幕間3−7
術理、解説
「どんな術さね?」
声がどことなく明るいのは、術式に関する純粋な興味からだろう。
「自分の生命力を剣に変える」
術式としてはそれほど珍しくはない。自身に流れる血を使った術式は一般的だし、非合理ではあるが肉体を代償とした術式もある。
俺が『生命力』として表現しているのは、俺たち鋼騎士が外装骨格に乗ったときに表現される『存在力』の話だ。
「……アンタ、正気かい!? そんな術使ったら身が保たないよ!?」
トゥーリアがそう口にするのも無理はない。存在力は肉体や身体を構成する力を表したもので、俺やトゥーリアのような鋼騎士が《エクステリオッサ》を動かしている力に当たる。これは年齢では大きな変動はなく、生まれつきの素養や竜との縁故によって増減する。
「別に全部を使うわけじゃない」
「そんな事言ったって、自分の存在生命を削るんだろ? オススメしないね」
トゥーリアは強い口調で俺の術式を否定した。術師となれば――俺が彼女の弟子ではないとしても危険な事に挑もうとしているからには――そうするだろう。
「大体、相手の力や自分の力を利用するにしろ、それを力に変換するには対象の同意がいるさね。戦場でそんな術式必要かい?」
「黒の力は『融合』だろう?」
俺の答えに、まだ何かを口にしようとしたトゥーリアの息遣いが止まった。
「……融合を受け入れた上でに力に変換しよう、ってのかい……?」
俺は静かに頷いた。
「危険がないわけじゃないけど、まあ考え方としてはアリ、かねぇ」
言葉として認識できないほどの小さな音の羅列がしばらく続いた後、ぽつりとそう呟いた。
「これはどちらかと言えば保険の類だ。そもそも、融合を利用するという発想自体が危険なものだからな。それに、自己存在を脅かすような量は使わないさ。そもそも戦闘中に使う以上、術式の継続時間の問題もある」
「そうさねえ。術式をどう組むかって問題もあるけど、やるなら剣の刃先に纏わせるような形か細剣みたいな形にして、可能な限り力の消耗を減らすべきさね」
「とりあえず使う。確認してくれ」
予め羊皮紙などに内容を書いて構築し、直して覚えた術句を舌に乗せて口に出した。
「我の意思はここにあり。我が望むは断ち切る意思。我が求るは困難を裂く刃。我の身を賭けて立ちはだかるものを退く力を――存在する意思と確立の力」
全身から力が抜けるような感覚がある。初めて術式を起動するとき、加減が分からずに起きる現象だ。俺もそれなりに経験を積んだとはいえ、未知の術式を使おうとする緊張や不安から起きてしまった。
それでも膝を落とす事なく構えた剣の片側、それも刃先の部分だけに延長された白い光の刃が出来た。
「片刃の剣かい」
「そうだ。剣の振り方にはコツがいるが、まあ慣れていくさ」
トゥーリアも術式の性質を理解しているせいか、多少近くで眺めるだけで迂闊に触れようとはしなかった。
俺も剣を軽く動かしてみせた後、手近な岩を切ってみた。
いつもの術式による強化――正確には金 属 強 化で材質を強化してるか、先鋭化を施しているのだが――とは明らかに違い、なんの抵抗もなく刃先が通っていった。
と同時に、俺の腕が剣を支えきれず、取り落としてしまった。手から落ちた剣からは光が消え、俺の右腕の白や金の外装が変色して使い物にならなくなっている。動かすにも力が入らず、仕方なく鞘の位置を変えて左手で剣を納刀した。
「これを出来るだけ簡易化しつつ、剣以外のどの箇所でも使えるようになるのが最終目的だ」
「あー……なるほどね」
納得はしたようだが、俺の右腕の惨状を見て、おそらく機嫌は良くない。生身なら眉間に皺を寄せて悪態を付くか、もっと酷ければ頭を引っ掴んで殴られているんじゃないだろうか。苛立たしげにつま先で地面を叩き、胸元を漁っている姿をみると、酒でも飲んで気分を変えたいんだろう。外装骨格では飲食行為は不可能だし、そもそも空腹や呼吸は意識的な問題しかなくなるんだが。
「わかったさ。これが終わったら術式の改良や改案、手伝うさね」
それでも力の有用性は理解してもらえたのか、それで話は決着し、休憩がてらのこの話は一旦終わった。




