胸に証もつ俺の一生 5
ねえ、お兄ちゃんでしょう。
母親が俺を呼ぶ。お兄ちゃん、お兄ちゃんと。そしてようやく、母親は母親としての自分を見つけた。
仮面は仮面でなくなり、ピッタリと張り付いたそれに、だけれども時折醜い劣情を見た。視線の先のあの子の父親は気づかないようだった。
本当は、私、あなたが好きだったのよ。
耐えきれなかったのか、数年して母親は、自分の今の夫にその事実を告げた。
あの子はいなくなった。――俺が騎士学校に行くことが決まったと同時、修道院に行った。あの子の要望も有ったが、決定的な理由は弟を眺めていたのを見咎められたことだった。弟も、あの子が見ているのに気づいたらしく、ある時それを口に出してしまった。
ただ羨ましかっただけだろう。月に幾度しか会わない、会っても目を合わせないような父親を恋しがって、もう会いに来ない母親に気を遣っていた。――弟ができたあとに、あの子の母親は気が抜けたのか、過去の男の一人と結婚したらしい。あの子には誰も会いに来なかった。まもなく子どもが生まれたと聞いた。
すれ違うたび、その姿を見るたびに、自分がおかしくなるのを自覚していった俺は、それにあの女達と同じ劣情が含まれているのも自覚した。気持ち悪い。あの子の瞳に映る感情は子供のままなのに、俺だけが汚いものになってしまった。いや、あの子はきれいじゃない。だって母親や祖母がそう言っている。きれいじゃないから自分が手に入れても構わない。
訳の分からない感情は、訳の分からない思考を引っ張り出す。ごまかすために、自分自身のために、俺は剣術にのめりこんだ。そして騎士学校に入ったことで、更に暴力性がました。隠しもしない自分の容姿へのからかいに、執拗な出自への嘲笑と、――でも、俺には才能があった。細い体は見る間に太くなり、動きは鋭くなり、早くなり、攻撃は重くなった。誰を守るためでもなく、ただただ強くなった。余計なものが増えたから、余計なものを耳に入れないためにどんどん周囲の声を消していった。
あの子はいつかいなくなるだろう。あの子は俺に見向きもしないだろう。あの子はきっと華奢な容姿が好きだから。あの子が好きな絵本に出てくる王子様のように、昔の俺がそのまま成長したような姿が好きだろう。今の俺のような、あの子の父親のような筋骨隆々の姿は好かないだろう。眺める分には視線が動かないのに、父親と同じ空間にいるあの子は緊張に体を固まらせて、いなくなる背を見て震えていた。
きっとレースやフリルが似合うような男が好みなのだ。面差しの優しい、舞台にさっそうと現れる役者のような――そんな男と一緒になるだろう。
あの子のことを知りもしないのに、そんなことを思っては、その隙間に修道院にいるあの子を迎えに行けるだろうかと、そんなことを考えていた。
その妄想は矛盾していたが気がつかなかった。ちがう、知ってた。だから知らないと言い聞かせてた。夢を見てるフリをして、無かったことにする。母親と同じ、おんなじ。
あの子は、修道院からいなくなった。
それを聞いたのは、冬の終わり、騎士学校を卒業して王立の騎士団に入隊する合間に帰省したときだった。




