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祭りの始まり。宴の騙り(3)

 円形に作られた会場を埋め尽くす人、ひと、ヒト。明確に残る血の匂いに顔を(しか)めながら反対から入ってきた男を無視して、その後ろにある最上段席へと視線を伸ばせば、屈強な騎士と白いローブで顔を隠した術士らしき人物を従えた赤の国王(パーカー)がいた。


「これより、決闘祭二日目を開始する! 各々方の良識と騎士道精神に期待する! それでは始め!」

 王の拡声した声が会場に響き渡ると、対戦相手が剣を鞘走る音が鳴る。今更ながら観察すれば、トゥーリアより頭一つ大きく、胸板なんて俺二人分もあろうかという大男だった。抜き放った剣も刃渡りは俺の首から下くらいまで長さがあるし、厚みもある。


「何が騎士道だよ。ただの殺り合いじゃねぇか」

 剣を肩に担ぎ、男は一人ぼやいた。


「別に殺す必要はないんだろう?」

「手っ取り早ぇからなあ」

 まあ武器を見る限りでは、下手な手加減をするよりぶった斬った方が早いと見られた。


「アンタが招待騎士か」

「そうだ」

 俺も剣を抜く。中央に槽が嵌まっているのを男が目の動きだけで確認した。

 俺も槽を確認すると、半分よりやや多いくらいまで減っていた。 


「参加は初めてか?」

「こんな戦いを何度もする気はないからな」

 軽口を叩きながら、お互いに少しずつ剣に意志を込める。

 全身からゆらりと昇る闘志に、自然と足が動き出した。


「ごもっともだな」

 男が先制とばかりに剣を振り下ろす。ごう、と唸る風切り音を間近に聞きつつ、既に加速(アクセル)された俺の身体が避けていた。


「他の連中は知らんが、観客は血を観たがって集まってんだ。どれだけ殺さずいられるか、楽しみにしてるぜ」

「悪いが、戦いにあまり時間を掛ける気はないし、俺には客を喜ばせる趣味もない」

「そうか……よっ!」

 男が振るう剣をひらりと身軽に避けると、俺は思考を切り替える。


「おおおおおおおおおおおっ!」

 男の雄叫びを浴びつつ、戦いの火蓋は切って落とされた。



  ――・――・――・――



「どうだったさね?」

 試合を終えて戻ってきた俺へ水袋を渡しつつ尋ねてくるトゥーリア。

 俺の今の姿が、武装を解いて普段の服装になっているのを考慮したものだろう。


「噂には聞いていたが、本当に血の要求があるんだな……」

 試合の後、観客からとどめを刺すよう歓声が上がったが、戦意を消失させた相手を殺す趣味はない俺は、相手に術式を施して出てきた。


「そりゃそれが目的だからね。アタシが聞きたいのはそっちじゃなくて」

「掛けた術式はちゃんと発動してる。少し痺れはあるだろうが、あと少しもしたら目が覚めるだろう」

 倒した相手が気絶している事を幸いに、とどめを刺すふりをしてトゥーリアから言われた術式を相手にかけたのだ。


「まさか、死体として誤魔化すために、短時間の催眠術式と時限式の彩色術式を利用して血まみれの死体にするとは、考えたな」

「まあ匂いは誤魔化せないけどねえ。側で見てる連中には丁度いいだろうさね」

 俺のような鼻の効く種族からすれば、会場は拭えてない血の匂いで溢れかえっているのだが、ヒトからすればわからないのだろう。

 あるいは鮮度の良い血を渇望する衝動にでも捕らえられているのか。


「さて、これからどうする――」

「ラストー様」

 俺の話を断ち切るようにするりと入ってきた声に勢いよく振り返れば、部屋の入口には紳士な礼服に身を包んだ騎士長が頭を下げて立っていた。


「国王様から祝賀の席がご用意されています。城の広間へとお越しいただけますか?」

「それは強制か?」

「まさか。とはいえ、祝賀の席では国王様が初戦を突破された方々への祝辞を述べますし、各国の重鎮も訪れます。ラストー様の旅路に役に立つ方が現れるかもしれませんよ?」

 重鎮と言っても、白の国から来るとしたらアルジェだろう。ルース様は気まぐれだし、王は高齢もあってか最近は国外に出ないという。黄の国は外交に人を送る余裕はない――あるいは乗っ取られた重鎮の誰かが来るかもしれないが、それは黄の国の者とは言えないだろう――し、黒の国は敵対国だ。となると、青の国から女王本人かその側近が来るかもしれないが、トゥーリアがいるからやりとりが出来る。

