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【前編】竜に見出された僕は竜退治に出かけ~そして俺は殺戮者になる【完結】  作者: 葛原一助
第4話  黒の国

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黒の国、来たる(1)

 色々あった赤の国で残された用事――術式剣の確保や、術式槽へと入れる薬液の作成だ。鉱石を売り払った金で解決出来る部分はしたが、金で時間の問題は解決できない。洞窟の一件からおおよそ一週間ほど時間が過ぎた――を終え、俺達は馬車で黒の国へと向かった。

 道中で多少は敵に襲われたりもしたが、すべからくどこにも所属していない野良の山賊や武装集団崩れの連中、あとは魔物が何度か出てきただけで、順調といえばその通りの道程を過ごした。

 俺たちからすれば敵国ではあるが、それなりに道の整備はされていて移動に不自由もなく、俺達はあっという間に黒の国が見える山間まで辿り着いた。

 望遠術式を使って眺めれば、角のある魔物が闊歩(かっぽ)し、中には大型種も足元に気をつけながら歩いている姿が見られた。街の人達にはそれが日常なのだろうが、大型種の周りにいる人もその足にぶつかったりしないよう気をつけて歩いたり、また客として気を引こうと声をかけている姿なんかも見受けられた。


「……至って、普通、だな……」

「アタシもそう思うさね」

 術式を切って最初に感じた感想はお互い同じだった。事前に軽く話し合ったが、俺もトゥーリアも黒の国へは来た事がない。実体の知らない国を少しでも先んじて知っておこうと少し遠回りをして観察してみたのだが、人々の見てくれが魔物であるという点以外は、他の国と大差ないと思えた。

 それを踏まえて馬車に偽装を施して黒の国へと入国すると、そこには俺達が得た印象通りの街があり、しかしやや粗野な分だけちょっとしたやり取りに荒々しさが窺えて、人によってはこれを活気強いと感じるのではないだろうかと思う勢いがあった。

 俺達の目的は黒の竜ただ一人だが、居場所に関しては望遠では探しきれなかった。街の住民に聞くなり、街中のはずれに建てられた城に潜り込んで聞き出すなりしなければならないだろう。

 なるべく陽の高い時間を狙ってきたせいか、酒場などは閉まっている場所も多く――街に住んでいる魔物の多くは夜行性というのもあるのだろう――、街中では耳をすませていても聞こえてくる情報は少なかった。

 一度どこかに入って夜まで時間を過ごすか、それとも城まで行ってみるか。

 その選択肢を思案している最中、馬車の幌に軋みを立てて何かが乗った。

 一歩遅れてそれに気づいたマノが振り返り、コンタは馬車を脇道へと寄せ、俺とトゥーリアは手に得物を構えた。

 緊迫した中で何者かが幌から飛び降り、幌の後ろ――俺とトゥーリアに姿を見せやすいところへと着地した。

 今度は音もなく降り、背筋を伸ばして俺たちに顔を見せる。見た目は中肉中背。角は額に2本あるが、布でも巻けば隠れてしまうほどの小さな物だ。加齢による顔の皺や白髪が多く見られるが、手入れが良いのかそれとも化粧によるものか老いを感じさせず、また身なりも整えられていて品の高さは窺えた。


「ラストック様ですね?」

 良く通る低音の渋い声が耳に聞こえる。


「……なんで、俺の名前を?」

「サング様から特徴を教えて頂いております」

 忘れもしない、黄の国で出会った吸血鬼の名だ。

 なら、こいつはその(しもべ)なのだろうか。それにしては苦手と言われるこの昼間を歩いているし、辛そうにも感じられない。なにより、話している最中に口元から吸血鬼の特徴たる牙が見られなかった。

