旅立ちの朝。拝謁の虚しさ(2)
「久し振りだな! 選別は終わったのか?」
あれから魔物に襲われる事もなく、俺たちは再びアルク様の元へとやってきた。
相変わらず大きな声で話すので、どうしても耳が痛い。
そんな事も少し懐かしいと思ってしまいながら、ここに来た経緯と用件を告げた。
簡単な説明を大袈裟に頷きながら聞いているアルク様を失礼ながら子供っぽいと感じつつも、話し終えた後に思ってきたことを聞いてみた。
「……アルタ様はこうなるとわかっていたのですか?」
「馬鹿を言え! そんなものはどうだっていいに決まっているだろう?」
その言葉に、俺は顔色が冷めていくのを感じた。
「パーカーは我が認めた王だ! 頼み事は聞いてやるが、内容なんぞに興味はない! 知る意味もないしな!」
それは――無責任なのではないだろうか?
そうは思いつつも、流石に不敬だろうと思い、口にはしなかった。
「どういう内容なのかは守秘義務もあるだろうから聞きはしない。だから、貴方が付けたこの力を解除してくれ」
胸にわだかまる不快を隠しきれないまま、もう用件を済ませて帰ろうと思った俺は、次の瞬間、信じられない言葉を聞いた。
「そりゃあ出来ん話だ!」
堂々と、はっきりと。
俺たちは信じられないモノを目にしたという気持ちでアルタ様を見た。
「……はあ?」
不敬にも程があるという事も忘れて、俺の口からは間の抜けた言葉が飛び出た。
「あんたがやった事だろう。出来ない理由がない」
「我が頼まれた内容は『御子が出来るまで縛り付ける』だ! それが叶ってない以上は解かんぞ?」
おそらくは俺に伏せられた契約内容だというのは理解した。
理解はしたが、それ以上に俺の頭は怒りが浸透した。
「……ふざけるなよ……」
「それにな!? 強い人間を作るために子を大量に成してる連中だぞ! 今更一人や二人死んだところでどうでもいいわ!」
その言葉で、俺の我慢していた何処かの綱が力任せに引き千切られる音がした。
「あの二人は! あんたの言う強さを求める為に! 命を賭したんだぞ!」
「それは連中の意志だろう! それを我にどうしろと? 成せぬ者などどうでも良いわ!」
赤の国の意思は、国王の意志であると同時に竜の意志でもある。
つまり、二人からすると今回の出来事はどうでもいいという結果なのだ。
俺は、無言で剣を抜いた。
「ほう! どうする気だ!?」
「あんたを斬り伏せてでもこの戒めを解いてもらう!」
後ろからトゥーリアが口笛を吹く。
同時に長銃を構えた音がするから、気持ちは一緒なのだろう。
「御子の選別が終わるまで我慢すれば良かろう!?」
「それはいつになる!? あんたの言う通りなら、納得する御子が生まれ育つまでこの国に縛られなければならないんだぞ!?」
「だからなんだ! 定命たるお前らには長いかもしれんが、我からすればほんの一時よ!」
「俺は妹と世界を見る! その為にここにいるんだ! あんたらのくだらない野望に付き合う義理はない!」
胸元から基礎模型を取り出す。まだ術式は唱えない。
「良い度胸だ! そうでなくてはならん!」
アルタ様が空に向かって吼える。
「領域展開――跳躍封鎖。
空間増幅――距離補正。
属性添加――火と地」
爛々とした赤い瞳が伏せられ、これまでとは違った静かな声が辺りに響き渡った。
同時に岩だらけだった場所が、活火山のような溶岩の川とそこに浮かぶ幾つかの岩肌のような場所へと置き換わる。
アルク様の全身も一回り大きくなり、鱗の一つ一つが熱を帯びて赤く輝き始めた。
「生まれよ我が世界! これなる舞台は試練の刻よ!」
宣誓と同時に、身体から汗が吹き出そうなほどの熱に晒される。流れから跳ね飛ぶ溶岩も危険な熱を伴っていた。
「溶岩地帯!?」
「竜の固有領域さね! 自然干渉して作った決闘場だと思いな!」
トゥーリアが短銃で俺に向けて弾を放つ。術式が展開すると、茹だるような熱が引いていく。
「さあ! 外装骨格を纏え! 人の身のままでは話にならんぞ!」
大きく口を開いた口元から火の粉を散らしながら、笑みを浮かべて待ち構えられた。
「アレクエス!」「ベスティアークア!」
俺とトゥーリアの術式が展開し、武装化を終える。
だが、向こうは指を一本伸ばし、こちらに突き出してきた。
「戦いを始める前に、お前の勝利条件を決めてやろう!」
「どういう事だ!」
「今のお前では、我を殺すまでには至らぬという事よ!」
自信満々で話すアルタ様に、俺の負けん気が刺激される。
「我の身体のどこでもいい! 傷を付ける事が出来たなら、お前の勝ちだ!」
向こうは向こうで一方的に自分の身体を指して、話を続けた。
「馬鹿にするな!」
「そのつもりはないぞ、白の国の勇者よ!」
体格差から俺を見下ろしているその目に偽りはなく、俺の中の熱が引いていく。
「今のお前では、どう足掻いても我を殺せぬ!
戦いにはなっても、殺し合いにはならん!」
「……どういう事だ?」
怒ってはいても世界を守護する者である彼を殺すつもりは――出来る出来ないを抜きにして――毛頭なかったが、その言葉は引っかかるものがあった。
「お前は白の国の勇者だ! 討伐対象は黒の竜!
つまり、お前が殺せるのは黒の竜だけだ!」
それは言い換えれば、黒の竜だけは殺せるという事になる。
「……どういう、事だ?」
「まずは黒の竜に会え! そして殺してくるがいい! 全てはそれからだ!」
アルタ様の口元が笑みの形になる。
それは、これまで何度か見た豪気な意気からなるものではなく、事態をわかっているからこその嫌らしい笑みだった。
「さあどうする!? それでも我と戦うか!? それとも止めるか!?」
止めるか、などと言っておきながら、尻尾を振っていたり羽をばたつかせたりと落ち着いていないところからすれば、戦いたいのは明白だった。
「……何か裏がある、というのはわかった」
竜との戦いは初めてだが、いずれにしても次は黒の竜と戦わなければならない。胸を貸してくれるという事なら、有難いとは思っておこう。
「だが、あの二人を侮辱した事を許しはしない!」
それはそれとして、この部分は譲らない。
「あの二人の戦いは無駄ではなかった! それを示すためにも、その条件を受けよう!」
「それでいい! それでこそ勇者よ!」
咆えると同時に、大きく口を開けて息を吸い込み、口から炎を吐き出す。炎は俺たちを襲わず逸れていき、周囲の溶岩の中へと沈んでいく。
川の流れが歪むほどにぼこぼこと音を立てたかと思うと、川から溶岩で出来た蛇が二匹伸び上がってきた。
「さあ! 我に傷を付けてみせよ! 我を踏み台にして、黒の竜に挑むがいい!」
アルタ様が再び大きく息を吸い込む。
俺とトゥーリアは視線を一度交わした後、向こうは後ろに、俺が前に飛び出した。
これが、ここでの最後の戦いだ。




