トゥーリアと戦場へと至る道筋に(6)
森を抜け、街道を避けながら辿り着いた目的の村は、想像以上に死臭に溢れていた。
動物除けの柵はその用途を成せないほどぼろぼろに砕かれ、代わりに潰れた死体が置かれているか、あるいは小物の魔物が挽肉のようになっている。
村の道の至る所に元の姿が分かりにくくなってしまった死体があり、小さな魔物が食らいついていたり、あるいは獣にたかられていたりと散々だ。
建物は屋根がなかったり、そもそも何かの力を受けて崩れてしまっている。そんな建物ですら、力の弱い魔物が隠れるように住まい、そして見つけられた同族に食われるという状況だ。
「……酷い、な……」
弱きを挫き強きを誇る、という言葉の通りの散々たる有様に、俺は内心で辟易としていた。
「行くぞトゥーリア」
胸元から基礎模型を取り出し、同時に術語を宣言する。
「「外装骨格!」」
陣が干渉し合わないよう自動で距離が離され、互いの術式陣が展開されていく。
「アレクエス!」「ベスティアーリア!」
拡大される視野の中、互いの姿を確認すると、俺は足元の様相を無視して一気に走り出した。
「巨大種以外は無視していい! とにかく変異エクステリオッサだ!」
視界の先には、敵の《エクステリオッサ》が起き上がり、こちらに向けて口を開いていた。
何らかの力が収束して放たれる一撃を避け、剣の距離まで肉薄していく。
「やはり大きいな!」
俺のアレクエスよりもゴツゴツとした重装で、背丈はベスティアーリアより二回りは大きい。
武器のような物はないが、両手の甲部分に三本の爪があるところからすると、格闘主体の騎士型かもしれない。
「お前を倒せばひとまずの目標達成だ! 全力で行くぞ!」
大柄な体躯に見合わず俊敏な動きで俺の一撃を避ける相手に、俺は早期決着をつけるべく術式を描く。
「加速!」
本式を発動させて、一段階上げられた加速が俺を突き動かす。高速化された動作に周囲の風景がゆっくりと動いているように感じられるまま、口から新しく砲撃を撃ち出されたそれを避け、敵機に迫っていく。
敵機が迎撃用としてさらに光を集めていくが、
「遅い!」
胸元を斬りつければ金属同士のぶつかり合う重く鈍い音が耳障りだが、どうにか状態を反らせる事が出来た。
蓄えた光が拡散して無意味な力となって散っていくのを横目に見ながら、次の一撃を見舞う為に剣を振って素早く回る。後ろから間隙を縫うように放たれたトゥーリアの射撃が、敵の鎧のあちこちに命中し、貫通するまではいかなくとも衝撃によって体勢を崩させる。
生まれたわずかな時間を用いて回り込み、《エクステリオッサ》の弱点と言える首元を狙って斬りつけた。相手が腕を回して防ごうとするのが見えたが、数秒は足りてない。俺の剣の方が早いと確信した瞬間、
「!?」
何故か俺の方の動きが鈍り、手甲の爪は斬り落としたものの首にまでは至らず、それどころか剣を掴まれて身体を空に放り投げられた。
「うおっ!?」
宙に舞った俺に目がけて、いつの間にか集められていた光砲が撃ち出された。
咄嗟に剣で受け流し、体勢を直して地面に着地する。
相手はその間にまた光を集め、片手を地面に付く。すると、相手につけられていた外装がみるみる修復されていく。
「腕を媒介にして食ってるのか!」
おそらく、地面が持つ力を自身の力に変換して使っているのだろう。
それなら、大地と接触している限りは無限に再生出来るという事になってしまう。
「ラストー?」
「倒す手段はおそらくある。が、問題は俺の動きが鈍った事だ」
敵は光を拡散させ、細かな力を追尾させて当てる事に狙いを変えたようだ。
