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【前編】竜に見出された僕は竜退治に出かけ~そして俺は殺戮者になる【完結】  作者: 葛原一助
第2話  黄の国

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道筋にある約定と竜の誓約(2)

 街道などを気にする必要はないので、森の木々が痛む事に心苦しさを感じつつも最短となる直線距離を駆けて行く。

 加速術式も俺から施し、とにかく速度を重要視したおかげで、月がまだ空にいるうちに国に入った。

 もちろん、外装骨格(エクステリオッサ)が見えていては警戒されるだろうということで術式迷彩を施してはいるし、音も消音術式を張って跳躍(リリップ)を最大限使って一気に城へと飛び込む事で最小限に抑えた。

 中庭辺りに着地してすぐさま全ての術式を解除し、元に戻る。

 術式の負担が一気に襲ってきて視界が暗くなり眩暈(めまい)もし始めたが、血清(セルム)を噛み砕いて強引に意識を戻す。

 すぐさま片隅に避けるとトゥーリアも着地し、子供らを地面に立たせて術式を解いた。

 夜中という事もあってか、城内外が静かだ。だがそれは、静かすぎるという気にもなる。


「そんなに混乱が起きてるようには見えないな」

 夜中という点を差し引いても、跳んでいる時に見えた街の様子に異変は見られなかった。


「そもそも、国を奪った目的はなんなんだ?」

「それがわかったら苦労はしないさ」

 それはその通りなのだが、目的の見えない行動に気持ち悪さは残る。

 どことなく頭にもやもやとしたものを感じつつも、俺とトゥーリアの状態が元に戻ったところで城内に足を踏み入れた。

 足音を術式で消しつつ進んでいくが、内部はまるで人がいないと思わせるほど静かだ。

 警邏の騎士もいなければ、そろそろ調理の準備を始めるはずの人の気配も匂いもない。

 俺達の警戒心とは裏腹に、何事もなく国王の間へと辿り着いてしまい、子供らをフーマンに任せつつトゥーリアと二人で前に出つつ中へと入った。


「やあ。ようやくここに戻って来たのですね」

 フーマン曰く『印象の薄い大臣』の傍らに、黒で纏めた紳士服に身を包んだ男が立っていた。やや色白い肌と艶やかな紅い唇。油で固めたような長髪に、歪な形の角が一本。そして、うっすらと開かれた口には、小さな牙に似た歯が見える。細く長い指先が大臣の首元や顔を這っているのに、当の本人はまるで気にもしていなかった。


「……お前は誰だ!」

 俺の声に応える気なのか、大臣から一歩離れて慇懃に頭を下げる。


「私は黒の国の――そうですね。摂政というところですか」

「摂政?」

「黒の竜を君主と据えるなら、その身に降り掛かる雑務をこなす役目の者が摂政でしょう? それを請け負っているのが私、サング・ラクテンスです。お見知りおきを」

 見つめてくる眼は唇と同じく紅く、美しいとさえ思わされた。


「要は黒の使いっ走りか」

「そう受け取ってもらっても宜しいかと」

 皮肉を言ったつもりだったが、相手は易々と受け流す。


「で? お前がしたのは侵略行為でいいんだよな?」

 後ろからフーマンが声をかける。

 注目を受けるような事は避けて欲しかったが、向こうとしてはそうもいかないだろう。


「そうですね。結果としてはそうなります。黄の国がこちらとの交渉に応じられなかった以上、私としては単純に力を行使して侵略しただけですが、それで事が済んだのが幸いですね」

 サングの後ろにいた大臣がゆらりと立ち上がり、身体がぶくぶくと音を立てて膨れていく。今すぐ襲ってくる気配はないが、いつでも動けるよう気を張っておかなければならないが、しかしその前に、サングの話した内容を確認する必要がある。


「……済んだ?」

「ええ」

 サングの口元が裂けるように広がる。


「国民のほぼ全てを掌握した以上、事は済んだと言って差し支えないかと」

「全てだって!?」

 思わずトゥーリアが声を上げたのは仕方ないだろう。

 俺だって目を見開いて驚いている。


「この国の支配化にある他の町や村はともかく、ここは私が部下を使って掌握させていただきました。であれば、本目的である『黒の国との交渉を支配する事で終えた』と言ってよろしいかと。今後は、この国を営む者達が自発的に黒の国へと商売に出かけ、あるいは新たな生活基盤を求めて訪れる事となりますので、彼らを末長く見守って頂ければ、と」