 いずれにしろ警戒すべき相手なのは間違いない。いつでも抜けるように剣から手を離さずに言葉を選んでいると、向こうの方が先に用件を口にした。


「城へ御呼びするよう 承 (うけたまわ)っております。そちらに不都合がなければご案内致しますが」

「理由は?」

「我らの黒の竜の居場所と、可能であれば歓談などをしたいと聞き及んでおります」

「――いいだろう」

 即座に受け答えが出来るのは、おおよそこちらが口にするであろう内容が吟味されているのだろう。なら、欲しい情報は手に入れる為に多少の危険は受け入れるべきか。

 俺の首が後ろへ周り、相方の返事をもらったところで相手へ首を縦に振った。


「ではご案内致します」

 慇懃ともとれる優雅な一礼をすると俺たちの先を歩き出し、馬車を操っているコンタがその後ろをついて行く。道中に襲われる事があるかとも思ったが、街の連中はむしろ怖がっているのか近づこうとせずにいた。

 大小様々な家の作る隙間のような道を抜け、俺たちの馬車は城の門前に辿り着いた。コンタのマノの無事を保証してもらいつつ、中を案内された。

 城の中もやや独特な作りがある。入り口や通路の大きさも普通の物より大きく、また内装への装飾は少ない。その代わり窓は西側に多く設置されていて、そこからは鎧兜を身に付けた巨人族の姿がちらりと見えた。

 そんな様子を横目にみつつ、俺たちは玉座の間に案内された。


「ようこそ、黒の国へ」

 誰も座っていない玉座の横に立ったサングが、前と同じ執事服の格好で出迎えた。ここまで案内してきた老齢の男は、いつの間にか音も無く後ろに引き下がっている。

 俺は一歩前に出て一つ息を吸うと、思いついた口を開く。


「王はいないのか?」

「貴方がたに合わせて挙げるなら、黒の竜そのものが我らの王でしょうか」

「なんだと?」

「この国の者は皆、黒の竜と少なからず繋がりがあり、そのおかげで本来の意識を維持したまま日常生活を送っています。多少の暴力性はあっても、それはまあ粗暴な人間がいる貧民街(スラム)と大差ないですよ」

 つまり、他の国と違ってこの国では魔物は魔物ではなく、一般市民として扱われているということだ。


「……何故、俺を呼んだ?」

「黒の竜、ニグレオス・セネクト様の意向です」

 ニグレオスの名前を呼ぶ時、サングの顔に尊敬とも敬愛ともとれるような穏やかで彼方を見つめていた。


「出来るだけ街の民を傷つけないようにする事。

 この国に対して知りたい事などは包み隠さずに話す事。

 そして、望むならあの御方の下まで案内をする事。

 それが、私が仰せつかった内容になります」

 指を一つ一つ立てて説明された内容を吟味する。

 一つ目は王という立場であれば、国民を守ろうとする当然だろう。

 二つ目はこの国を理解してもらおうという事だろうが、俺にそれを伝える意味があるのかわからない。

 そして三つ目は逃げたり隠れたりする――そもそも竜がそういう事をする理由がないが――気がないという事だろう。


「ああ、私が貴方と戦う事も――万が一にでも貴方から襲われるという事がなければ――禁じられております。ですので、ニグレオス様の望む範囲で協力させていただきますよ?」

 口元がうっすらと口角上がったのは、そうされてもどうにかなる自信があるからだろう。油断、とは言い切れない実力がある事は俺もわかっている。


「この国は、なんだ?」

 だったら聞きたい事を聞いてしまおう。


「術式などを使いすぎて自我を失いつつあった者とニグレオス様が繋がり、力の抑制と制御、それに自我の保護を行う事で個体性を保たせた者を保護していく事で構成された国、ですよ。もちろん、無差別に救っているわけではなく、ニグレオス様の手の届くところにいた者であり、また同意の得られた者だけに限りますが」

 ということは、融合の力で相手と繋がり、助けた者が国民なのか。

 それは、なんというか、とても崇高なのではないだろうか?


