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海と女王と海賊と(2)

 翌朝。

 飲んだくれた船乗りが使う寝床にしては清潔な寝具に包まれていた部屋で、肌に朝の寒気を感じてゆっくりと目を開けた。

 昨日の乱闘騒ぎで得た疲労は今日に持ち越されず、体調はいつも通りだ。手早く身支度を整えて階下に降りると、昨晩の様相は影も形も無くなった酒場で床板を掃除しているマスターが、掃除の手を止めて顎でカウンターを指した。言われるまま席に着いて腰を落ち着けると、マスターから牛乳を手渡された。


「連中は?」

「壊した家財の弁償と飲み代を払わせて、昨日のうちに出て行かせたよ。流石は騎士様、だな」

 マスターが俺を『騎士様』と呼んだ事に違和感や不思議はない。

 そもそも、ここのマスターとは昔からの知り合いだ。何せ遠征でこの街に来れば、騎士団連中の誰かに連れ込まれる酒場の一つで、身体つきの小さかった俺が過剰に構われている様子を何かと心配して以来、来る度に面倒を見られている。


「昨日の連中は何だ? 俺を知らないという事は、この辺りの人間じゃないようだが」

「ああ、最近青の国とやりとりしている貿易船の連中だそうだ。取引内容までは知らんがね」

 形の良いマスターの眉間に皺が寄る。あまり良い顔をしていないという事は、歓迎されない客という事か。

 ジョッキの牛乳をちびちびと飲みながら、マスターはカウンター裏で竈の火種を強め、フライパンに油を引いて卵を焼いていく。小麦の焼ける匂いもするから、バケット辺りも焼いているのだろう。


「……貿易船?」

「疑問に思うのは尤もだが、実際に街で船長が交易品のやりとりしてる姿が目撃されているから、どうやら嘘ではないようだ」

 そう言いながらサーブされたのは、皿にたっぷり盛られた手で千切られた葉物の野菜と目玉焼きが二つほど。もう片方の手にはバスケットに積まれた焼きたてのパンが詰め込まれている。それをカウンターに置いてさっさと戻ったマスターは、フライパンに残った油を使って肉を焼き出している。

 豚の脂が焦げる匂いに誘われるよう一切れ手に取り、切り口の片面にマヨネーズを塗ってバゲットに野菜を挟んで食べ始めた。中に胡桃を入れているから小麦以外の甘さを感じつつ、しんなりした野菜の中のアクセントになっていた。

 程なくしてサーブされた肉で新しくサンドイッチを作り、腹に二つほど入れたところで満足し、残りはバスケットに入れてもらった。


「これからどうするんだ?」 

「実は――」

 マスターに船のアテがないか聞いてみた。


「流石に厳しいな。先に船着き場で問い合わせたんだろう? 武装船もここ最近は入港してないしな」

「……そうか……」

 そう言われるだろうとは思っていたので気落ちはしなかったが、これで思い付く手段は無くなったのでどうするかの悩みどころにはなった。


「急ぐのか?」

「一年後の妹の誕生日には旅を終えたいと思ってる」

「そりゃまた随分と急ぐな。各国を回るだけでも一年なんてあっという間だろう?」

「それでも、だ。目標は高くあっても困らないだろう?」

「それに拘りすぎて目的を見失うなよ?」

 わかってる、と返して俺はジョッキの中身一気に飲み干した。

 

 覚悟は決めた。

 多少、強引ではあるが渡る手段をつけるとしよう。



 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―



 薄曇りで通りを渡る風が肌寒さを感じさせる中、俺は表通りからやや外れた一軒家の前に立っていた。年季が進んだ家は所々に腐食の後が見られ、中で大暴れでもしたら倒壊してしまうだろう。建て付けが悪いのかうっすら空いている窓の中からは、下品な内容の話題や粗野な声の笑い声が聞こえてきている。入り口へ来る前に裏も回ってみたが、そちらは倉庫になっているらしく鍵が掛かっていた。

 マスターから聞いたとおりなら、ここが昨日の連中が住処としている場所だ。

 俺は入り口が空いているのを確認して扉に手をかける。入るなり厳つい体格の男たちが一斉に俺へ鋭い視線を投げつけてきたが、それがわかるほどに照度があるのは、天井に吊された照明具のおかげだろう。室外の様子とは裏腹に内部にはそれなりの金を使っているのがわかる。

 元々は酒場だったのだろう。マスターの店と構造や内装はあまり変わらない。奥への入り口は一カ所あるが、そこは扉で隔てられている。


「てめえ! 昨日の!?」

 威勢の良い声と共に俺の前に立ち上がったのは、俺より一回りは大きい人族の男だった。腕に包帯を巻いている所から昨日の喧嘩に混ざっていた男だとは思うが、いまいち記憶に残っていない。

 そんな男があと数人いたがそれらを無視し、奥で椅子に座ったまま書類に目を通している男に視線を向けた。


「船長はいるか? 話がある」

「昨日のだけじゃまだ足りねえって言うのかよ!?」

 目の前の男が唾をまき散らしながら俺に迫ってくる。

 大仰にため息を一つ吐き、仕方なく酒臭い息の男へ向き直って口を開いた。


「俺程度に殴り負けたのはそっちだろう。こっちは仕事を受けに来たんだ。受付役がいるならさっさとしてくれ」

「それが人にモノを頼む態度かよ!」

「うるせぇ!」

 突然、奥の扉が開いて第三者の声が響いてきた。

 暗がりからドスドスと重い足音を響かせて現れたのは、浅黒い顔つきの中でも目の下の濃いクマが目立つ男だった。周りにいる男達からすると一回り小さいが眼光は鋭く、口周りは髭で覆われていて、黒い外套を羽織り色褪せたズボンだけの姿は、海賊の首領という印象しか浮かばなかった。


「なんだオメエは?」

 酒焼けでもしているのか、やや(しゃが)れた声をしている。ボサボサの髪を更にかき乱し、酒の匂いを全身からさせているところからすると、昨日はだいぶ飲んでいたのだろう。


「護衛の仕事を受けにきた」

「腕にゃ自信はあるのか?」

「こいつら全員、また殴り倒せばいいのか?」

 そう口にすると、周囲の熱気が一段上がる。とはいえ、別にもう一度殴り倒すことそのものは手間なだけで出来ないとは思わない。

 一触即発の空気となるかと思ったが、男は俺を上から下まで舐め回すように見ると一つ鷹揚に頷いた。


「……いいだろう」

「親分!?」「うるせぇ黙ってろ!」

 カウンターに乗せられていた水瓶を掴んでそのまま口を付けて一気に飲み込んでいく。


「仕入れた積荷の積み上げと、他の荷の関係であと二日は時間がある。その間はどこでどうしてる?」

「お前らが昨日来た酒場に寝泊まりしてる。いなくともマスターに言伝てくれればそれで足りる」 

「わかった。報酬は行きが銀貨五十、帰りが金貨一枚。問題ないな?」

「いいだろう」


 契約を終えると、俺は踵を返して出ていった。

 二日後に出発できるなら、連中が多少怪しくとも問題ない。

 マスターの店に戻り、一連の事を話して微妙な顔をされたのを笑いながら、その日を終えた。

 次の日は丸々準備にあてがい、当日は朝に迎えが来て連中の船に乗った。

 天候は曇ってはいるが風があまりない穏やかな海上を進んでいく。

 海賊が襲ってくることを期待しつつ、おおよそ一週間の船旅が始まった。

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