終わりが始まり。巡る綻び(1)
俺の足で十数歩という長くも短くもない距離で対峙する俺とエレーン。
お互い武器はまだ抜いておらず、動く気配もない。
耳に入ってくるのは、俺とエレーンを紹介する司会の声だけ。
「……抜かないのか?」
「勝者の権利として、先に抜かせてあげます」
前回の戦いの事だとすぐに察しはついた。
舐められている、というわけでもないのだろう。前のままでは確かに勝ち目はない。
「では、先に術式を使わせてもらおう」
俺は胸元から基礎模型を取り出し、それを手の平に乗せて眼前に突き出した。
「我が身我が意志この場にありて、我が求むは戦武具。今、戒めの能を解き、戦場へ赴く化粧を成せ!」
《オルナメンタ》が粒子になり、俺の身体に密着していく。
最後に剣を抜くと、覆っていた粒子が弾け飛び、白の鎧姿が表に現れた。
「――騎士武装」
周囲に散っていた光の粒子が剣に吸い込まれ、中の術式槽がほんのりと光り出した。この剣を持ち続けている限り、この術式槽を基盤にして術式が維持される為だ。
「凄いですね。外装骨格のアレンジですか?」
俺は剣を振り、身体を軽く動かして動きの重さを確かめる。鎧はほとんど重さを感じさせず、さらに鎧に付与された術式が働いているから、普段よりも動きは軽い。
「原理を理解したなら使うといい。いずれは魔術士協会に登録される術式で、俺が試験し続けた術式だ」
これに関しては、観客には詠唱が聞こえてないだろうという事と、理解したところで使える人間が限られる為にあえて目の前で使ったというのもある。
「では遠慮なく」
彼女が腰元の剣を抜いて地面に突き刺し、同様の手段で術式を詠唱する。装備の選択は俺の姿を見て済ませていたのか、胸元のプレート部分と腰元のスカート、それに腕甲とヒールの高い靴のみだった。お互いに高速軌道を主とする以上、似たような外見になるのは必然だろう。
「では行こうか」
俺は一歩、二歩と軽く踏み出し、三歩目で互いの剣がぶつかり合った。
「勝てる算段は付きましたか?」
「それなりに、な!」
お互い加速術式を使うだけに、今の速度帯での対応は慣れたものだろう。
彼女の肘から炎が上がったのを耳で聞き取り、繰り出される強い薙ぎを大きく飛んで離れる。
「加 速!」
術式槽が一際輝くと、俺の視界が歪んで周囲の認識が遅くなる。
それでも、まだ彼女は対応出来るだろうという予感はあった。
「一段階上げただけでは何ともなりませんよ?」
とはいえ、彼女も剣を眼前に構えて口を開く。
「我は山、活きた山。意志を火口に咆える者!」
彼女の口から炎が吐き出され、次々と小さな火種となって全身に散っていく。
「火吹き山の鳴き声!」
術式が発動すると、彼女の背中に炎で出来た翼が生まれる。それに伴い、肘先や足周りに炎がまとわりついた。
風にゆらゆらと揺れる炎から熱は感じられないが、前に戦った時には熱があったはずだ。おそらくその辺は彼女の意志で決まるんだろう。
「それが連続加速の術式か!」
声を上げると同時に彼女の背の翼がはためき、一歩踏み出した足裏から炎が爆発して一息で密着するほどの距離を稼ぎ出す。
「前より速度を上げますよ!」
各所の炎が打楽器を叩くような荒々しい音を立てながら繰り出される二刀の突きや払いを、それでもまだ相殺しあう速度で捉えられる中で受け、躱して流していく。
「囁きあう声」
剣が重なりあったタイミングを見計られて、接触型の術が付けられる。
「剣撃で音は漏れません。話したい事などあればこちらにどうぞ」
剣撃の中でも明瞭に彼女の声が耳に聞こえてくることで、通話用の術式であることを思い出した。
「…………」
しかし、話す事はもうこの場ではない――
「――なら、一つ問おう」
そう思っていたが、一つ、気になることがあった。
身体が身に付いた動作で自然と戦いをこなしつつも、俺は自分の考えを口にした。
「俺の憶測で申し訳ないが、エレーン、君はもしかして竜になりたいのか?」
竜化症は、術式を使う分には高い性能を引き出せる分、過剰な力の流入を抑えきれずに肉体が崩壊してしまう病気だ。俺たちの見てきた竜にはならない。
だが、近づくことは出来る。
「……どうしてそう思うのですか?」
「俺はおとぎ話が好きだから、ではダメか?」
そう。俺の予想は原初教団の聖書である一節だ。
【竜は世界を作り、人は民を作った。
しかし二つは一つであろうとし、竜は人の身に添おうと、人は竜へと近づこうとした。】
だが現実として人が竜になった者はいないし、ただの妄想だと笑われているおとぎ話でしかない。
何なら、教団員だって誰も信じてはいないくらいの話なのだ。
だが、それを夢見るのは個人の自由だ。
「本がお好きなんですね」
嫌味の無い、素直な感想が送られてきた。
「竜に救われた者なら、誰でも一度は夢見るだろう? 助けてくれた者への恩返しをするにはどうしたらいいか、と」
俺も竜化症があると言われ、ルース様にどうして無くしてしまったのかと聞いた。
あの方は笑いながら「今のお前が愛おしいのだ」と言い、俺と妹を巨大な身体で包み込んで抱きしめてくれた。
「だが、いくら君が巫女となったからとはいえ、竜には成れないだろう」
竜というのは、そもそも俺たちとは違う。
俺たちのように命を育む役目を持っているようで、実は意思のある自然存在なのだ。
「わかってますよ」
言われなくても当然わかっているだろう。
巫女であれば御子よりも竜に近しい立場になり、彼らの為により詳しくなるのだから。
「ですが、私はアルタ様と契約しました。竜化症の治療を断り、この病を持って竜と成して貴方の力となりたいと」
それが彼女の本心なのだろう。
一際強い一撃と共に放たれた口撃は身の軽い俺を吹き飛ばすに充分で、互いに一息で踏み込める距離ではあったが再び別れた。
「成れる算段はあるのか?」
「ありますよ。ですから貴方と戦いたいのです」
互いに踏み込み、再び剣がぶつかり合う。
「なら、俺にどうしてほしい!?」
「私を殺す気でかかってきてください。全てはそれからです」




