トゥーリアと戦場へと至る道筋に(4)
合流してからあれこれ作業に没頭していると、あっという間に時間は過ぎていった。
篝火を焚き、周囲の警戒が一層厳しくなる中、俺はトゥーリアのねぐらになっているという施療院に案内された。
「これで一旦は村の脅威は取り除かれた、な」
傭兵たちの能力を確認し、バランスを考慮した周回部隊を作り、休憩として必要な娯楽――と言っても主に食事でしか満たせそうにないので、酒を出来るだけ用意させた――を与え、追加の報酬についても掲示し、納得してもらう。それだけでも傭兵たちのやる気は上がったし、どこか不安そうだった村人達の様子も明るくなってきた。
残されている作業としては、こちらに向かっている支援部隊との再編成と作戦だけだと思っていたのだが、用意された椅子に座ったトゥーリアは何故かバツの悪そうな顔で俺を見ている。
「ちょいと頼みがあるんだけど」
「なんだ?」
トゥーリアはどこか躊躇いながら、いつも身に付けている帽子を掴み、そっと下ろした。
頭上には、可愛らしい猫科に似た耳がぴこぴこと動く音が聞こえそうな程、動いている。
「その耳は……本物、か?」
「そうさ」
となると、異なる種族同士で結ばれた結果に生まれる、混血種というものだろうか。口さがない連中は成り損ないなんていう呼び名もあるそうだが、事情は人それぞれだろうと俺は思っている。
「アンタが想像している通り、アタシの見た目は《ディフェクトム》だけど、実際にはちょいと違う」
そう口にするトゥーリアは、なんというか複雑な表情だった。諦観しているようでもあるし、また憤っているようにも感じられる。あるいはその両方なのかもしれない。
「アタシはいろんな種族を混ぜ合わせて作られた種を用いて、アクアヴィッタから生まれた子供なのさ」
となると、トゥーリアは青の国の第一王女という事になるはずだ。しかし公には現在アクアヴィッタ女王の血筋は生まれていないと発表されているし、トゥーリアは非公式の鋼騎士として騎士団にいる。普通の娘であれば、そんな危険な立場には置かないだろう。
「その身体は、猫か虎種のものか?」
「アタシに聞かれてもね。アタシも全部を知ってるわけじゃないのさ」
見るかい? と一方的に言って上着を次々と脱ぎ、恥ずかしげもなく下着も外して上半身の肌を晒す。
普通なら恥ずかしいからと言って止めさせるところだが、露わになった肌の様子で全てが頭から抜けた。
人間種のような毛のないツルツルの肌ではなく、薄く全身を覆うのは虹にも似た体毛だ。どんな生物にも似ていない色合いが左右対称であり、生物っぽくはないのかもしれないが思わず見惚れてしまった。
「……綺麗だな……」
俺の口をついて出た率直な感想に気恥ずかしさを感じたのか、すぐに上着を羽織って体を隠す。俺も咳払いして急ぎ背を向け、トゥーリアが着直すのを待った。
やけにはっきりと聞こえる衣擦れの音に自分の不甲斐なさを覚えつつ、声を掛けられて視線を戻すと、雑に羽織った姿で座り直していた。
俺は咳払いをして気を取り直し、手を出して続きを促す。
「この身体は、究極の巫女を作る為のテストモデルなんさね」
巫女――あるいは御子。
それは自然と生まれるもので、作るものではないはずだ。
「……なんでそんな事を?」
俺の当然と思っている疑問に対し、想像でいいならと前置きしてトゥーリアは口を開く。
「巫女ってのは御子と違って竜と深く結び付く。巫女継承の時、あの女は何かを悟ったっだってさ。術式の才もあり、研究の為の下地もある。なら悟った結果の為に何かを成そうとしているってのは、そこそこの地位に入れば聞こえてくるのさ」
トゥーリアもはっきりとした真相は知らないのだろう。
同時に、そこまで知っているという事は自分でそれなりに調べた結果でもあるんだろうとは察せられた。
「そして、その為に各国にいる孤児を迎え入れているってね」
「……俺達が捕まえた連中も、そういう手引きの連中だって事か?」
「そうさね。そしてアレが最初じゃない。図に乗ったり、過度な要求をしてきた連中を、アタシはこの手で葬ってきた」
そういう事かと、さっきのトゥーリアの言葉に納得した。
「今のところ、アタシはそこそこの満足を得たモノとして扱われて、こうして自由を得てる。でも、あのババアが欲しいのは、もっと優れた生物らしい」
俺からしたら、トゥーリアは立派な騎士だと思うのだが、女王が求めるのはそれ以上のモノという事か。
「それこそ何の為に?」
「知らんさね。最終目的はあのババアの腹ん中だし、聞きたいならババアに気に入られるような力を持ちな」
「俺ごときでは足りないって事か」
「白の国は懇意にしてるからねえ。ただの白の国の出身ってだけなら、ババアの気は引けないさ」
俺自身に興味を持たれる。あるいは俺の持つ力を示す、か……。
トゥーリアが知りたいなら力になりたいとは思うが、今の俺には敵わないだろう。
「それとも――」
椅子から立ち上がり、トゥーリアが俺の側に寄る。
下着を付けてないのかくっきりと形が浮かぶ胸元で俺の腕を抑え、口を耳元へと寄せる。
「アタシと結ばれるかい? 出来損ないとはいえ、子を成したらすごいのが出来るかもよ?」
結ばれる、子を成すってのは――つまりは結婚して番うということか!?
「ば、ば、馬鹿を言うなっ!? おお俺はお前をそういう目で見てはいない!」
慌てて離れようとして椅子から転げ落ち、盛大に床へ頭を打ち付けてしまった。
「アッハハ! 冗談さね」
俺の慌てた様子を指差して笑うトゥーリアは、にやにやと意地の悪い笑みで俺に近寄ってくる。
「こういうところはホントにウブだねえ」
本気ではなかったのだろうが、目の前に大きな胸をぶら下げて平然と迫ってくるのは、俺を狙ってからかっていると分かっていても困る。
何より、俺にはそういう耐性はない。
俺にとって守るべき女性というのは妹ただ一人だからだ。
「……次にこういう事をしたら、容赦しないからな」
「はいはい」
絶対に納得していない口ぶりで口にするトゥーリアに対し、俺は痛む頭をさすりながら改めて席に着いた。
「しかし、なんで今その話を?」
「ああ、夜中に術式防護を敷いた時、油断して帽子が飛んじまって村の連中にバレた」
そういう事ならわかる。
混血になって見た目からして人間種と違ってくると、その姿を気味悪がって《ディフェクトム》と蔑む傾向にある。そうなった人はそのまま姿を隠して何処かへと逃げるか、蔑む相手を呪って襲い掛かるかのどちらかになるという。
「……もしかしてそのフォローをしろという事か?」
「そうそう。悪いけど頼むよ。アタシからどうこう言ったところで村の連中は納得はしないしね」
それなら俺の仕事だ。
「いいだろう。これからの戦いの為に協力関係は必要だし――」
椅子から立ち上がり、自分の胸に手を当てる。
先程の行為にまだ胸は高まっているが、それ以上に秘めていた物がある。
「――仲間の信頼を勝ち取るのもリーダーの役目だろう」
俺の意趣返しのつもりで言った言葉に、トゥーリアはどこか子供っぽいような笑いで答えただけだった。




