道筋にある約定と竜の誓約(1)
大地に降りた俺は、術式の影響で焼けた腕の装甲を目の当たりにして眉を寄せつつ――もちろん頭部の装甲が表情に合わせて変化したりはしないので、そう思っているだけなんだが――、周囲を見回した。
トゥーリアの術式の影響で村は壊滅的な被害を受けてはいたが、残りの敵を倒さなければならなかった以上、致し方ないと割り切るしかない。
外装骨格を解き、地に足を付ける。剣を持つ右腕に火傷の跡があり、風に煽られてヒリヒリと焼けた痛みがある。近くに寄ってきたトゥーリアも解除して立つと、音高くお互いの手を叩き合わせた。
「後は、黄の国に戻って玉座を取り戻すのと、可能なら基礎模型の確保、だねえ」
「後者は難しいかもしれん。事態が起きてから既にある程度の時間が過ぎている以上、持ち帰られている可能性が高い」
「ま、そうさね」
トゥーリアが術式を起動し、水筒の中の飲み水が粘性を帯びて動き、俺の腕周りにとりついて火傷の跡を癒していく。お互いに《エクステリオッサ》から戻った直後というのもあり、身体の様子を確かめようとして自然に柔軟をしているうちに綺麗さっぱりなくなった。
「まだ、動けるか?」
「疲れちゃいるけど、大丈夫さね。どっか行くのかい?」
「このままフーマンの所へ向かう」
ふむ、と一つ頷くと、続きを促すように待っている。
「国王が受けたという毒の治療がどうなっているかも気になるし、まだ済んでないというのであれば、お前に診てもらいたい」
「治療術式は専門じゃないよ?」
「だとしても、知識は広いだろう。黄の国の巫女様の実力がわからんし、助けになれば良いという位だ」
いずれにしろ、城に戻るのであれば、御子や巫女様以上に使える大義名分として国王の存在は必要だろう。
「なるほど。ちょっとは打算的な事も考えるんだねえ」
「そういうつもりは――」
「なくても良いさね。そう思われておけば、相手も組みしやすいって考えてくれる」
「……そういう意図がないとは言わないが……」
それ以上に、彼らは父親とその子供という関係だ。その家族の居場所を取り戻してやりたい。
そして――
「まだ生きているなら、父親を救ってやりたいと思うのは悪い、か?」
「アタシ、孤児みたいなもんだからねえ。アンタも似たようなモンだろ?」
「まあ、な」
それを言われると弱い。
俺だって父親という存在は知らないし、俺たちを産み、短い期間ながらも育ててくれた母親の記憶もおぼろげだ。強いて言うならルース様が父親代わりだし、他人になかなか懐かなかった俺と妹を辛抱強く面倒を見てくれたメイドが母親だろうか。
思わずお互いの環境に押し黙ってしまい、気まずい空気が流れた。
「……まあいい。行くぞ」
気持ちを振り切るように気持ち強めに声にして先を走り出す。後ろからトゥーリアが付いてくるのを耳で捉えつつ、俺達は元来た道を戻り始めた。
幸いと言うべきか、道中に魔物は潜んでおらず、洞窟に入っても遭遇する事はなかった。
抜けた先で術式を用いて空から位置を確認し、フーマン達がいる洞窟を確認して移動する。
移動で高かった陽の位置も傾き始めた頃、目的地に到着した。
「フーマン! いるか!?」
奥まで届くよう、なるべく大きく声を張って呼びかけると、すぐさまフーマンは現れた。
「よう」
気楽に手を上げてはいるが、眉は下がり、力なく笑っているように見られる。
それでも視線だけは鋭く、俺の後ろにいるトゥーリアへちらりと目をやると、一つ息を吐いてから口を開いた。
「遅かった……ってわけじゃないが、今、国王が亡くなった」
それは、俺には衝撃だった。
巫女様の力を持ってしても助からなかったという事はすなわち、力を受けている竜の力が及ばなかった事になる。
「……本当か?」
「ああ」
淀みなく返事が返ってくるのなら、もう静止の確認を済ませていて、間違いはないのだろう。
「亡骸に会わせてもらってもいいだろうか?」
「構わんよ」
俺は事態を信じられずにいた。
後ろに控えていたトゥーリアをフーマンに軽く紹介し、俺たちは洞窟内へと入っていく。
奥へと足を進めるほど、子供の啜り泣く声が聞こえ、それは徐々に大きくなっていった。
