祝福されし旅立ちは南へ(3)
向かい合って見つめ合う僕と妹。
お互いに言いたい事を言い切り、次に放つ言葉を探して口を開かないだけで、決して意地を張っているわけじゃない。
しかし、この時間制限のある憩いの場でこのまま息の詰まるような対峙をするのは良くない。
なので、ここは、僕から折れるべきだ。
「……プル」
「はい」
「無事に帰ってきたら、今度は僕と二人で旅をしないか?」
これは、僕が度々話している話題だ。
「あの薄暗い路地裏しか無かった世界とは違う。ルース様のお膝元であるこの城が嫌だってわけじゃないが、お前にも外の世界を知って分かち合いたいんだ」
「……兄様」
勇者としての実力を付ける為に騎士団へ入隊した僕は、サヌス様に連れられて新しい世界をこの目で見ることになった。
路地裏で過ごしていた、薄暗く汚れた暗い世界。
ルース様に連れられ、城の中で育った暖かな世界。
そして城の外にはそのどちらとも違う、色彩鮮やかな世界が広がっていた。
だけどそれを目にしているのは僕だけで、妹はルース様に保護されてここまでずっと育ってきた。
僕だけの世界じゃなく、共に外を見て、気持ちを共有し、叶うならそこで生きていきたい。
「兄様」
改めて、妹が僕を呼ぶ――が、僕は妹との目線を合わせられない。
この話題はこれまで何度かしてきたが、妹からは断られてばかりだからだ。
すう、と息を吸い込む妹の小さな息づかいすら明瞭に聞こえるほど、僕の心が緊張していた。
「そういうのはキチンと帰ってきてからです。下手な約束事は旅路に危機をもたらすらしいですよ?」
「……そういう、もの、なのか……?」
断られると思っていた答えをはぐらかされ、僕の顔は誰が見ても間の抜けた顔になっていただろう。
眼前の妹はといえば、僕の反応に何故か頬を膨らませ、目をつり上げていた。
「兄様は修行ばかりで世情に疎いんですからっ」
「お前の言う世情は、メイド達の噂や出入りの商人達が話すよもやま話だろうっ」
箱入りの娘として育てられている妹が、騎士団と遠征している僕より世情に詳しいとはとても言えない。
「とにかくっ! 何処かへ一緒に旅立つにしても、無事に帰って来てからです!」
「……仕方がない。それで手を打つか……」
これでも、以前と比べれば前向きな答えだろう。
「では、話も落ち付いた所で湯浴みを終わらせましょう」
話は終わりとばかりに先に湯船から引き上げる妹を、慌てて追いかける僕。予め妹が用意してあった、羊毛で編まれた柔らかい布地でお互いの身体の水気を拭き取り、脱いだ服はまとめて木桶に入れて身軽な服装へと着替えて浴場を離れた。
清涼な香気をうっすらまとった湯気の上がる身体に鼻がむずがゆさを覚えつつ、横を歩く妹に声をかける。
「今日はこれからどうするんだ? 巫女としてのおつとめはあるのか?」
「ルース様から、今日一日くらいは兄妹で過ごすようにと仰せられました」
「なら、何処か行きたいところはあるか? たまには二人で街にでも出るか?」
今なら街に出る事は出来るかもしれない。そんな軽い気持ちで聞いたのだが、途端に妹の目が曇る。
「……街に行っても、別に楽しい事なんてありません」
「……そうか」
城に来る前の生活が身に染みているのか、それとも一度死にかけた事が影響しているのか。ルース様に城に連れて来られて以来、妹は城から出ようとはしなくなってしまった。メイドや外から来た商人とは明るく話しているところから内向的という訳ではないのだろう。だが、僕と一緒でも出ようとはしないし、外交の関係で出かける時は必ずルース様に抱かれていなければ、妹の持つ巫女としての力を制御出来なくなって周囲を壊してしまう。
「それより、騎士団やメイドの皆様とお話しながらお食事して、兄様の部屋でお茶を飲みながらおしゃべりして、夜を一緒に過ごしませんか?」
それは変わらない日常の一コマだ。
もちろん、それが悪いとは言わないし思わない。
だけど――
「――いいのか、それで」
「構いません。ルース様のお側にいればプルは安全ですし、そもそもルース様が外遊しなければ巫女として出歩けないのですから」
それは真実じゃない。
出ようと思えば出られる。
だけど妹は、頑ななまでに自分のいる場所から出ようとしない。
「わかった。なら、今日はお前と一緒に過ごそう」
その折れぬ意志に、結局僕は妹の意志を尊重するのだった。