幕間3−5
依頼、獲得
「危険度の高い魔物、ですか?」
そんなわけで俺たちは赤の国にある傭兵向けのギルドに来た。ギルドの資格証は俺もトゥーリアも持ってないが、国所属の騎士と従者という事であれば仕事は斡旋して貰える。トゥーリアが青の国の非公式な騎士でもある以上、使うのは俺の物だ。
それなのに何故か、俺は鼻先が僅かに出るくらいにフードを目深に被せられ、交渉をトゥーリアに任せて一歩後ろで待つ形で立たされている。
「出来れば石鬼辺りがあれば完璧だね」
「ああ、もしかして『石』狙いですか?」
受付嬢はトゥーリアの目的に気づいたらしく、どこか納得した様子で書類をめくっていく。
俺もトゥーリアが短期でどうやって金を稼ぐのかに気づいた。
《ゴーレム》は各国で比較的良く見られる魔物だ。鉱石を核として身体を形成して暴れるのが特徴だが、実は身体が岩に限った話ではなく、白の国では雪を、青の国では海水を、ここ赤の国では溶岩なんかも身体に使われている。
そして岩を使う場合、身体に宿る核が複数ある個体があり、核となる石部分は術式用装備の石として高額で取引される。
トゥーリアの狙いはそれを見つけて討伐する事だろう。
「そうそう。この辺だとそっち系の魔物が多いだろ? 今はどうかと思ってね」
「そうですねえ」
受付嬢は手元の書類の束をめくり、要項を確認していく。
「この時期はお客様と同じ考えの方が多く、大体は狩り尽くされてしまってますねえ」
流石に甘くないというわけか。
そう思っていたのだが、受付嬢の手はある頁で止まっている。
「全部狩られたかい?」
「いいえ。大物は残ってますが、こちらはちょっと一般の方には手に余りそうなので……」
「国に持っていく案件かい?」
「そうなります」
多分、それを待っていたんだろう。
トゥーリアの後ろに構えていた手から準備しろと合図が送られてきた。
「外装骨格が必要ってなら、アタシらもある。回しちゃくれないかい?」
「……本当ですか?」
「これで良いだろ?」
訝しげな受付嬢に、胸元から基礎模型を取り出して見せた。合わせて俺も、胸から《オルナメンタ》を掲げてみせる。
鋼騎士である事がわかったのか、目を見開いていた受付嬢は一つ息を吐いて落ち着きを取り戻す。
「ちょっと金が入り用でね? 国に回すよりこっちに回して稼がせて欲しいのさ」
「事情はわかりました。ではこちらへ」
受付嬢が立ち上がり、待合室とは別の部屋へと案内された。
木造の室内には壁際に本棚がいくつかと、重そうな鎖と鈍色のいかにも頑丈ですと言わんばかりの大きな錠を掛けられた棚が一つ。中央には術式槽が中央に埋め込まれた高価なテーブルと椅子が数脚あった。
受付嬢に促されるまま席に着くと、邪魔くさくてフードを取った。受付嬢が一瞬驚いた顔をしたが、手元の書類を操作盤の上に置く動作に淀みはなかった。その書類が溶けて消えたかと思うと術式槽が反応し、テーブルの上に光で編まれた文字や図が浮かび上がった。
「状況を説明しますね。まずはこちらをご覧いただけますか?」
受付嬢の指さす画面はどこかの風景を映し出したもので、おそらくは近隣の山々にある一部だろうと見受けられた。その中央にはぽっかりと大きく開いた洞窟があり、話の要点はここだと察した。
「……洞窟……」
「ああ、そういう話さね?」
トゥーリアはもうわかったとばかりに頷き、俺もなんとなくだが状況を理解した。
「……あの……説明、要ります?」
「すまん、念の為に頼む」
本当にいるのかなあ、とぼやかれてしまったが、場所やら何やらは聞かねば向かえない以上、その話は聞く必要がある。
一つ咳払いをした後に、受付嬢は気持ちを切り替えて再び口を開いた。
「赤の国から少し離れた所にある鉱石の採掘を主とする村があり、数日前に山崩れが起きたという報告がありました」
「おそらくは山の内側から崩れたんだろう」
そう口にした俺に、納得いった様子で頷く受付嬢。
「流石に白の国も似たような件がありますか」
「白の国と赤の国で共通しているのは、国土の一部に山脈があり、その中で石鬼が生まれる可能性が常にあるという事実だ」
鉱石を核として生まれる以上、山脈にはどこからでも《ゴーレム》が生まれる可能性がある。魔物としての脅威は『何を核とするか』『外殻にどんな鉱石が使われているか』で変わるため、意外と千差万別だ。
「では、後は説明はよろしいですかね?」
「依頼内容としては、その村に現れた石鬼を退治して欲しい、でいいのか?」
「出来れば、崩れた穴も念の為に塞いでいただけると助かりますが、細かい話は依頼主である村長と詰めていただけますか?」
「わかった。報酬の方は?」
「国へ依頼する報酬額が一人当たり金貨五枚。ただし国へは小隊単位でお支払いすることになるので、おそらく総額は二十枚となります。ですので、貴方達には一人十枚でお支払いしたいと思います」
条件としては妥当だろう。俺としては問題なかった。
トゥーリアに視線を向ければ、向こうも軽く頷いて返してきた。
「よし、請け負おうじゃないか」
「ありがとうございます。倒した証明として、心臓部となる核石をお持ち帰り頂けますか?」
「あいよ」
契約の証明として、術式槽の上に触るよう促された。手を伸ばせば、槽から光が上がって俺の手の形を写し取り、テーブルの上に浮かぶ画面の一つに手形が残された。
「さて、じゃあ早速向かうとするかね?」
受付嬢に見送られながら俺の手を引いてトゥーリアが俺を連れ出して行く。
その顔が笑っているのは、俺の手の平の肉球の感触を楽しんでいるからではないと思いたい。