「なぜ肉体は戻らない?」

「戻せないのですよ」

 肩をすくめて答えるサング。


「精神の変容に応じて肉体も変容していくのはご存知でしょう? 順番としては精神が先なのですが、そちらを保護して取り戻す間に肉体の変異は角を通じて半ば強制的に進んでしまいます。かといって、角を折ってしまえばニグレオス様の力の享受もしづらくなってしまう」

 魔物化する過程の話だ。術を扱う者であれば誰もが習う事だ。


「ですが、肉体の変容は概ね筋力強化や弾性発揮などが大半で、初めのうちは多少の不便はありますが時間があれば慣れます。しかし精神は変容してしまえば元には戻らないし戻せない」


「つまり、妥協の産物か」

 融合を使うと言っても、全てを救えはしないということか。


「人が人たらしめている要因は精神である――それは貴方のような外装骨格(エクステリオッサ)使いであれば理解出来るのでは?」

「……………………」

 確かに俺たち《エクステリオッサ》乗りは肉体を分解して存在生命として再構成する以上、変異の危険は常にある。

 そして変異してしまえば肉体がない以上、魔物と化すのはあっという間だ。

 それを王自らが救っているというなら――


「連中はここで――」

「――ええ。想像の通りです」

 俺の表情から読み取れたのか、憎たらしいほど清々しい笑みを浮かべて答えた。


「ここで働き、他人と出会い、家族を作り、ささやかな幸福を得て天寿を全うします。もちろん、自国を守るためであれば一人一人がその力を駆使して防衛する意思がありますし、王が宣言する事はないですが他国への侵略も喜んで致しますよ」

 その言葉に嘘はないだろう。俺だって元を正せばルース様に助けられ、その恩を返すためにこうして勇者として活動をしているからだ。助からないとされている魔物への変化を抑え、この国から出たら討伐される可能性はあるにしても一生を穏やかに過ごせるのなら、望んで忠誠を誓うんじゃないだろうか。


「……それはお前も、か?」

 俺の戸惑いを含んだ言葉に、サングは鷹揚に頷いて返した。


「私には仕えるべき主人がいて、主人の望みの為に手を尽くす。それが私にとっての幸せですね」

 支えることに不足はない、と言いたいのだろう。

 しかし、それなら言いたい事はある。


「黄の国をあんなにしておいてか!」

「幸福の獲得方法は人の数だけあります。精神を救えたとはいえ外観は魔物と大差ない人たちには、生活の基盤となる物資や、食糧の問題は少なからずあります。それを叶える方法としてああいう手を取ったというだけですよ? 現に我々と交渉に立ち会った人達とは何の問題もなく商売を行いましたし、もちろん命もきちんとあります」

 それはその通りかもしれない。


「私があの国で行ったのは、我々に対する偏見を無くさせたに過ぎません」

 だとしても、あの国でこいつが原因で亡くなった人もいる。


「亡くなった人に対してどうする!?」

「どうもしません」

 にこやかな表情のまま、目だけが冷たく光を放つ。


「交渉に障害となる者は排除するのは人とて同じでしょう?」

 さも当然の如く口にする。

 それを否定する事が、俺には出来なかった。


「私が表立って行ったのは、それが最善だったからという理由に過ぎませんよ」

 こんな見た目ですしね、と付け加えて身体をサッと回す。

 魔物の中では――角さえ誤魔化してしまえば――人とほぼ見た目が変わらないからだろう。


「それより、そんな不毛な話を私とする為にここに来たわけではないでしょう?」

 貴方にはやるべきことがあるでしょう?

 そう言いたげな誘う目付きに、俺は沈む気持ちを切り替えた。


「なら、さっさと黒の竜の下へと案内しろ」

「畏まりました」

 慇懃でしかし洗練された一礼をして顔を上げたサングは、ここまであったどこか含みのある笑みを貼り付けた顔つきではなく、真剣な眼差しで俺たちを一瞬捉えた後に真っ直ぐ歩き出した。

 まだ緊張感の残っている身体に、頬を叩いて奮い起こして後ろを追いかけた。

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