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【前編】竜に見出された僕は竜退治に出かけ~そして俺は殺戮者になる【完結】  作者: 葛原一助
第3話  赤の国

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終わりが始まり。巡る綻び(6)

 強気に答えたとはいえ、二人を倒す為にもトゥーリアとはやり取りしなければならない。


「我と汝の光もて繋ぎ、結び給え――通じ合う光インテルセペル・ルクス

 俺の首元から小指ほどの大きさの光が生まれ、トゥーリアの首元にくっつく。光そのものは消えてしまったが、消えかけのマッチのような暖かさがそこにあった。


《これでいい。その光がくっついている間は会話が出来る》

 国ごとにある通信術式である事に気付いたのか、トゥーリアは向こうを牽制しつつ言葉を送ってきた。


《で、何か案はあるかい?》

《ない》

 正直に口にする。向こうからは、少し残念というか落胆した気が溜息として吐き出された。


《ないが、俺ごと撃ち抜く気でお前がクエレを撃ち抜いてほしい》

《アンタを盾にして撃つんさね?》

《術式の追尾を削って加速と収束に力を入れれば貫けるだろう?》

 トゥーリアの術式は基本、対象へ確実に当てて体力を削る為と、弾薬消費を抑える為にも追尾はほぼ必ず入っている。だからその分を省略すれば威力を底上げするのは可能という事だ。


《……アタシの射撃の腕が問われるねぇ……》

《お前が出来ないとは思わないし、俺を盾にしても俺自身はどうにか避ける手段はある》

 トゥーリアの声が硬い。

 しかし、俺自身は彼女の術式と射撃の腕に関しては何の心配もしていなかった。

 俺の認識が伝わって少しは緊張が解れたのだろう。問いかける声には別の緊張を含んでいた。


《そりゃ本当なのかい?》

《訓練では万全の状態で一回、死ぬ気でやってどうにか二回使える》

 しかも訓練で使った事はあっても、実戦で使った事はない――という部分は流石に伏せた。

 しかし、術士としての俺の腕を知っているトゥーリアが、訝しむよりような声が聞こえてくる。


《アタシだってそんな重い代償の術式持ってないさね。大丈夫な代物かいそれ?》

《効果としては単純な術式だが、今回は自動発動させる為に術式を維持する必要があるからな》

 俺は準備は済んだとして、前に一歩出る。


《お前は準備を頼む》

 口にして、俺は準備の手始めとして二人の前に躍り出た。

 俺たちの、高速伝達ではあったがわずかなりとも動きを止めて対峙していた間にも襲ってこなかった彼女は、クエレを先頭に立たせて後ろで口を開く。


「相談は終わりましたか?」

「良くわかるな?」

「状況と詠唱で術式が秘匿会話の為だと容易に想像は付きますよ。あと、会話も気にしているせいか少しクエレに対する視線の対応が雑ですからね」

 俺の剣と長く硬質化した爪で鍔迫り合いしているクエレがにやにやと下卑た笑みをしていた。


「……迂闊にやり取り出来ないな」

「今はそういう隙を付くつもりはありませんから」

 彼女としては俺を殺すだけならどうとでも出来るという自信からだろう。

 今もクエレに押さえつけられている俺に対して、構えは解いてなくとも襲ってくる様子はなく、暇つぶしなのか、炎の素子を集めた玉を一つ二つと作っては周囲に浮かばせている。


「貴方が私に勝てないだろうと判断ついたら、速攻決めますよ」

「それまでは見逃してくれるという事か」

「仮にも『白の国の勇者』として旅立ったのなら、私程度に負ける実力ではないでしょう?」

 術式でいくらでも筋力強化出来るクエレが、俺を押し始める。馬鹿正直に付き合う必要もないので、剣の向きを変えて力を流す。

 たたらを踏んだクエレの無防備な首元を狙ったが、金属同士をぶつけ合う硬い質感の音が響いて剣が弾かれた。


「……そう有りたいとは常に思っているさ」

 痺れの残る手を振って強引に払うと、クエレを改めて観察した。皮膚を弾性を持たせつつ硬質化したか、あるいは局所的な硬質強化で防いでいるのかまでは判断つかないが、どちらにしても俺が攻め手となるには、純然たる力の刃(プーラ・ポテンシア)を使うしかない。だがあれは短時間運用が前提であり、生身の状態では加速度的に腕が焼け爛れてしまう。

