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【前編】竜に見出された僕は竜退治に出かけ~そして俺は殺戮者になる【完結】  作者: 葛原一助
第2話  黄の国

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トゥーリアと戦場へと至る道筋に(3)

 一旦崖を降りると、対面にある村へと続く崖の前に立った。


「肉体だけで登るのは……流石に時間がかかりすぎるか」

 鳥が巣を作る以上、あちこちにとっかかりがあるので絶壁というわけではない。ただ、岩登りの装備はないので安全ではないし、時間を掛ければかけるほど加速度的に状況が悪化していく以上、速度優先で向かうしかないだろう。

 使う術式はさっきと一緒。


跳躍(リリップ)

 地面を跳ね、手の届く場所に指を引っ掛け、岩を蹴り跳び、上へ上へと登っていく。


「よっ、ほっ、とっ……」

 跳べる距離は高過ぎず低過ぎず。視界にあるとっかかりを確認し、必要な距離だけを跳び上がる。


「何事にも訓練であれ、か」

 いかなる状況も訓練通りに。普段の訓練は本番のように。そう教えてくれたサヌス様の言葉を思い出しながら、身体は半ば自動的に動き続ける。

 いつしか俺の足は、崖を登り切り地面に着いていた。

 地を踏めている事に安堵しつつ、周囲の状況に首を回すと、さほど間のない所に巨大な存在と目が合った。


「前の巨人鬼(オーガ)か!?」

 向こうも俺に気付き、やや慌てたように走ってきて拳を握って殴りかかってきた。


「くっ!」

 残っていた術式の力を利用して大きく後ろに飛び退ると、腰元の剣を鞘から抜き放つ。


「ついてないな!」

 それはともかく、戦いは始まっている。意識を切り替えて、いつもの術式を思い描く。


加速(アクセル)!」

 加速された視界はあっという間に《オーガ》に近づくと、俺に向かって打ち出された拳を余裕で躱し、肘の内側を斬りつける。苦悶の咆哮を上げる《オーガ》へさらに肉薄し、大木のような足の間を抜けざまに左足の腱を斬った。そのまま回って跳びあがり膝を蹴り飛ばして体勢を崩したところで首元を斬る。

 噴き上がる派手な血飛沫を避け、念の為に反対側の首元も斬って再生があるかどうかを確認し、肉体の修復がなくそのまま身体が朽ちるのを見届けて、ようやく一息つけた。


「……ふぅ……」

 剣を納め、周囲を見回して何もいない事に安堵すると、代わりにふとした疑問が浮かんできた。


「連中、どこからくるんだ?」

 崖がある以上、連中のいる村からこちらに来るには何らかの手段があるはずだ。


「その辺も話し合う必要があるな」

 もしかしたらトゥーリアもその辺の疑問を持っているかもしれない。

 それなら話が早くて助かるんだが――そう思っていた矢先、視界に揺らぎが生まれた。


「……おいおい、冗談じゃないぞ」

 視界の揺らぎが生まれるのは、その空間がどこかの空間と繋がれ、何かが向こうから送られてくるからだ。

 そしてその規模は、先程の《オーガ》よりも大きかった。

 陶器が砕けるような音が響くと共に現れた存在に対して、俺の喉から叫び声が広がった。


一ツ目の巨人(サイクロプス)までいるのか!」

 どこにこんな存在を隠していたのか。

 周囲の木々よりも背は高く、指一つとっても俺の胴回りはある太さだ。そんな五指に握られているのは、地面から引き抜いた大木そのもの。

 樹上よりも高いところから見下ろしてくる、たった一つしかない目が俺を捉える。


「ま、魔眼!」

 元は二つであった瞳が融合して一つとなった目には魔力が宿り、視界に入れたものを捕縛する力があるという。年月を経たものであれば、視界に入ってしまっただけで指先一つすら動けなくなるという。流石にそこまでの力はなかったが、それでも《アクセル》が継続された状態なのに、普段と同じくらいの速度しか出ないのは危険と言えた。

