トゥーリアと戦場へと至る道筋に(5)
翌日、村の連中を集めてトゥーリアの正体に関しての説明をした。
と言っても、成り損ないによる一定の偏見や、獣の力を持ち身体的優位がある俺達獣人に対する偏見は、そうそう簡単には払拭出来ないし、それを解消する事そのものが目的じゃない。
一時的な共闘関係を築ければいいというのが優先なので、俺は金による契約金の上乗せ、
「不満や恐怖があるなら従えている俺にぶつけてこい」
そう言って周りに決闘を促す事で無理矢理に納得させた。
そもそも、俺達は事態解決の為に村を離れる事を作戦として伝えると、それで納得する者も多く、思った以上の混乱や不満はなかったと言えた。
結果として――
「術式隊は後詰めだ! 基本的に巨大種が来るまでは負傷者の治療と状況管理に努めろ!」
「射撃隊は監視隊とペアで三交代で回しな! 決着が付くまで二、三日の間の辛抱だよ!」
「突撃隊は傭兵達を一人は部隊に組み込み、状況の把握と武装の相性を確かめておけ! 戦闘の主軸はお前達になる! 無理に倒そうとはせず、生き残る事と他を頼る事を覚えておけ!」
馬を潰してまで駆けつけてくれたコンタ達が到着し、準備を整えるまでに至れた。
予定していた戦力や備品の補充も出来、いよいよ俺たちは事態を先へと進める事にした。
実行部隊として出るのは、俺とトゥーリアだけ。ただし、いざという為の連絡役としてマノとコンタが離れたところから付いてくることとなった。
「概ねの準備は整ったな?」
「良いさね」
「では、出発と行くか!」
ようやく事態を動かせる高揚感にも突き動かされながら、俺たちは意気揚々と村を出た。
狩人達に地図を用意してもらい、なるべく周辺の敵を窺いながら――なるべく倒して村側の負担を減らしておきたいからだ――目的地へと向かっていく。
幸いな事に進行方向から小さな部隊を何度か見つけては、撃退する事が出来た。同時に向かっている方向から来てることで、推測の証明が出来ているという期待感も膨らんだ。
今日も見事な青さを映す空にある太陽が真上に差し掛かる前に、俺達は話にあった小さな洞窟に辿り着けた。
「……確かに小さいな」
第一の感想としてはそんなところだ。体躯の小さい方である俺ですらしゃがむ必要があるし、トゥーリアに至っては長銃や背丈もあって、這わなければとてもじゃないが無理だった。
先に話を聞いていたトゥーリアは観念したように入るのに邪魔となる武装を外し始めていた。
「様子見も兼ねて、先に俺が入っていこう」
魔物特有の生臭い匂いがあるかどうかで確認したかったが、辺りを漂う匂いと混ざってしまっていて判別しづらい。いずれにしろ中に入るしかないと覚悟を決め、しゃがむのに邪魔となる剣を外して手に持って中に入った。
嗅覚があまり頼りにならない以上はと、一歩ずつ慎重に歩を進めていく。
しかしその行動は杞憂だったのか、少し進んだところで急に視界が一気に開けてしまった。
「……しかしこれは、中は拡げられている……のか?」
立ち上がって背後を振り返ると、そこかしこに削り取ったような跡が見られた。
遅れて入ってきたトゥーリアに手を貸して立たせると、同じような感想なのか壁の一部を指差した。
「ほら、この辺とか手で掘った跡があるさね」
よくよく目を凝らして見ると、確かに殴った拳の跡になっている。という事は、連中は術式で強化した拳で壁面を殴って掘削していたという事になる。
「つまり、ちゃんと作業を指揮した奴がいるんだろうさ」
「暗躍している黒の国の者がいる、という事なんだろうな……」
魔物となった連中は知能のある魔物に付き従う傾向があるから、お互いに同じ結論となるのは当然とも言えた。
