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海と女王と海賊と(3)

 船旅開始から五日が過ぎた。

 船内の移動は甲板までの限られた順路しか許されず、食事も持ち込んだ保存食で済ませた退屈な日々は、野太い悲鳴で終わりを迎えた。


「か、海賊船だあっ!」

 声に反応して船室から急いで駆け上がり甲板に上ると、見た目にはこの船と大差無い姿の船が迫っている。大砲による砲撃も行われているが、当たってはいないから威嚇だろう。


「……あれが……」

 武装としての砲も側面に幾つか見られるが、今こちらに船頭を向けていて、術式砲を使って撃っていた。

 ただの海賊船にしては、随分と気前の良い使い方だ。あれ一発でこの船の護衛金額一回分だ。それをもう十数発分は使っている。


「おいアンタ! 用心棒なんだろ! どうにかしろよ!?」

「言われるまでもない。お前らはさっさと避難しろ」

 離れゆく連中には目もくれず、首元のチェーンを引っ張って胸元から目当ての物を取り出した。よくよく目を凝らせばそれは人型を模した銀細工であり、小さいながらも宝石が埋め込まれているし、精巧に彫られた鎧一式に見えるだろう。目の肥えた者ならば、それだけで一つの家庭が数年は遊んで暮らせる代物だと気付くはずだ。

 俺は口元の牙で指を切り、ぷっくりと浮き出た血をそれに当てる。


 それは俺に与えられた武器にして、白の国にて受け継がれてきた伝統ある装束。

 ルース様の竜の血と、古来からある術式を改良して生み出された最新兵器。

 自分に与えられた役割をもう一度心に描き、簡略化された術式が周辺に展開するのを意識しながら、俺は口を開いた。


外装骨格(エクステリオッサ):アレクエス!」

 海に飛び込むと同時に術式が発動し、俺の意識を残したまま身体が粒子と変換される。何処までも広がっていきそうな感覚を抑えながら、術式の進行維持を意識し続ける。

 持っていた銀細工はパーツ毎に分解され、人型の原型を留めたままサイズは人間の背丈を超えてゆき、頭部が甲板より上に届いたところで止まった。鎧としての部分以外は黒い布地で各部が繋がり、そこに肉体の膨らみが出来ていく。頭部全体を包み込むような獣型の兜に眼の光が宿り、俺の視界がはっきりと船を捉えたところで、人型武装『外装骨格(エクステリオッサ)』を装着が完了した。

 術式の光を払い除ける様に腕を振るえば、銀色だった鎧が金で縁取りされた真白い姿に変わる。 


「『鎧持ち』か! ……にしては小さくねぇか?」

 視覚強化された目が、遠目から様子を窺っていた船長が俺の姿を訝しげに見ているのが見て取れた。


「いいから下がってろ!」

 足元に滑走術式の光が走り、雪の上を滑るように海面を駆ける。

 流石にこの展開は予想外だったのか、相手が慌てたように俺に照準を合わせて砲撃してくる。


「そんな砲撃!」

 外装骨格(エクステリオッサ)のサイズに合わせて巨大化している術式剣を振るい、迫り来る砲撃を次々と払い退けて迫っていく。

 俺の目的の為にも船を壊しては元も子もないので、身体を横に逸らしながら避けつつ砲台の一つに狙いを定め、剣先に攻撃用の光を集めつつ迫った。


「!?」

 しかし、間合いに入った俺の視界に入ったのは、他の砲台と違う火砲の姿。砲内には光が灯り、間も無く打ち出されるのは明白だった。


「くっ……!?」

 火線に入ってしまっている以上、こうなっては仕方がない!


爆破(ブラスト)!」

 剣を突き出して先に集めた光を術式で弾けさせて衝撃を発生させて、無理矢理に火線から離れる。一瞬後に放たれた火砲を目の前に見つつ、弾き飛ばされるに任せて身体を海面で転がせ――雪の上での活動を可能にするため、全身に水と反発・滑走する術式が組み込まれている――、だが視線は辛うじて船の側面に向け、当たりそうな射線にだけ剣を振るって弾いていく。

 ようやく体勢を整えて身体を起こし、海面を滑るように流して海賊船と距離を取る。

 だが向こうは何故かこちらを追撃しようとはせず、帆をこちらとは逆に広げて逃げに回った。


「逃がすかっ!」

 追いかけようと足に力を入れたが、船の方が術式による力場で全体が覆われ、帆に風が当たり、水の抵抗が無くなったかのように進み去っていく。


「加速した……という事は、アレは『魔術によって強化された船』……か」

 色々と気になる船だが、このまま走って追いかけるには向こうとの速度も違うし、俺の術式の維持出来る時間も残り少ない。

(恐らく、もう一回機会はあるだろう)

 そう考えて背を向けると、船の方へと戻った。船の側面に機体を近づけると、足の反発力を上げて甲板の上へ跳び上がり、空中で外装骨格(エクステリオッサ)を解除して甲板に降り立った。


「おい! 取り逃がしたのか!?」

 一息ついた俺の元に、慌てた様子の船長が迫ってきた。


「船を護衛する、という依頼は果たしているだろう。何か問題があるのか?」

「護衛ってなら、後顧の憂いなく沈めろよ!」

「……本気で言ってるのか? 憂いなくと言うなら、海賊船の全船員を殺せと言うことだぞ?」

 流石にそこまでする必要があるとは思えない。

 まあ、雇い主となっているから言いたい事ややらせたい汚れ仕事もあるのだろう。


「俺が『鎧持ち』とわかっているなら、アレの維持費もわかっているんだろう? それだけの手間賃、お前に払えるのか?」

 外装骨格(エクステリオッサ)には自分で整備出来る部分と、専用の技師が必要な部分と二つある。今回はどこかを損傷したりはしてないので大した費用はかからないが、もしあの海賊船を沈めようと思うならそれなりの被害も覚悟しておかなければならず、今回の依頼費用程度では経費として見合わない。


「……へ、へへ。わ、悪かったよ。海賊に襲われるなんて久しく無くてよ」

 俺の明らかな脅しに、冷や汗をかきながら卑屈に頭を掻く船長。


「わかったなら良い。聞かなかった事にしてやる」

 ここは横柄な態度をとっておけば、相手が調子に乗ってくることはないだろう。


「見張りや護衛は継続する。だからさっさと青の国に向かってくれ」

「わ、わかった。た、頼むぜ?」

 念を押してくる船長を手を振ってあしらうと、俺は船の立ち去った方向へと視線を向けた。

 海上地図によれば、向かった先は――途中にある小さな島国を除けば――俺の目的地である青の国だ。


「……まさか、な……」

 潜伏先がそちらにあるのかはわからないが、周辺に何かあるのか。

 向こうに到着したら少し探ってみるか。

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