 ゆっくりと振りかぶられた大木の動きを注視しながら、軌道範囲から逃れる為に走る。

 正直、俺一人では外装骨格(エクステリオッサ)を起動しなければ勝ち目が薄すぎる。

 地面に打ち付けられた大木から地震のような衝撃が周囲を襲い、跳ねる身を制御して当面は回避に専念にする。


「この距離ならトゥーリアも気づくはずだが!」

 攻撃術式を持つトゥーリアなら多少は気を引いてくれるだろうし、あの眼をどうにか出来る手段もあるだろうが、通常の加速を封じられた俺には耐える手段しか――今のところは――思いつかない。

 攻めるには手が足りず、守るには一方的に不利という状況の中、どこかから飛来した何かが《サイクロプス》の顔面で爆発した。


「助かる!」

 トゥーリアの攻撃術式だと判断した段階で、施していた術式を一度切る。


加   速(アクセラレイショニス)

 一段階上の加速に切り替えれば、本来の加速速度で《サイクロプス》へと迫れる。

 巨体な分、動きは鈍い相手は振り払おうと足で蹴り、大木を振るうが当たりはしない。《リリップ》を補助にして爪先を蹴り飛び、膝でさらに跳び上がり、一気に肩まで近寄ると、そこを足がかりにして首を斬り払う。

 鍔元から斬ったとて太過ぎで落とせないので、鎖骨を利用して首をぐるりと回って斬り、最後に頭を蹴って揺らす。勢いの乗った蹴りはどうにかバランスを崩して地面に倒れていく。

 俺は《リリップ》で離れた後、落下の勢いを利用して首の頸椎目掛けていく。


「でやああああああああああああっ!」

 衝撃に足が悲鳴を上げるのも構わず、頚椎が切り落とされて首と胴体が分かれるのを見届けると、未だに暴れる胴体から逃げるように跳んで逃げる。そして急いで術式で足の怪我を癒やし、胴体の動きが止まるのを待った。

 普通なら死んでいてもおかしくないのだが、巨人種になると、心臓が止まらなければ胴体側が首を繋げて強引な蘇生をしたり、あるいは首無し鬼士(デュラハーン)として再誕したりととにかく面倒だ。

 再変異の可能性に身構えていると、頭部は力尽きたのか腐臭を撒きながら崩れていく。胴体も周囲の木々を薙ぎ倒すように暴れていたが、首から噴き出ていた血が無くなり、全身をまだらに赤く染め上げた頃に動きを止め、こちらも崩れていった。

 今度こそ終わったと腰を落とし、一息付く。


「ラストー! 無事かい!?」

 声のする方へ首を回せば、彼女が駆け寄ってきていた。


「トゥーリア! 戻ったぞ!」

 俺も彼女に無事を知らせるよう、大声で声をかける。

 そう長くない別れのはずだが、間近に来たトゥーリアは息が切れて全身で呼吸をしつつも手は銃弾を込め、俺に向かって一発打撃ち込む。

 痛みはなく、むしろ全身に漂っていた疲労が抜けていく。


「話は! 後さね! まずは、周りに群がってる雑魚どもを、片付けてからさ!」

 短銃を仕舞って腰元の長銃に専用の銃弾を込めて放つと、茂みから出てきた《ゴブリン》の集団に着弾して爆発した。


「わかった!」

 再び起動した《アクセル》で反対側の茂みから出てきた《コボルト》の集団を、次々と斬り伏せていく。

 この程度なら俺達にとっては造作もなく、大した間もなく片付け終わった。


「現状はどうなっている?」

「その前に言う事があるだろうさ?」

 先にそっちを言えとばかりに俺の頭を小突かれてしまう。


「……いきなり離れ離れになる事態となってしまって、すまなかった」

 実際、まさか――時間にして一日程とはいえ――連絡不能な状態に陥ってしまうとは思いもよらなかった。

 予め非常時用の連絡手段を教えてなければ、こうはならなかっただろうという自覚はある。


「ま、良いさね」

 頭をくしゃくしゃに撫でられる。

 それは犬の扱い方であって、と言いたかったが心配をかけたのは事実なので黙って受けた。

 一通り撫で終えると、トゥーリアは村であった事と俺と同じ疑問への解決がある事を教えてくれた。


「……なるほど。小物は確かにその道を通ってきているだろう。さっきの巨大生物に関しては、おそらく空間跳躍(ローカス・リリップ)だな。あれくらいの変異種なら使えるんだろう」