改めて前を向いて周囲を見回してみるも、辺りには何の気配もなかった。
「ある程度は送っちまったのか、それともどこかで休んでいるんかね?」
「それならそれで、憂いのないよう叩いておきたい所だが」
そう口にしながら、二人で洞窟内を歩き始めた。
人鬼が通れる位は掘られているようで、トゥーリアでもどうにか立って歩ける高さがあり、戦うにしても上から攻められる事を気にしないで済むという中を進んでいく。
そこかしこに自然の気配というか、森の匂いというか、不思議な感覚がある。
俺が鼻で嗅ぎ取っている気配を、トゥーリアも感じているのか目を細めたりして辺りを見ている。
もしかしたらここは、最近になって竜が通った道なのかもしれない。気分で住処を変える――一年のほとんどを城で過ごされているルース様が例外らしい――竜が通った道には、自然の気配が色濃く残されるという。
向かう先から光が見え、早くも俺達は外に出る事になった。
上天にいる太陽の位置が変わっていないところを見ると、さしたる時間は過ぎていないようだった。
辺りを見回せば俺には馴染みのある場所で、
「ここはあの、崖の下の道か」
「アンタが助けられた黄の国の連中の近くかい?」
「いや、おそらく逆の方向だな」
景色と風景から場所としてはその道だと判断出来るが、通った覚えのない道ではあった。
「ここは開けてはいるが、立ち寄る意味も特にない場所だ。敵も脇道に逸れず進んだんじゃないか?」
周囲に気配も匂いもなく、日差しもあまりない。
探せばこちらでも小さな洞窟は見つかるだろうが、そこまでする必要はないだろう。
「進むぞ」
それだけ口にして、俺達は向かい側にぽっかりと口を開けた洞窟へと進んでいった。
内部に明かりはなく、俺が術式で光を作り出して上に打ち上げる。
こちらはトゥーリアが長銃を上に掲げても余裕があるほど広い天井で、俺の作った光源では全体を照らすまでには至らなかった。
「こっち側はそこそこ広いな」
「でも天井がそれほど高くないから、やっぱり巨大種は術式による移送なんだろうねえ」
光源を手元に引き寄せてランタンの代わりとすると、少しずつ前へ進んでいく。
風も通っているのか、先からそれとわかる匂いが届く。
「流石に敵地に近いと見張りがいるな」
まだ近くではなかったが、歩を進めていくうちに木の焦げる匂いと共に火に照らされた《ゴブリン》が二体、暇そうにうろついていた。
「俺が光源を投げたら飛び出して右を抑え付ける。左は撃ち抜いてくれ」
トゥーリアは黙って頷くと、その場で膝を折り、腰だめに長銃を構える。
「よし」
俺が光源を投げつけると、二人の間で一層強く輝いた。
強烈な光に怯んだ隙を狙って走りながら抜刀し、一気に首を切り落とす。
同時に銃声が一発響き、槍のような細く鋭い一撃が飛んで角ごと額を打ち抜いた。
ゆっくりと倒れていき動かなくなったのを確認してから構えを解き、さらに進んでいく。
こちらでも前の洞窟同様の気配を――魔物の発する生臭い匂いの中から――感じながら向かっていると、間もなく洞窟を抜けた。
それなりに時間を過ごしたと思ったのだが、太陽の位置はほとんど変わっておらず、感覚が合わない。
「そこそこ時間は過ぎたと思ったが、陽はまだ高いな」
「もしかしたら、竜の渡り道かね?」
トゥーリアの言葉に、ああ、と納得した。竜の気配のある道は時間の流れが留まったり、あるいは瞬く間に別の場所へと跳んでしまったりする事がある。その現象が働いて時間があまり過ぎていないという事だろう。
「行けるか?」
「当然さね」
それなら、俺たちのやる事は一刻でも早く事態を解決する事だろう。
俺達は周囲に注意をしながら、それでも足を少しでも早く目的の村へと向かう為、歩みを進めた。