胸に証もつ俺の一生 1
弟のターン。
この感情をどうしたって仕方ない。どうしようもない。
受け入れずもがくだけで無駄だった。
無駄だった。
目を背けてもあの人はそこにいて、目を背けたつもりが俺が目で追って、憎くて、見にくいと、睨みつけてもあの人は俺を見はしない。滅多にないその瞬間を見とがめては、背中に走る熱を収める。
収められるのか。
収めずに、自分の中にいてもらえばよかった。
大好き。
だいすき。あいしているわ、どこの誰より。
いつだってその言葉は軽い。誰彼構わず、どこここ知らず、見返りを望みながら、自分を慰めるための言葉だ。
聞き続けて、聞かされ続けて、そこに在る感情が、醜いと知っていた。
受け入れきれないこの感情を、あの子には知られたくなかった。
だけれど受け入れてほしかった。
だから近づけなかった。
俺がこの家に引き取られたのは、母親の策略だった。
頼れる親類である祖母に頭を下げて、実家を追い出され寄る辺ない母親が、落ち着くまで滞在することになった。親類の年配の女性は母親を冷えた目で見ていたが、俺が視界に入ると喜色をにじませ、まあ、まあとベタベタさわった。
まあ、ほんとう、あの子にそっくりね。ええ、ほんとうに。
家の主人との顔合わせ、母親はいっそう自分に磨きをかけた。昔、学園でお見かけした方なの、立派なのよと俺を見ずに俺に言う。頬は化粧で隠せない途中その家の婦人が乱入して、泣いていたけれど、俺はそこにいるのにいないように佇むだけだった。あっという間に騒ぎは収まる。
若い情熱に身をやつし、計画なしに俺が産まれた。相手の父親は母親と一緒になるつもりはなかったが、気まぐれに母親を呼び、俺の顔を見て笑った。これは将来が楽しみだ、俺以上に女泣かせの男になるぞ。
女は醜い、とその男は女に囲まれながら言った。父親は俺よりも遥かに明るい表情で麗しかった。だからこの手の醜さに性別も容姿も関わりないと、だいぶ前からわかっていた。
父親が言う通りなのか、幼くても、向けられる視線に不快感を覚えることが多かった。年を経るごとに確かに女達の、自分に向ける熱のある眼差しに欲が混ざっていることを知ると、気持ち悪さは増した。
年齢を問わず、時には性別を飛び越えて――俺を注視しないのは母親だけだった。
だからあの時、俺に近づいてきたあの子もそうだと思った。
客室で暮らして数日、庭に出た俺をあの子は捕まえた。




