祝福されし旅立ちは南へ(5)
旅立ちの朝は、メイド長が合い鍵を使って部屋に入り込み、俺と妹を叩き起こして強引に連れ出して引き離され、慌ただしく準備に取りかからされた。
といっても、主賓は俺だが旅衣装で向かうので着飾るような服ではなく、この日に備えて着慣れたありきたりな生成の布の服だ。訓練にも使っていた小剣も腰に帯剣していくし、荷物を入れた袋も持って行く。メイドがやるのは、俺の顔を湯で温められた布で拭いて綺麗にしたり、寝癖を直したりするくらい。
彼女らが専ら力を入れているのは妹だ。今日は身内だけとはいえ巫女として着飾るというし、その姿を一目見られるというのは兄として純粋に喜ばしい。
当然のように先に終わった俺は式までは出歩くことも許されなかったので、荷物の中の書物を読んだりするくらいしか時間を潰せず、仕方なく読み慣れたその書物を一周する辺りでようやく準備は整った。
玉座の間に通された俺を出迎えたのは、玉座に座った国王とその隣に立つ王妃。それに、その後ろにある玉座よりも高い位置にある台座で身体を丸めて寝ているルース様と、その御身体を撫でている妹だ。
巫女として整えられた妹の姿は、なんというか、不思議と艶めかしいと思えた。身体のラインがわかるほど薄い絹の生地で作られたワンピースに、長く伸ばした髪を藍色の布で纏めている。よく見ると、全ての指に銀の指輪を嵌めていた。
「ラストック、前へ」
国王に呼ばれ、一つ深呼吸をしてから一歩前に踏み出した。
身内だけとはいえ、正装した王の目の前に立つと流石に緊張する。予定通り、マントを開いて帯剣した剣を外し、膝を付いて傍らに置いて顔を下げる。何度も練習したから、緊張していても動作は自然と出来た。
「巫女よ。旅立つ勇者へ祝福を」
呼びかけられた妹がこちらへ近付いてくる。足音がほとんどしないのは、靴を履いていないからだろう。目の前に来た妹の足元はタイツに覆われている。
顔を上げ、妹の顔を見上げる。
巫女となっていても、俺を見る表情は子供の頃と変わっていない。
「――兄様。ご無事で」
「――必ず、帰ってくる」
顎に手を添えられ、口元が合わせられる。
これは親愛の口付けであり、妹を経由したルース様の加護送りだ。
妹が後ろに一歩引いて差し出された手を取って立ち上がる。一つ頷いて見せると、妹は口元だけで笑って、ルース様の側へと戻っていった。
「ラストックよ。行き先は決めてあるのか?」
「はい。ルース様と話し合い、友好国である青の国へ行こうかと思います」
国王からの問いに、俺は淀みなく答えた。
「今回の旅は御子一人が挑むものとなる。だが旅の供は付けてはならぬわけではないのだぞ?」
「最近は魔化した動物による被害も多く、国の防衛を任されている騎士団の皆を俺の旅に付き合わせる訳にはいきません。団長からも、術師長からも旅での術は学んできました。であれば、俺一人で向かう方が身軽で良いのです」
「わかった。お主にそこまでの考えがあるのであれば、これ以上はもう何も言うまい」
鷹揚に頷かれ、俺はこの儀式の終わりを悟った。
「では王様、ルース様。行って参ります」
こうして、俺の旅の一歩は始まった。