胸に証もつ俺の一生 3
頼み込んだ滞在だったから、母親は萎縮していた。俺の父親は高貴な身分の男で、遊びはするものの結婚はしておらず、子どももなぜかいなかった。だから俺は疎ましくも珍しい存在だった。身分の高くない母親にとっては父親が生命線であり、連れて歩けば後ろ指を指される俺は母親の弱点だった。だから母親は事あるごとに言う。大人しくしろ、目立つな、目立っても傷つけるな。俺が受けた気持ち悪さを、すべて俺のせいにする。
俺がいなくなったことを親切にもあの子の父親が心配し、探している最中、ちょうど抵抗した拍子に倒れた家具の音で、母親とあの子の父親が乗り込んできた。
自分が傷だらけで抵抗していた様子を見て、母親は「なんてことを」と言った。俺が意味を理解し、一歩退くとようやく自分の失言に気づいた。謝罪することなくあの女は、その言葉をあの子に言った。すげ替えられた非難の言葉とその子が肩を震わせるのと同時に幾人もの大人が部屋に入り、女の子とメイドは拘束された。手首を捕まれ吊るされるように持たれるその子は、何をされているのかわからない様子だった。俺も同じようにされたのに、何も理解していない様子だった。
「なによ!」小さく声が聞こえる。不満のにじむ声。震える唇。大人に遮られ、母親が無理やり俺を抱き上げた。傍から見たら支えるようにみえるそれは、他人――この家に対する主張に他ならなかった。被害者とそれに寄り添う家族の芝居だった。歌劇でないだけましの、白けた演技、感情の足りない舞台。
ねえ、なんで、そういうあの子を前にして、メイドは崩れ落ちた。震えて周囲を見回すのを、俺は見ていた。考えて、震わせた唇から出たのは、その子に命令されたという主張だった。
哀願。
命令された。二度と見られないようにしろと、傷をつけろと。遊びだと。そうしないと私の家族を代わりに同じ目に合わすと。あの奥様の子です、やりかねません。助けてください旦那様! どうか私の家族だけは! 妹はまだ奉仕にも上がっていません。
馬鹿みたいだ。こんなものに騙されるなんて、馬鹿だ。
俺から見えたその女は、愉しんでいた。父親と戯れる女と一緒だった。俺が十をすぎるのを心待ちにすると言った母親の友人と同じ目だった。どうしてそんなことをするのか、と思う間に、あの子はあの子の父親に頬を張り倒された。
「こんな、娘が、」
火がついたようになく子。それを前に自分の怒りしか考えない大人がいた。倒れたあの子を、誰も助けない。ただもう一度立たせるだけ。
嫌だ、その子にさわるな! 変だ、嘘だ、なんで。声はつっかえて出ない。体は母親に押さえられて動かない。あの子を囲うどの顔も醜い。どこもかしこも醜い。止められない俺も醜い。嫌だ。
さわるな。
どんどんと腫れるその頬は、白塗りした下が薄っすらと赤くなるその頬は、どれだけ痛いか知らなかった。
俺は抱き上げられてその場から離された。
あの子にはしばらく会えなかった。