 さも当然のように話すサングに対し、俺は思ったことをそのまま口にした。


「待て!? 一体どうやって!?」

「そんなに知りたいのならお見せしますよ」

 サングが手を差し出して指を鳴らすと、肉塊と言って差し支えないほど膨れ上がった大臣が爆発した。

 思わず血肉が飛び散るのを想像したが、実際には大量の粘着した水に襲われた。


「スライム!?」

「そうです。これで頭を乗っ取り、こちらへの恭順を植え付けただけですよ。ああ、制御用の核は私が持っているので、肉体をいくら壊しても無駄ですよ。大人しく飲み込まれれば心地よく堕ちられますから、暴れないことをお勧めします」

 原理は理解したが、それどころではなかった。

 サングを巻き込むように爆発したのにも関わらず向こうは濡れてる様子はなく、一方的に俺たちがスライムまみれにされているだけだ。

 しかも核が本当に見当たらない以上、サングの言っている事に偽りはない。


「アクセ――」

 加速術式を起動しようと口をすれば、


「ゴフッ!?」

 スライムが素早く口に入り込み、術式を阻害する。


「口を開かなければ術式を使えないとは未熟な」

 再び指を鳴らすと、俺の口のスライムが瞬く間に凍りついていく。


「!?」

「我々は黒の竜の血の恩恵を授かった者。術式などこの通りですよ」

 まさか視界と音だけで氷系の術式を使って見せたというのか!?

 氷結化に襲われたのは俺だけじゃない。子供らを庇ったフーマンが全身を念入りにまとわりつかれ、、いくら剥がそうとも素手で掴んでも延びるだけでどうにもならず、次第に凍りついて霜に覆われた氷像と化してしまう。それでもさらにまとわりつくスライムによってますます厚くなり、歪な形となってバランスを崩し、重苦しい音を立てて地面へ倒れ伏した。

 そんな俺は傷を覚悟で自身の顎を殴りつけて強引に氷を噛み砕いた。

 同時に銃声が響き、足回りの氷が砕かれる。


「助かる!」

 口の中から血の味がするのを気にしつつも、俺は戦いの火蓋を切る為に必要な言葉を口にする。


加   速(アクセラレイショニス)!」

 敵の力量がどこまで上なのかわからない以上、全力で向かうしかない。

 まとわりつこうとするスライムを衝撃(ブラスト)で弾きつつ、それ以外は速度で強引に振り切ってサングへ迫る。


「それが加速術式ですか」

 振りかぶった俺を見下して、はっきりとため息まで付いた。

 加速しているはずなのに相手の動きは停滞した様子もなく、振り下ろした剣は苦も無く避けられた。

 偶然、というわけではないだろう。そう決めつけ、幾度と剣を振るう。

 しかし、サングの周りでだけ俺の加速力が落ちているのか、掠りすらしない。


「まさか見えてる!?」

「ええ、まあ」

 さも面白くなさそうに俺を見るサング。

 胸元に挿してある布を優雅に取ると、俺の剣を避けつつそれで顔面を勢いよく叩かれた。

 布とは思えない硬さで殴られ、加速の勢いをそのままに後ろに吹き飛ばされる。


「黒の国にも似たような術式はありますからね。対処は出来ます」

 衝撃が強かったせいか、視界が歪んではっきりしない。

 加速術式も切れ、一歩二歩と迫ってくるサングに対し、剣を構えることすら出来なかった。

 指が音を鳴らし、腕周りを凍り付かせられる。

 動きを封じられた俺の目前に、サングの顔が迫った。


「ここで貴方を殺してもいいのですが――」

 術式とは裏腹に、熱い吐息が耳元に吹きかけられる。


(弄ばれている)


 実力の違いを、強く実感させられた。


「――それは仕事に含まれていませんので」

 俺の口元を伝う赤い血を指で掬い、目の前で舐める。

 それでようやく合点がいった。

 変異した存在の最上位種と言われる吸血鬼(ヴァンパイア)だ。 


「では、失礼致します『勇者様』」

 たっぷりと皮肉を込められた言葉を残して、サング・ラクテンスは黒い鳥のような形を成して姿を消した。

 残されたのは皮だけとなった大臣と、俺達三人に、フーマンに守られていた二人の子供だけ。


「《ブラスト》!」

 凍り付いた身体を衝撃で強引に吹き飛ばし、どうにか身体を動かせるようにする。

 勢いをつけすぎて玉座の後ろの壁に叩きつけられたが、そんな事はどうでもよかった。


「フーマン!」

 急いで側に駆け寄り、様子を伺う。

 内部はまだ完全に凍っていないのか、空気の泡のようなものが動いていた。


「トゥーリア!」

 目眩がするのか頭を振り、自分の上に短銃を構えて一発撃つ。

 青白く光る水が撃ち出されてトゥーリアが包まれると、身体に纏わりついていた水やら霜やらが全て流された。


「……面倒だねえ!」

 いいようにやられた悔しさもあるのだろう。

 荒々しく足音を立てて近づくと、一目でこちらを振り向いた。


「アンタ、解析術式は?」

「光を使ったやつなら」

「これ相手なら充分さね。アタシは解呪に専念するから、任せた」

 俺の言葉に頷くと、腰元のポーチを漁り始めた。

 俺も使う術式を思い描き、言葉を口に乗せる。


「解かせ光よ。祖は全てを見通す者である――解かす輝きよ(ソルベ・ルセート)