確かに完全に避け切るのは無理だが、斬り払う事も出来るし受ける傷は少ない。
「何の力だと思う?」
「普通に考えるなら術式だろう」
「そうじゃないさね。どこの力だって事さ」
「……加速の力が白なら、減速の力は黒、だろうな……」
敵が黒の竜の力を使えるのは予定内だが、まるで鏡合わせのような能力もあるとは思いもしなかった。今のところ俺の加速力が上回っているから対処は出来る。倒すならこれ以上変異が進む前に倒さねばならない。
敵の感情を乗せた叫び声が、村を超えて周囲に響き渡る。地面が揺れ、何かの力が敵から放たれた事は感じられた。
辺りから、数がいなかったはずの巨人鬼が次々と立ち上がってきた。
「巨大種!?」
「分け与えて強引に変異させたのか!」
となると、乗り手は術士。それも戦況の補強や支援をするタイプとなる。重装なのは不得手な戦闘行動から身を守る為、か。
「こっちの分は任せな!」
後方に迫った《オーガ》をトゥーリアは構えた長銃から水槍を打ち出す。寸分違わず頭を撃ち抜いた水はそのまま蛇のような姿となって、他の《オーガ》に食らいついていく。
俺も加速し続け、腕を落とし、足を蹴り上げて胴を薙いだりして着実にとどめを刺していく。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」
倒された《オーガ》達が急速に光の粒子となり、結合し、肉を持ち、次は一ツ目の巨人へと変わった。
「エクステリオッサへの変換術式を利用したんさね!?」
「すごいな!」
半ばやけっぱちに声を上げた。
トゥーリアの一言で原理としては理解出来たが、こう容易くやられると呆れて物も言えなかった。
「どうする!」
「倒すしかないさね!」
「そうだな!」
どの道、ここまで成長したのを放ってはおけないのだから倒すしかない。
俺の動きを抑えようと、複数の魔眼が俺を捉える。動きが止まってしまうなんて事はないが、加 速が加速にまで抑えられてしまっているのと、敵の主砲が厄介だ。相手は敵同士の同士討ちを気にせず、平然と撃ってくる。《サイクロプス》も致命でなければゆっくりと傷が治っていくので、むしろ血を見て凶暴化し、見境なく暴れてしまう。
「トゥーリア!」
暴れる敵の見境ない力をどうにか避けつつ、声を上げる。
見える範囲では向こうも複数の《サイクロプス》を相手にしているが、術式で霧を出し、視界を惑わせることで対処しているようだ。
「アイツを地面から引き剥がせるか!?」
加速の維持が出来ているうちに一体の《サイクロプス》に駆け寄り、唸りを上げて振るわれる拳を紙一重でかわし、剣を跳ね上げてその腕を斬り落とす。
「アイツの手を地面から離させな!」
勢い良く血を吹き上げる腕を抑える《サイクロプス》の頭をトゥーリアが撃ち抜き、俺の方の束縛が少し緩まった。
「そうすりゃ欲しい状況作ってやるよ!」
俺からは霧のせいではっきりとは見えないが、状況的にどうにかしてはいるようだ。
それなら、俺は頼まれた事をこなして機会を作るだけだ。戻ってきた加速力を活かし、敵の攻撃を避けるだけに留めて手段を探る。
あれから敵機の外装に変化はない。損傷を下手に与えなければ、変異の可能性は低いと見てもいいだろう。俺がやるべきは、相手を地面から浮かせて――軽装型の俺が重装型の相手を加速力だけで浮かせられるかという問題はある――離させるか、あるいは両腕を斬り落とせるか。
口頭術式を使っての突進なら、俺の軽い身体でもどうにか動かせる可能性はある。
しかし、それで動きが止まってしまえば二撃目を狙えないし、何より掴まえられてしまえば一巻の終わりだ。何らかの手を講じる必要はある。
「ゴオオオオオオオオオ!」
