祝福されし旅立ちは南へ(4)
妹とともに厨房へ行き、背丈は僕と変わらないのに恰幅はとても良い料理長から晩の食事をどうするか聞かれたので、歩きながら食べられる物を頼んだ。少し意外そうな顔をされたが、理由を説明すると快諾してくれた。
仕事の邪魔にならないよう片隅で椅子に座りながら待っていると、賄いだがと前置きして料理長が卵とすりつぶしたトマトで作られたスープを分けてくれた。貴重な香辛料を微かに加えられていて、その刺激的な香りが僕に改めて空腹であることを思い知らされ――妹と話す前に騎士団全員とやりあってたのだから当然だ――、ふぅふぅと息を吹きかけながら口の中で細かく刻まれた野菜の食感と、塩気のある味を堪能しながら飲んでいく。
僕が二杯目を平らげた頃に料理長が部下を連れて持ってきてくれた。僕には両手で抱えるような大きさのバスケット。中身はいっぱいのサンドイッチと瓶詰めされた付け合わせに、丸々一本のハムや肉や魚の揚げ物。妹の方の中身はカトラリーセットと、保存用に加工された果物の瓶がいくつか詰められていた。
「ありがとう料理長」
「なあに。豪勢な食事を頼まれるよりは楽さあ」
妹とまとめて頭を撫でられた僕達は、もう一度礼を言って厨房を離れた。
バスケットを持ってあてもなく歩く僕達は湯浴みを終えてラフな服装になったサヌス様と合流し、理由を話してお茶に誘った。サヌス様は何故か肩をすくめられながらも同意してくれて、食堂へと移動して二人でサンドイッチを適当に作りながら茶を淹れて飲み、今日の立ち会いについてああだこうだと話し合う。そんな僕達の様子を遠巻きに眺めていたメイド達を妹が手で招き、そちらは各自が持ち寄った茶菓子でいつもの噂話に花を咲かせている。
一通りの他愛もない話が終わり、バスケットの中身が妹の持つ方にまとまってしまうほど少なくなった所で、解散となった。片付けはメイドの方々がしてくれるというので、僕達はお言葉に甘えさせてもらって部屋に帰った。
一人でいることに慣れさせる為に僕と妹の部屋は――壁を一枚隔てただけではあったけど――離れている。ここに来るまでの間に妹の希望で僕の部屋で寝ることになったので、僕は自室の扉を開けて妹を招いた。
天窓から月明かりがうっすらと差し込む部屋の中はさしたる広さはなく、十も歩けば端に届いてしまう。片隅には明かりを灯す術具と本が一冊乗った、使い込まれた木製の机と椅子。その隣には、旅に必要な物を詰め込んだら中身が無くなった空のキャビネット。その手前には、荷物を詰めこまれた、簡素だが丈夫な布製の鞄。
その反対側には綿で編まれた毛布がいつもの寝具だったのが、羽毛がたっぷりと詰め込まれたであろうふかふかな布団が用意されていた。おそらく、メイド長辺りが気を利かせてくれたのだろう。
柔らかな布団を傍らに寄せて妹と二人で座るスペースを作り、バスケットからお菓子を取り出して妹と分け合う。
「こうして一緒に寝るのは、いつ以来だろう?」
「プル達がルース様に引き取られた後、暫くは離ればなれになるのを拒んでましたからね。多分、こちらに来て一年が過ぎた時にメイド長のサヴェス様が料理長と二人でお祝いしてくださって以来じゃないでしょうか?」
「ああ。あれからようやく城で働く人たちと打ち解け始めて、僕やプルがここに連れられてきた理由と目的を教えてもらったんだったか」
城に来た頃はルース様以外にはまだ警戒心が解けず、身体を大きくして僕達を包み込むようにして眠りながら、少しずつ警戒心を解いていってくれたのだった。
「兄様は御子として、プルは巫女として。それぞれのお役目があることを知らされて、そのために少しずつ独り立ちをするように勧められたのですよね」
「そうだな。辛くなかったとは言わないけれど、路地裏で凍えたまま死ぬのに比べたら全然マシだったな」
「そうですよね。プル達は、とても恵まれてました」
僕と妹の心に、ここまで生きてきた時間が呼び起こされる。
温かかった身体が心なしか寒く感じ、僕は妹に身体を寄せて布団を互いの身体に掛けた。
「……寂しく、ないか?」
「プルは大丈夫です。兄様こそ、一人旅は大変ですよ?」
思ったよりも元気良く返されてしまうと、兄として妹を心配する立つ瀬がない。
「ルース様からは、僕の判断で旅の同胞を作っても問題ないとは言われている。一人なのはおそらく、青の国までだよ」
旅立ちの最初の目的地は青の国と決めている。
何せあそこは白の国の同盟国だし、昔に来訪した経験もある。
そう明日からの予定を思い描いていると、妹の頭が肩に当たった。横目に見ると、瞼が落ちてきて身体も揺れ始めていた。
「……ごめんなさい、兄様……」
流石にそろそろ寝る時間だろう。
うとうとする妹の様子に、僕も眠気を誘われた。
「……僕もだ。そろそろ寝るか」
妹と一緒にベッドに潜り込み、最後にささやかな口づけを交わす。
おやすみの挨拶を最後に、仲良く夢の世界に落ちていった。