 フーマンの身体の上に白い光が降り注ぎ、光が氷を透過していくに合わせてフーマンの状態が映し出されていく。


「はーん。結構固そうに見えるけど、内部はまだスライムが生きてるのか。なら話は簡単さね」

 長銃を腰のホルダーで抑えて短銃を抜き、弾倉(シリンダ)から弾を全て抜き取り、ポーチから取り出した先端が緑色の銃弾をセットする。


「巻け風よ! 細く長く旋毛となりて穿孔せよ!――双 子 の 渦ジェミオス・ボルテックス

 放たれた銃弾から二つの細い竜巻が昇り、みるみると氷像に穴を掘っていく。

 先端が氷の層を抜けた途端、


逆巻け(リバーサ)!」

 渦の回転が逆になり、穴の空いた所から水――というかスライムが噴き上がる。


「焼くよ!」

 長銃を抜いて引金を引くと、炎が巻き起こって水が瞬く間に蒸気と化していく。

 俺はフーマンの体力を信じて腹を殴り、中の水を吐き出させる。

 口からどれくらい入っていたのか信じられないような水が噴き、それを《ブラスト》で吹き飛ばして戻らせないようにする。


「大丈夫かフーマン!」

 まだ気持ち悪いのか、腹を抑え、咳き込んでいるフーマンへトゥーリアが回復用の術式を施す。

 先程と同じ青い水がフーマンを流れて、目に見える傷や汚れが消えていった。


「すまん……手助けするどころか助けられたな」

「気にするな。飯の礼だと思ってくれ」

 三人の視線が、子供たちへと向かう。

 巫女様は目を隠して俯いていたが、御子様の方は大臣の様子をしっかりと見てしまったのか茫然自失としてしまっていた。


「二人とも。怪我はないか?」

 近寄ったフーマンが声をかけると、二人ともその足にしがみついて大声で泣き出してしまった。


「御子様達が無事で良かった」

 二人から血の匂いはしない以上、肉体的な怪我はないだろう。

 スライムの生臭い匂いが俺の鼻にきついが、せめて二人が泣きやむまでは我慢するべきか。

 フーマンが二人の頭を叩いて宥めすかせ、泣くだけの体力も無くなってようやく大人しくなった。


「これからどうする?」

 俺の問いかけに、フーマンは頭を振って返してきた。


「王も大臣もいない以上、外へ行ってる連中を集めて、巫女様達と一緒にこの国を立て直すしかないさ」

「……そう、だな……」

 そうするしかないだろう。

 本当にサングがこの国を掌握したのなら、誰一人として信用できないという事になる。


「ちょいと口出しするさね。『掌握した』とアイツは言っていたけど、それについてはどうすんのさ?」

「術式による確認……くらいしかないだろうな。むしろ、対処する方法があるならご教授願いたいくらいだ」

 困り果てたように力なくトゥーリアへと応えて返すフーマンに対し、トゥーリアも返せる言葉がないのだろう。


「考えとくよ」

 それだけ言って、押し黙ってしまった。


「しかし、国王はいなくなったが、黄の竜の居場所は把握しているのか?」

 それは俺の目的であり、この国の王と――偽物とはいえ――交わした契約である。術式としては無効化されてしまっているだろうが、黄の竜の居場所を誰も知らないとなると広大な大陸を隈無く探さなければならなくなる。


「ああ。場所なら俺が教えよう。巫女様達の護衛として拝謁に向かう立場だからな。この状況じゃ俺は一緒には行けないがそれでもいいか?」

「助かる」

「なあに気にするな。この状況じゃあうちは勇者だなんだと言ってられないからな」

 国王、大臣も倒れ、国の誰もが信用できないとなると、そうなるだろう。

 思った以上に酷い事態だが、俺が手助け出来る事は何もない。国に言って支援を要請する事は出来るかもしれないが、それはもう俺の干渉できる範囲を超えている。

 子供らを寝かせるための部屋へと彼らを護衛し、フーマンが二人を寝かしつけると、黄の国の地図を渡された。

 それには、ここより大分離れた所に、印が付けられている。馬車で向かうにも一週間はかかってしまうだろう。


「ありがとう」

 礼を言い、手を差し出す。

 フーマンも手を出し、静かに、固く、手が交わされる。


 ようやく、黄の国での騒動はひと段落を迎えたのだ。

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