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【前編】竜に見出された僕は竜退治に出かけ~そして俺は殺戮者になる【完結】  作者: 葛原一助
第3話  赤の国

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熱狂の人々。鍛錬のひとたち(7)

 控え室に入ると、予め連絡でも成されていたのかトゥーリアが待ち構えていた。

 それなりに待たせたのか、小さなテーブルの上に数本転がった瓶と、あと一人も入れば狭いと感じられる室内にうっすらと木樽の香りと熟成された林檎の匂いが漂っていた。それなりの本数を飲んだ割に顔に赤みはないのだから、おそらくシードルなのだろうが、それにしたって飲み過ぎじゃないだろうか。


「お疲れさん。どうさね?」

 酔った雰囲気など微塵も感じさせない仕草でグラスに残った酒で喉を潤す。

 俺はテーブルに備えられた椅子を引いて離れて腰を下ろすと、食べたコースを思い出した。


「評判通りの良い味だった」

「店じゃなくて、会食の結果さね」

 軽い冗談に笑って返すほどには機嫌が良いようだ。足取り軽く部屋の片隅にある木箱からラベルの違う瓶を取り出すと、ナイフで栓を切り裂いてこっちに渡してきた。俺に嗅がせるよう少し振られた便の先から感じる香りは、絞った林檎の香りだけだった。


「……そうだな……」

 有り難くそれを受け取って喉に流良し悪しを判断する為にも、俺は包み隠さず話した内容を口にした。


「竜化症ねえ。そりゃまた珍しい」

「青の国ではどうなんだ?」

「うちじゃ滅多にない症例さね。そもそも青の国の水は竜からの恵みって言われてる。その恵みで育つ者がそうそう発症なんてしないさ」

「そういうものか」

 やはり国によって扱いは違うという事か。

 お互いに瓶を煽り、喉を通る果汁と共に話された内容を飲み込んでいく。


「白の国じゃ祝福扱いなんだっけ?」

「そうだ。実のところ、俺も竜化症を発症していたらしい」

 俺の発言に、目を丸くしてまじまじと顔を見られる。


「ルース様の話によると、俺の場合は喉が変異していたらしい。保護された直後に判明し、ルース様が治療して下さった」

「素養はなくなったってのに、それだけ術式を使えるのかい、アンタ」

「らしい」

「他人からしたら、そりゃ羨ましがられるだろうさ」

 術式の素養というのは、平均化すると獣人より人間の方が高いらしい。強い素養を持って生まれるのも人間が多い。つまり、俺が術式を使えると言っても、それはあくまで獣人という枠内での話であって、トゥーリアと術式で勝負しても勝ち目はない。


「俺の事は良い。今聞きたいのは、会食の良し悪しだ」

「まあいいんじゃないさね?」

 会話の最中に吟味は終えていたのだろう。口調は軽いが表情はいたってまともで、落ち着いた手付きで手酌でグラスに酒を流し込む。


「向こうは先日の戦いでこっちの実力を知ったんだ。再度接触する必要はないだろうし、仮に戦うなら公的なモンで、しかも赤の国(むこう)の都合だろう。それはアタシ達にどうにか出来るもんじゃないし、断るならお互いの立場まで考慮した相応の理由を作らないといけないさね」

「そうなるな」

「だからまあ、あんまり気にする必要はないさね」

 必要な時は理由を考えとくさね、と言ってグラスの中身を飲み干した。


「それならいいんだが」

 取り立てて会食にミスはない、という判断で良さそうだ。

 であれば、向き合うべきは今日の試合だ。


「相手は?」

「青の国出身の傭兵って話さね」

 試合が始まる時に、司会からは名前だけが名乗られる。出身という個人情報が発表される訳ではないが、術を使えばその威力や出力で推測出来る事もある。トゥーリアの話はそれを元にしたものだ。


「お前の国元か」

「別にアタシの知り合いってわけでもないし、国の恥だなんだっていうのもないさね」

 トゥーリアが知っている人間という訳ではないのなら、そこまで名の知られた人物ではないのだろう。


「ラストック様、お時間です」

「行ってくる」

 現れた案内人に従って俺は席を立ち、トゥーリアに手を振って控室を出て会場へと向かう。

 差し込む強い日差しを手で避けながら内部へと入ると、逆光で暗く見えない相手が立っていた。

 だが、俺に向かって吹いてくる風で、相手はわかってしまった。


「……エレーン……」


 前に会った時とは違い、赤を基調とした短いスカートとタイツを身に付け、腰元には剣を二本差している。心臓に位置する部分だけを胸甲で覆い、背には大振りの剣を背負っていた。

 そんな彼女の足元には、刃物で切り刻まれて血まみれになった男が転がっている。流れた血が乾き切っていないところからすると、直前まで試合をしていたのだろう。


「俺の対戦相手をどうした」

「エキシビジョンとして私が貴方の対戦相手と戦い、勝利しました」

 ごく当然のように話す彼女。


「殺したのか?」

「必要でしたので」

 俺と話していた時と何ら変わらない。

 足元に死体があっても落ち着いていて、口元には穏やかな笑みすらある。


「……そこまでして俺と戦いたい理由はなんだ?」

「それは、私に勝てばわかりますよ」

 片方の剣を抜き放ち、構える彼女。

 戦いへの戸惑いはあるが、それでも鍛えられた俺の身体は剣を自然と抜くように動いた。


「――始めましょう、勇者様」

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