 であれば、俺にはなんら得のない席だ。


「そんな都合の良い者が現れたりはしないだろう」

「そうですか? 白の国からも巫女様が来られておりますが……」

「なんだと!?」

 騎士長の言葉に、思わず俺の目が見開かれた。


「それは本当なのか!?」

「ええ。ルース様と巫女のプル様、交渉官のアルジェ様が揃って来訪されております。ただ、ルース様は出歩かれますと騒ぎになりますので、可能な限り自重していただくようお願いしており、それならと巫女様も一緒のお部屋にてお休みされてらっしゃいますが……」

 それはそうだろう。

 そもそも赤と白の国は敵対とは言わないまでも、互いを好敵手扱いしており関係は良好とは言えず、しかしルース様はその状況を面白がっているようで、多分、いや確実にお忍びで気ままにどこかへ出かけているだろう。

 だが何より驚いたのは、


「……あの妹が、外に……?」

 俺とは外へ頑なに出かけようとはしなかった妹が、ルース様と外に出る。

 親代わりのルース様であればいやいやながらも国内に出かける事はたまにあったが、まさかこんなところにまで来るようになるなんて……。

 俺が国を離れて以降はルース様が相手をしてくれているのだろうが、それにしてもどれだけの信頼と信用を妹から勝ち取ったのだろう。

 妹の進歩を喜ぶと同時に、ルース様へのさらなる羨望と先んじて行われてしまった妹の外出行為に微かな嫉妬を覚えてしまい、あれこれ混ざった複雑すぎる感情に床を転げ回りたいほど内心が暴れていた。


「……わかった。行こう」

「ありがとうございます」

 たったそれだけの言葉をどうにか絞り出して口にすると、騎士長は懐から蝋で封をされた招待状を俺に渡して去っていった。

 受け取ったそれをまるで危険物かのようにどうすることも出来ずにいる俺に、様子を伺っていたトゥーリアが声をかけてきた。


「妹さんが来てるのかい」

「信じられないが、そうらしい。俺の妹は生まれつき竜の力が強くてな。小さい頃には怪我でもして血が流れれば、血に狂った人間から襲われるのもしばしばあった。俺は妹の血を見てもなんともなかったから、何かあるたびに妹を庇い、守ってきたんだ」

 二人暮らしの貧しかった頃、盗みを働いて逃げ遅れた妹が殴られた時、血を流した妹のそれを舐め回され、理性を無くしてさらに喰らおうとした人間を殴り飛ばしてどうにか逃げ切った事もある。


「ルース様と出会ってからは妹の症状を抑えつつ持った力を使いこなす為に、俺は勇者の御子として、妹は竜の巫女として修行するようになってようやく落ち着いてきた」

 修行は大変だったが、生きる為とあれば頑張れたし、何より救ってくれたルース様に対しての恩を返したいという気持ちもあった。


「そういう事があったせいか、妹は城から出る事をずっと拒んでいてな。ルース様や俺の側から離れるのはずっと嫌がっていたんだ。それなのに……」

「随分と成長したもんだねえ」

「最初はルース様にすら懐かなかったのにな。俺と一緒にルース様と過ごしてようやく解きほぐして、それから城勤めのメイド達と仲が良くなるまで、季節一巡りを越える程だったからな」

 口に乗せて言葉として出せば、城で妹と過ごした日々が鮮明に呼び起こされる。


「そうか……いるのか……」

 久しぶりに妹と会えると思うと、こんな状況だというのに顔が嬉しさのあまりににやけてしまうのを止められなかった。


「アタシはお邪魔かねえ?」

「うわっ!?」

 耳元でささやくように掛けられた声に驚いてしまった。いつの間にか俺の側に近寄り、面白そうに眺めて笑っていた。


「いや、青の国の者も来ているなら、一緒に来ても問題ないだろう。流石に女王が顔を出す事はないんじゃないか?」

「……あのババアの事だからねえ……」

 途端に顔が苦み走るようになったが、来たら困るのかそれとも別の理由なのかはわからなかった。


「まあ、予定の時間ではもう余裕がある。考えをまとめてからでも遅くはないだろう」

 やや早口になってしまったが、実際に大会はまだまだ続いているから時間はある。

 じゃあ礼服なんかを準備しないとねえ、と何故か俺の格好を眺めながら口にする。その目は、どう見てもおもちゃを手に入れた子供の目だ。

 何か弄ばれるような事を言っただろうかと思いつつ、ようやく俺は招待状を胸にしまった。

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