頬に傷もつ私の一生 12
慌ただしくも準備は整った。実家の記念に持っていた最後の最後と思っていた宝石を売ろうとしたんだけれど、危険だからやめた。なぜ持っているのか、持って来たつもりはなかったもので、装飾品だから売れるだろうけど……下手に盗品を疑われたら不味かったからだ。もし間違っていたとしても、これからこの先何かの拍子でお金が本当に必要になった時に売れるし、その間は私の思い出に手元に残しておこうと思い直した。裕福で、愛されたかった頃の思い出。苦くて苦くて、でももしかしたら一番甘くなるかもしれない思い出。自分が愛されなかったことへの憤りや悲しさは、ふとした瞬間波みたいにやってきて、私の心をさらって無茶苦茶にする。この心が汚いうちは、誰にも言えないうちは、でも誰にも言えないから、お酒で口を軽くするわけにはいかない。みんな美味しそうに飲むから、一度は飲んでみたいんだけどな。
そうこうしているうちに、滑り込みみたいにお母様の家の従者が現れて、お金をくれた。「治療費」だって。わかりやすい名目で。元の職場には別で渡すらしい。私は旅立った。
船に乗り込み、周囲の人が別れの挨拶を交わす中で、一人奥に進んだ。波にさらわれるように、誰かの声が聞こる。振り返ると波が眩しかった。船の縁にしがみついて、手を振っている人達がいる。ぼーっと同じような船の汽笛が鳴る。どこもかしこも騒がしい中で、さざなみの間にたくさんの声が聞こえる。ありきたりな名前。ありきたりなあいさつ。それでも心がこもっているから波間を越えて船に乗っている人に聞こえる。港で待ってる人に聞こえる。ずっと聴いていたかったけれど、私に声をかける人もいないと気を取り直して背を向けた。
それが私の生まれた国とのお別れだった。
船の中でも小遣い稼ぎに針と糸とで服の修繕をしたり、気分転換の模様替えのようなものをしていた途中、そこで知り合った魔術師の家族から服飾関係の魔法を教えてもらった。魔道具が有ったほうが便利だろ、使ってないのがあるんだ。と布を縫う魔道具までくれた。
本来貴族にしかダメなんだけれど、これがあるとないとでは職探しが違ってくるから、と。幸い魔法はスルスルと使えて、本当に習っていないのかい、すごいねと褒められた。貴族の血が入ってるのかな、と言われて苦笑した。世が世なら、何かが違っていればそうかもね、なんて曖昧な答えを返した。
いくつかの港を経由して、私は希望の国へ辿り着いた。紹介状と余ったお金で新しく身分証を作ることができた。異国で変わった様子の新しい職場には、私の国よりも簡素な飾りで、それでも変わった形の服がたくさんあった。前の店長がくれた紹介状のその店は私の出身の国の流行を取り入れた服を販売したいらしく、こころよく雇ってもらえた。でもどういう経由で誰が追ってくるかもわからないし、紹介状をくれた店主から連絡が来て、なにかの拍子に私の正体を知ってしまったらと思うと気が気じゃなかった。一年は緊張しどおしで笑顔も向けられなかった。笑顔を取り戻せたのは、子どもたちの服をまかせられるようになってからだった。
どこの国でも子どもは可愛い。