奇声をあげて迫る《サイクロプス》を跳んで距離を取り、後ろに迫っていた別の個体の腹を刺し、とどめとまでいかないように意識しつつ剣を抜き、地面に蹴り倒す。
視界から逃れることで加速を取り戻し、目の前にいるのは《サイクロプス》一体と敵機のみ。
俺は準備に入る事をトゥーリアに伝える為にも、声を張って詠唱を始めた。
「我が望むは刹那の手!」
今使っている加速を維持したまま、詠唱を続ける。
術の維持に頭の奥に針を刺したような鋭い痛みが襲ってくるが、ここで加速は落とせない。
術句を唱える直前まで状態を維持しつつ、発動と同時に切り替て瞬発しなければならない。
「疾く早く! 鼓動の高鳴りを超えて進め我が身よ!」
鈍い動作で迫ってくる《サイクロプス》を軽いステップで避け、視界の先に敵機を捉える。
加速術式を切り、準備を終えた術式と、もう一つの術の準備を意識して、俺を術句を口に乗せた。
「腕よ瞬きを超えて進め!」
持続できる時間は前回よりも少ないだろう。
蹴り上げた大地から土煙が上がり、三歩で相手の眼前に迫った。
兜に驚きの表情は生まれなかったが、目元の明かりが揺らめいているのは気づいた。
「光よ!」
術式剣の切れ味を上げ、身体を捻転させて両肘の関節目がけて剣を振り抜く。
俺の腕に僅かな手応えを寄越したのを認識したまま、さらに俺は回転させ、次の術式を口にした。
「跳躍!」
対象は俺じゃなく、敵機の両腕。
肘から先を失った腕が地面に付くと同時に俺の掛けた術式が発動し、見た目の重量がないようにも思えるほど軽い動きで腕が跳ね上がった。
「逆 巻 け 渦 よ!」
俺に負けないほどの声量で、トゥーリアの声が戦場に響き渡る。術式の力が発揮され、術句の通りに周囲の地面を巻き込んで俺たちの周囲を空へと持ち上げていく。
トゥーリアの狙いを把握した俺は、加速術式を切って、もう一つの術式へと意識を変える。
敵機は何をされたのかわかってないまま、術式の影響がある地面に手をつけられず、また俺を掴もうともしてこない。
俺は自身に予め施されている跳躍の力を強め、相手を蹴ってさらに上へと舞う。
「太陽よ!」
ようやく状況を把握した敵機が俺の術式を強引に切り離して、切り落とされたまま立っている両腕を繋げようと腕を伸ばす。
「熱よ、光よ! 全てを原初へと戻す力よ!」
続けて後方からトゥーリアの長銃から放たれた渦巻け水蛇の濁流の一撃が、幹の部分を丸ごと撃ち抜いた。
「集え!集え! 我が望むは御身の一部!」
吸収する物がなくなった敵機が、腕の再生も叶わず、自棄とばかりに口元に光を集め始めた――が、それは叶わなかった。
術句の前段階として俺の術式剣に光が集い、敵機のそれすらも変換しているからだ。
「純然たる力の刃よ!」
刀身となっている鋼が失われ、真白く、俺の背丈とほぼ同じ大きさで、俺の腕周りを焼いてしまうような熱量を持った刀身が術式槽を中心として成された。
奪われた原因に気付いたのか、敵機が俺を恨めしそうに睨みつけながら吼え、地面にいる《サイクロプス》達が無理矢理に光へと変換されていく。
「終わりだ!」
宙にいる敵機へ光の粒子が集まろうとする中、俺は剣を振り下ろす。
敵を斬った手応えはない。それでも構わず、さらに二度、三度と振るい、《エクステリオッサ》の要となりそうな部分を斬っていく。
最後の一刀が払われると、粒子の動きが止まり、躊躇うように宙を僅かに漂った後、消えていった。
同時に俺の術式も終わり、刀身の光が砕けて元の鋼に戻る。
敵機はばらばらになり、力なく大地へと落ちていく。
俺は、目が何も映らなくなった敵機を見届け、大地に降り立った。
 




