幕間3−2
術具、作成
店を出た俺たちは、その後の予定を立てる為に一旦宿へと向かった。
宿は前回と同じ宿を取るように頼んでいたので迷う事はない。
見慣れた扉を開けて中を探ると、コンタとマノが卓上いっぱいに料理を並べて俺たちを待ち構えていた。旅も長くなってきたからか、俺の席と思しきところにはミルクがあり野菜と肉が半々くらい。トゥーリアの席には並々と注がれた麦酒と肴になりそうな香辛料の効いた料理が主として置かれている。
なんとなくトゥーリアの顔を見ると、歯を剥いて笑って親指で卓を指され、互いに席に着いた。
互いの杯を叩き合わせると、今日の労働に感謝しながら喉に流し込む。随分と冷えて喉越しの良いミルクが火照った体に染み渡る。
こちらの状況を伝え、最低でも一週間は滞在するという話を伝えると、コンタがすぐさま席を立ってカウンターへと向かった。馬車もある関係上、長めの滞在となると――祭りの後夜祭をしている関係もあってか――拠点を確保しておかないと行動がままならないというのをわかっているからだろう。
「武器の目処が出来たとなると、後は術式槽に入れる原液の作成か」
「そうなるさねぇ」
香辛料か何かで赤く色付けられた小さな骨付き肉をひぃひぃ言いながら頬張り、麦酒を流し込んでいる姿は随分と楽しそうだ。
「血を安全に抜く為にも、魔術士協会に場所を借りないとね」
術式槽に入っている原液は、俺の血を原料にして作られている。本来ならこれを術式で加工するために協会に作業場所と魔術士を雇い加工する。
「加工と保存はどうする?」
「まあアタシがやるかね。協会に頼むだけの金がないだろ?」
「……すまんな」
トゥーリアの言う通りで、魔術士協会に頼む場所代の費用を確保してしまうと、そろそろ路銀が乏しい。場合によっては、魔物退治か輸送系の依頼を受けて稼ぐ必要があるかもしれない。
「じゃあアンタは今日は早く寝な。良質な血を取るためにも体調は大事さね」
そう言いながら、自分は杯に残った麦酒を飲み干し、大声でウェイトレスを呼びつけて追加を頼む。ちびりとグラスを傾けて肉を頬張れば、持ち込まれたグラスを一気に飲み干し、またまた追加を頼む。
「……お前も深酒はするなよ……?」
当たり前ではあるが、術士の技術――に関してはなんの心配もしていないが――と体調も品質に大きく影響する。
「おうさ!」
気楽に請け負いながら酒を煽る姿に、それでもトゥーリアの酔い潰れた姿や明け方に二日酔いで苦しんでいる姿はそんなに見なかったな、と思い直して食事を切り上げて寝床に入った。
――・――・――・―― ――・――・――・――
翌朝。
鳥の鳴き声に促されるように目が覚めた。
伸びをして身体に活を入れてベッドから下り、身支度を整えつつ軽く体を慣らしてから階段を下りると、昨日のテーブルに座って酒を飲んでいるトゥーリアがいた。
「あー飲んだ飲んだ!」
俺を見るなり笑顔で迎えたトゥーリアは、大きな声で厨房に注文をかける。それに応じたどことなく目に隈を作った無愛想な店の主人が、生欠伸を噛み殺しながらフライパンに油を引いて熱されたその上に肉の腸詰を振るう。
「……そんなに飲んだ後で大丈夫か?」
「ちゃんとアンタより早く起きてきてるだろ?」
そうは言うが、テンション高く俺の肩を叩いたりしているところを見るに、
「徹夜で飲んでただけだ、という事は?」
そういう可能性の方が高いと思い、自然と目つきがきつくなり睨むように見てしまったのだが、トゥーリアはどこ吹く風で酒を飲む。
「……まあ、いい。今更だからな」
実際のところ、本当に酔ったところは見たところがないのだから、単純に酒精を分解する力が強いのだろう。
遠くから強めの香辛料が焼ける香ばしい香りと共に運ばれてきたのは、ごろごろの芋と肉ブロックの山盛りだった。出来れば瑞々しい野菜も欲しいが、実は高価だという事を旅で知った。代わりとばかりに溢れんばかりに牛乳が注がれたジョッキを出され、トゥーリアが無言でジョッキを掲げる。
「何に乾杯するんだ」
「今日を迎えた事でもいいんじゃないさね?」
なぜか酸味の強い果物を知らずに噛み切ったような顔になり、しかし差し出した手を無視も出来ずに無言で交わし合った。
他の二人はすでに出かけたという事で、俺たちはいつも通りに二人で出かけた。目的地である魔術士協会は城の一角にあるのは知っている。城の入り口から離れたところにある専用口から入ると、衛兵と思しき全身甲冑の者が一人と、受付の立て札が置かれた机に座っている女性が一人、こちらを出迎えた。
「部屋を一室、一週間ほど借りたいんだが」
「術士としての登録証明証はお持ちですか?」
彼女の問いに、俺は腰元のポーチから薄い銀の板を取り出した。机の傍に置かれたランプの光で俺の名前や国の所属が彫り込まれているのが見て取れたのか、後ろで控えているトゥーリアが小さく口笛を吹いたのを耳にしつつ、それを受付の机に差し出した。