 戦線を維持しつつ倒すには、やはりトゥーリアに決めてもらうのが一番だろう。

 自分の役割を決めた以上、覚悟を決めて俺は使うべき術句を吐き出した。


説けよ(プラエディカレ)解けよ(ソルヴェレ)溶けよ(ディソルヴェレ)

 我が身は一時、御身の型を借り受ける――我が身を光と成せアクセンド・コルプス・トゥーム

 俺の身体が白い光に包み込まれ、周囲を流れる水が光を反射してきらきらと輝く。


「派手になりましたね」

 そう。見た目にはそれだけだ。

 体格が大きくなったり、どこかに熱量が集中して武器になったりという変化はない。


「ヒャハハハハハハハハ!」

 俺の術をただのハッタリと思ったか。それとも余裕からなのか。

 高笑いを上げながら、自身の胴回りを超えるほどにまで成長させた腕を振り回して殴ってくる。


「楽しい! 楽しいよお!」

 受け止める気にすらならない力の奔流を必死に交わしながら、目を爛々と輝かせているクエレを不思議に思う。


「気兼ねなく振るえる暴力がそんなに好きかクエレ!」

「そんな事はどうでもいいよぉ!」

 大声で戦いを否定し、俺から視線を外すまいとぎょろりと目を動かして睨みつけてくる。


「姉上の為に戦えてる! 姉上の思い通りになれる! それが! 嬉しくて! たまらないんだよぉ!」

 それはクエレの本心なのだろう。

 そう気づいてしまうと、クエレを否定する気にはどうしても慣れなかった。

 姉と妹という立場の違いはあれど、俺の妹を想う気持ちと大差はないと思えてしまったからだ。


「それは……良かったな」

 後ろでトゥーリアが膝を折り、長銃を構え、狙いを定める。

 話した通り、クエレを貫通してエレーンを撃ち抜く準備だろう。


(あつ)く、濃く、満ちよ水。

 (はし)れ水! 抉れ地よ! 我が求むは群れ集う奔流!」

 術式が準備段階に入り、長銃の先端へ水が集まっていく。

 しかし集まった水は先端に届くなり姿を消し、結果として循環していた周囲の水が全て失われてしまった。

 同時にトゥーリアの銃身を起点にして風が渦巻き始め、視線が照準となった道筋の上を走っていく。

 後は俺の成果を待つだけだろう。

 耳障りな声を上げて暴れるクエレの攻撃を避け、地を駆ける足を使って二人を導線上へと重ね合わせる。


旋ぐ一雫の貫きアドスターレ・アクア・ペネトレイション

 静かに口に乗せられた術式は、耳に捉えられないような音を発した――と感じると同時に、クエレの胸元に風穴を開けた。

 ほぼ距離のない俺の胸板にも穴が開く。

 そして、貫いた穴の先にいたエレーンは、胸の中央に穴が開けられていた。


「避けられたか!」

 核を破壊されたクエレは彫像のように動かなくなると、全身に亀裂が入り、粉々に砕け散った。

 エレーンの方は、かすったとはいえ核に届いた一撃によって左の半身が砕けてバランスを崩していた。

 俺はこの好機を逃すまいと、必死にエレーンの元へと駆け、術式槽から強化を施して剣を振り下ろし、首を刈る。

 生身の人間と同じ抵抗のある肉の不快な感触を手にしながら、勢いそのままにもう一度体勢を回して剣を振り下ろし、核のある胸元に剣で斬りつけた。

 首が離れたにも関わらず彼女の身体は抵抗し、俺の剣を素手で受け止める。

 それならと剣から手を離し、術式の維持が一気に身体へのしかかるのを感じながらも、この一瞬だけ動けと念じながら拳を抜き、胸元へと拳を突き入れた。


「!?」

 吸血鬼の核は激しく明滅し、周囲に浮かんでいた火球が俺に迫ってくる。

 だが、火球は俺の背から放たれた弾丸に次々と散らされていく。

 俺は手を開き、核を掴み、この手を引き抜いて、上に掲げた。


爆破(ブラスト)!」

 俺の右手を力に変えて、右手ごと爆発させた。

 衝撃で地面に吹き飛ばされた俺の身体が仰向けに倒れる。


 見上げた格好の視界には、結界も無くなり強い日差しの差し込む中で、粉々に砕け散っていく赤黒い核が太陽の光を反射していた。


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