のわからない女に振り回される様子に憤慨し、感情をぶつけた。
彼女はぎょっとした顔をして、その後でいつもは発しない大きな声を出した。
お金を頂戴、この国をでます。
その凛とした声は、母親とそっくりだった。だから驚いて固まっている間に、立ち上がり、睨まれ、威圧されて手放してしまった。
みな、うっすらと思い当たり始めていた、いや、しかし、あの子は。
そう戸惑っている間に、家令が準備していたはした金を渡してしまった。
確認するまもなく、あの子は旅立ってしまった。