やがて少し広めの空洞に辿り着く。中央には服か何かを寄せ集めて作った寝床があり、その上に下着姿の人間が横たわっていた。顔は布で隠されているが、やや膨らんだ腹回りと、俺と同じくらいの身長、股間に膨らみがあるところから男性であるのは間違いない。彼が国王なのだろう。
「……トゥーリア、頼めるか?」
「あいよ」
ここに来るまでに俺の意図は通じているだろう。
トゥーリアは長銃を俺に渡し、国王の前で跪いて死者を弔う聖句を述べて祈りを捧げてから、顔を覆っていた布を取る。白髪の混じった髪に、こちらは脱色して整えたのであろう白い豊かな髭。苦労をしてきたのだと思わせる皺が額にあり、歳を経ているのを感じさせた。
腕を手に取ってみたり、口元に鼻を近づけてみたりとあれこれしている。一度フーマンに振り返り、死体に傷を入れる許可をもらって血を少し抜き取り、術式を使って調べていた。
「……毒で死んだのは間違いないようだねえ。外傷もないし」
外傷に関しては巫女様が治しているだろうから、それで判断出来ないのはわかっている。トゥーリアが言っているのは、致命となる外傷を受けた様子がない、という事だ。
「なんだ? 疑ってるのか?」
「巫女様が治療して治せなかった、と言われるとな」
俺は疑念を素直に口にした。
「巫女様だって万能じゃない。それに、まだ子供だぞ?」
それはその通りだろう。
だが、それを何処か鵜呑みに出来ない俺がいる。
「で? ここに来たって事は、結果は出したんだろう?」
「まあ、な」
「じゃあ手伝うか。自分の身は守れるし、城内の案内や露払いはするぜ?」
剣の柄をチャキチャキ鳴らして気楽に口にする。
確かに城の状況がわからない以上、人手はあった方がいいし、城内に詳しい人間は必要だ。
「……そう言えば、子供らの《オルナメンタ》はないのか?」
「新規に調整中だったからな。刻印儀式も終わってないし、武装戦力には加えられないぞ」
そう言われ、俺の眉間に皺が寄る。
鋼騎士に遭遇したら、俺とトゥーリアの二人で相手をしなければならないという事か。あと十一体いるかもしれない状況で。
その場合は即撤退し、事態を白か青の国に伝達して援軍を要求するしかない。それは同時に政治的な策略にも巻き込まれるという事で、俺の旅路が長くなる可能性がある。
それはなるべく避けたい事態だが、たった二人で残りを片付ける――しかも変異した存在に成り果てていて、場合によっては国家存亡の危機ですらある――のは自殺と変わらない。
「わかった。頼もう」
状況は未だ良いとは言えないが、とりあえず彼らと共に行くしかないだろう。
奥へと視線を向ければ、布で作られた垂れ幕のような物で仕切られた場所があり、そこから子供らの声が聞こえた。
フーマンが垂れ幕を除けて中に入り、何事かを呟いて二人を立たせると子供らの手を引いて戻ってきた。二人の顔や指から塩気のある水の匂いがま漂っていて、まだ涙していたのが窺える。
二人を連れて洞窟の外に出る頃には気持ちを切り替えたのか、しっかりと前を向けるようになっていて、これはフーマンや王の教育の賜物なのだろうと感じていた。
想定される状況を三人で話し合うが、最悪と言える状況は共通していた。
「やはり俺とトゥーリアの《エクステリオッサ》で一気に行く方がいいだろう。俺の方にはフーマン、トゥーリアの方には御子様達だ」
「なんだなんだ。お前と一緒とは、俺はそんなに信用ないか?」
「からかうな。俺は近接型でトゥーリアは遠距離型。国の行く末を考えるなら、安全な後方に置くべきだろう」
「せっかくの美人が目の前にいるってのに、そう言われると辛いな」
言われたトゥーリア本人は胡散臭そうにフーマンを見ただけで応えない。嫌っている訳ではないのだろうが、自身の秘匿すべき問題もあってかそっけない態度でいる。
諌めるほどではないと思い、俺はトゥーリアに声をかけて《エクステリオッサ》を起動する。
フーマンに手の平を差し出し、首周りにしがみついてもらう。トゥーリアは射撃する関係もあってか、左腕で抱えるようにして二人を抱き上げ、術式で足場を固定した。
「行くぞ」
《エクステリオッサ》で走れば、日が変わる頃には辿り着くはずだ。
黄の国での最後の戦いだと気持ちを切り替え、俺達は動き出した。




