祝福されし旅立ちは南へ(2)
俺達が剣闘に励んでいたのは城内部に作られた中庭。
そこから城内へ行く唯一の通用口を抜ければ、そこから城勤めの兵達が着替えの出来る部屋があり、武装の簡単な修繕道具や、予備武器、補助武器の類なんかも収納されている。さらに数人が一度に入れる大きさの湯船も――自分で沸かす必要はあるし、術式を使える者に限定されるけど――ある。
先にお湯を張ろうと浴場への扉をそっと開けると、浴場全体を覆うほどのもうもうとした湯気で溢れていた。
(さっきの含み笑いはこれか)
こういう流れになることをわかっていた団員の誰かが気を利かせてくれたのだろうと思い、すぐに扉を閉めると剣帯を外して汗臭い服をさっさと脱ぎ、身体を洗うための布だけを持って中に入った。
さっきは気付かなかったが、湯気に香木の香りが混ざっていて鼻があまり利かない。さらには濃いめの湯気で見通しも良くないが、何処に何があるかは決まっていて歩き回るのに不自由はない。
汗臭い身体で湯船に入ろうとするほど子供ではないので、桶に湯を汲み、指を入れて温度を確かめてから頭から被る。比較的に被毛の多い種族であるせいか、湯を被った全身は仲間の誰と比べても線の細いのをはっきりと浮き立たせた。
「……騎士、と名乗るにはまだまだだな……」
ルース様に引き取られてから食べられるだけ食べ、心身が落ち着いて安定したところで引き取った理由と目的を告げられ、放浪できる騎士として育てられること数年。育ち盛りで成長はしたものの、周囲と比べるとしなやかさを重点に置かれた身体は細身で、年齢的にはそろそろ引退と言われているサヌス様よりも細い。代わりに術式に才があったので、それと体術を組み合わせた剣術を身に付けてここまではきた。
「あとは、これがどこまで通じるか、どこまで生かして生きていけるか……だな」
明日は一五の誕生日を迎えると同時に、任務として旅に出る。故に妹と一緒に祝う事は出来ないが、代わりに今日、努めて一緒にいられるようにも計らわれているのだろう。
温かい浴場の空気に当てられているのか、ぼんやりとそんな他愛もないことを考えていると、後ろからいきなり羽交い締めのようにがっしりと抱きしめられた。
「兄様っ!」
「プル!?」
いついかなる時も忘れることのない、双子の妹の元気な声が耳を打つ。
会おうと思っていた矢先で驚いたが、それよりも問題なのは、
「な、なんでここにいるんだよ!? 騎士用の浴場だぞここは!?」
「侍女の皆様や騎士様にお頼みして、少しの間二人だけにさせて貰いました。さ、兄様」
抱きしめた腕を離し、背を押して傍らにある椅子へと促される。
「お背中、流しますから座ってください」
「……………………わかった」
振り返らなくとも力強い笑顔で圧してくる妹の気配に、僕は観念して腰を下ろした。
僕の後ろで小さく鼻歌を歌いながら、何処から取り出した――あらかじめ桶の中にでも隠していたのだろう――石鹸を両手で泡立てている。そして被毛に擦り込むようにして俺をもみ洗いしていく。妹とはいえ、成長した一人の女性の裸を至近で見ることは憚 られる。周囲の様子を空気の動きで嗅ぎ取りながらも、術式の修行のように目と意識を閉じてされるがままでいた。
肩に湯をかけられる感触でようやく一段落が着いたとして目をゆっくりと開けると、ようやく湯気も収まってきていて周囲の様子が窺えるようになっていた。
「兄様、お湯に浸かりましょうか」
そう言いながら前に回ってきた妹は、要所を藍染した布で保護した格好だ。
とりあえず目を開けていても問題ないと一息着いた僕は、妹の手を取って湯船に入る。人肌より少し温かくされた湯の熱は疲れた身体に染み渡り、ようやく気の休まる事の出来た僕の口から、思わずほぅとため息が漏れる。
そんな僕の様子に、妹は何故か寂しそうな笑みを浮かべた。
「……明日、ご出発なさるのですね……」
その一言に、安堵していた俺の気持ちが締まっていく。
「……お前には寂しい思いをさせる」
「大丈夫です兄様。私にも巫女として無事をお祈りする日々がありますし、兄様が何処へ向かわれても心は一緒ですから」
「いや、なるべく早く済ませて帰ってくる」
「そのお気持ちだけ、受け取っておきます」
先程までの寂しい笑顔は何処へと言わんばかりに微笑む妹。
「僕が嘘を付くと思っているのか?」
「まさか。でも此度の旅はあの黒竜を討伐する旅。今までの騎士団の皆様と出かけた賊退治などとは違うのです」
「だとしても。僕はお前の次の誕生日には帰ってこよう」