女性はそれを手に取り、大振りの眼鏡の中にある形の良い目を閉じて、指で読み取るように盤面の文字をなぞっていく。
「ラストック様ですね。そちらの方は?」
「助手だ。登録証は必要か?」
「いいえ。祭りの主役様であらせられるのですから、大丈夫でございます」
良くも悪くも、俺とトゥーリアの名前はこの国で知れ渡ったという事か。
「今回の用途はどういったものでしょうか?」
「術式補助液の作成だ。予定としては一週間ほどかけて行う。施錠に関してはこちらので行うが宜しいか?」
「構いません。こちらの番号の部屋をお使いください」
数字が彫られた鍵を受け取り、彼女へ礼をしてから俺たちは奥へと向かった。
祭りの最中であるせいか、彼女ら以外の気配はまるでない。何かあるとすれば、
「少し鉄の匂いがするのが赤の国らしい、か?」
俺の独り言に、何を考えたのか気づいたトゥーリアが口を開く。
「ああ、金属結合とか精製とかに使うってイメージさね?」
鷹揚に頷いて返すと、事情を知っているのかそのまま言葉が続いてくる。
「ここでもやるだろうけど、大体の連中は店の中に専用の部屋を作ってやってる事が多いさね」
「そうなのか?」
「金属って一口にしても色々さね。その中には当然稀少な物も含まれる。特に宝石なんて最たる物さね」
そう言われれば、確かに宝石も『貴い金属』と呼ばれる通りに金属の一種か。
「その辺の加工をしようってんなら、こういう場所に持ち出そうとするよりも自分の店でやる方が安全さねえ」
なるほどと一つ納得した辺りで、目的の部屋へと辿り着いた。
鍵を使って中に入ると、音もなく扉が開く。中からは使い込まれて何が何だかわからない細かな薬品の匂いに満ちていて、しかしトゥーリアは平然としているところから、慣れているのかはたまた俺の鼻が効くせいなのか、両方なのかだろう。
先に入った俺が備え付けられた魔道具で室内を光で覆うと、トゥーリアは部屋の様子を一瞥してから机に腰を下ろした。
「俺はどうすればいい?」
「術式槽に入れる血を抜き取るから、椅子に座りな」
小さな作業テーブルに置かれた椅子を一脚下ろして腰を下ろす。血の抜き取りをしやすいよう、右腕の袖を捲って机に乗せる。
お互い手慣れているせいか特に何かを指示し合う事もなく、トゥーリアはトゥーリアで保管庫から器具を準備し、机の上で着々と組み上げていく。
「これでいいか?」
「わかっちゃいると思うけど、改めて言っとくさね」
お互いに頷き合い、俺はトゥーリアの言葉を待つ。
「出来るだけ丁寧にゃやるけど、血が抜け過ぎて辛くなったらゆっくり机に伏せな」
「信用してるさ」
緊張するでもなく穏やかな気持ちで笑いかけると、何故かトゥーリアは目を見開いて俺をまじまじと見てきた。
別におかしなことを言ったつもりはないんだが。
「……水晶漏斗に保管瓶、後は鍵付きの熱保管箱と、必要な道具はちゃんとあるさね」
今更に指で一つ一つ道具を確認しながら呟く姿はどこか不思議で、むしろ俺より緊張しているようにも見える。
「部分的な麻酔はいるさね?」
「出来るだけ術式を介さない方が純度の高い溶液を作れるだろう?」
血を抜き取った後は、余分な成分を術式で取り除いて作り上げる。使用する術式が少なくかつ精度が精密であればあるほど良い物が作れる為、術士の力量を見極める為にも行われる溶液作成だ。
俺も術士の端くれとしてその知識があるから、覚悟は出来ている。
一つ頷けば、獣毛に覆われた俺の腕をさすり、血の巡りを探すトゥーリア。少し力を入れて探しやすくしようと思う矢先にあっさりと探し当て、手にした針を刺した。
「――っ」
よく手入れされた針は苦も無く刺さり、すぐさま血が管を通って瓶の中へと滴り落ちていく。
針が動かないよう静かに手を離したトゥーリアは、器具とは別に用意した砂時計をひっくり返した。
「とりあえず、この砂が落ちきるまでやるよ?」
「その大きさなら、往復させるまでは大丈夫だ」
トゥーリアが用意したのは、初心者用が使う小さい砂時計だ。術士の修行としてどの砂時計でどれくらい血を抜けるかを覚えさせられる為、俺は一目で答えを返した。
「馴れてるねえ」
「修行として術式の訓練やら何やらさせられたからな。自分の限界は把握してるつもりだ」
「てっきり基礎までかと思ったら上位まで獲得してるならそうさね。じゃあ今日はそこまでやるかねぇ」
術士は下位、中位、上位と分けられ、それら全てを収めた上で国の試験を合格することで、弟子を持てる『術師』を名乗れる。
俺がその階位の上位だと分かったのは、先程の登録証を見たからだろう。
呼吸を落ち着かせ、静かに抜けていくのを見守る間、トゥーリアも酒を飲まずに銃を分解し始める。
長らくなかった、落ち着いた時間を今、確かに過ごしていた。