 術式としては知っているし属性としては俺も使えるかもしれないと言われ、仕様を聞いたときに便利だと思って勉強したが、異なる空間を飛び超えるというのは非常に難しい技術で、使える術師はほとんどいないという。


「……トゥーリアは変異した《エクステリオッサ》と戦った事はあるのか?」

「ないさね。アンタだって、そうならない事情は知ってるんだろ?」

「ああ、その通りだ」

 変異した《エクステリオッサ》は術式に関する制限や疲労はなく、乗り手の知識次第でどんな術式も使えるようになってしまうという。

 それ故に、容易に変異が起こらないよう、俺たち乗り手には厳しい制限と、いざという時の為の自死が用意されている。


「……あれほど強大とは思わなかった」

「なんだい? 怖気付いたのかい?」

「まさか。勇者というのは物語にあるように、やはり困難に当たるのだな、と思ってな」

 そもそも黒竜に戦いを挑むというこの旅路が困難にならないとは思っていないが、こうも複雑な状況に巻き込まれるとは想像に含まれていなかった。


「なんだ。アタシは困難じゃなかったかい?」

「からかうのはよせ。お前も困難だったが理性のある生き物だ。戦いも、決闘の中という限られた戦場で、殺し合いじゃない。そういう意味では気が楽だったという話だ」

 あの戦場は、水上に限って言えば俺に不利のない場だったし、トゥーリアも強かったが度を越すような強さじゃなかった。

 だからこそ戦いは危険だったが楽しかったし、仮に負けてもどうにかなるかもしれなかった。 


「……ああ、そういう」

 俺の言いたい事に気付いたのか、やや目元を帽子で隠すように伏せてトゥーリアが口を開く。


「ああなった《エクステリオッサ》の乗り手が人間だって思わない方が良い。変異した人間を元に戻す道はないし、救いがあるならそれこそ死なす事しかないさね」


「そう、言い聞かせているのか?」

「アンタは、人殺しの経験はないんだね」

 俺の切り返しに、トゥーリアは真っ向からぶつかってきた。


「……どうしてそう思う」

「あの《エクステリオッサ》をどうにかしたいって考えるなら、まず乗り手をどうするか考えるからさね」

 確かに、救える手段があるなら救いたい――それは人として当然な事じゃないだろうか。


「甘っちょろい、とは言わない。それが出来るならアタシだってしたいさね。でも、現実として叶う手段はないし、そもそも内部がどうなってるか確認する方法もない。ならアタシは、躊躇う事なく撃ち抜く方を選ぶさね」

 トゥーリアの言っていることは正論だし、騎士として取るべき手段だろう。

 そして、これまでもそうしてきたのだという、意志があるからこそ声に重みを感じるんだろう。


「……そうだな。ありがとう」

「よしな。これに関しちゃ自分で足掻いて決めるしかないんだ。アンタの意志が定まって、前に進めるようになってから礼を言いな」

 これもその通りだ。

 だからこそ、俺は礼を言いたかったのだが。

 それはそれとして、では現実的な話に戻るとしよう。


「援軍はいつ頃に到着して、どのくらいの日数持ち堪えられると思う?」

「巨大種を無差別に送ってきてないところからすると、そう数はないんだろうさ。一体二体くらいなら、遠距離からちまちまやれる連中もいるし、引っ掻き回せる連中もいる。数日は持つし、アタシの分身を連絡役に残せば状況は把握出来る。攻めるなら、援軍が到着してすぐ、じゃないかね?」

 概ね望んでいた回答だ。


「なら、後は到着待ちだな。それまで死守するぞ!」

「おうさ!」

 一緒に村へ戻るために駆け出す。

 ついでに周囲を周回して小物の集団を払うと、警備を続けながら部隊の編成やら戦闘の手段やらを話し合う。

 後は、援軍が到着するまで持ち堪えるだけ――のはずだった。

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