魔物と村とトゥーリアと(5)
術式の準備をしながら朝食を食べ終えて外に出ると、あの先頭にいた男――名前をホーノと言い、村長の息子だそうな――が待っていた。
ついて来いとだけ言われて大人しく従うと、施療院から少し離れた小屋へと連れ込まれた。
鍵を外して戸を開けば、中はテーブルや椅子、食器なんかを納めた棚があった。日常的に使っているのか所々に手入れをされた跡があり、随分と生活感があった。
「ここは近くにある農場の為の休憩所だ」
「ああ、なるほど」
案外、真っ当に相手出来るのかね。
口にしたら顔から火を吹きそうになる事をぼんやり思いつつ、椅子を退けてホーノと向かい合う。
「準備は出来たのか?」
「これさね」
アタシが懐から取り出して見せたのは、大きさとしては手の平より一回り大きく、表にも裏にも見た目には何も書かれていない、長方形の形をした一枚の紙切れ。それをテーブルに置くと、ホーノは物珍しそうに眺めている。
「紙に手を乗せて『誓約を宣言する』って一言言えば始まるよ。宣誓内容に関してはこっちで納得できるなら『はい』って言うし、無理な内容や、鋼騎士として既に受けている内容と被った場合は『いいえ』って言うさね。数に関しては最大三つまで」
使い方を説明すると、ホーノは何故か嫌そう顔でアタシを見てくる。
「拒否はするなよ」
「前にも言ったけど、重複する内容になる強制は術式が複雑化して後掛けした方が自動的に壊れるから無理さね。ま、アタシとしちゃその方が有り難いがね」
ホーノには何でもかんでも制限出来ると思われない方が、アタシにとっちゃ都合がいい。
「……わかった」
緊張しているのか、少し震えながら手を紙にかざす。
「『誓約を宣誓する』」
さて、何が来るか――。
「第一に、お前とあの犬コロはこの村を守れ」
随分と簡単な内容が来た。悩む事もなく、アタシは「はいよ」と答えて返した。
「第二に、お前の秘密を話せ」
「無理だねえ」
これはこれで即決で返す。
「なんで!」
大声を出して威嚇してくるが、アタシも海のオンナ。荒くれどもに迫力も及ばない男の大声に怯みはしない。
「国の最重要機密に触れたいのかい? 話しても良いけど、アンタの命の補償はしないよ? さっきの誓約は『アタシとラストー』だけで、しかも村をどういう形で守るか決めてない以上、誓約内容としちゃ簡単すぎる」
「なら――」
「アタシが入『はい』って言った以上、変更は効かないよ。変えようにも重複する内容は登録出来ない以上、アンタはもうアタシの良心を信じる以外にないさね」
何かを契約するってのは、簡単なようでいて難しい。
だからこの術式は、知っていても簡単には他人に使えないようになっている。
「ならお前の立場を話せ! それなら良いだろ!?」
「立場……ねえ? ちょっと曖昧すぎるよ。これまた機密に引っかかっちまう。知りたいなら『ラストーに話しているときにアンタがたまたま側に居て聞こえてしまった』って形にしないとねえ」
アタシの立場は一応、青の国の機密事項にされている。アタシが迂闊に一般人に明かしてその事実をマノが知ったら、あいつは聞いた人間を始末する。マノならこんな一般人を殺る能力はあるし、躊躇なんてしないからねえ。敵じゃない――どころか、この村の連中は国のいざこざに巻き込まれただけだと考えている――んだし、命は守ってあげたいんだよねえ。
「まあ、アンタらがアタシのアレを見て不安がっているのを解消しろ、って話ならどうにかなるんじゃない? ただ、その手段はアタシがどう言ったところで解決出来ないし、契約にしたいなら『ラストーにアタシの事を説明させる』くらいが関の山だろうねぇ」
「なら、第二は村の連中へお前のそれを犬コロから説明させろ!」
「はいよ」
妥協したのか面倒になったのかはわかんないけど、契約を無駄に使わせたという意味ではアリか。
……さて、最後に何を要求してくるのか……。
「第三は金を寄越せ!」
「……はあ?」
突拍子もない物言いに、思わずアタシの口から疑問が飛んだ。
「額面次第じゃ叶えてやれないこともないけど、なんでそれなのか答える前に説明くれるかい?」
そう言うと、ホーノは息を一つ吐いて気持ちを落ち着けた。
そうする動作が出るってことは、これは予め決めていた事かと思われた。
「この村を警備している傭兵達がいるだろう? 彼らは国のところにあるギルドから雇って送られて来たんじゃない。国のとは別の街にある傭兵ギルドで雇ってきた連中なんだ」
中央大陸は広く、黄の国は領土内の街同士を繋ぐ主要な所には傭兵ギルドが設置されている。ここから――魔物に襲われる事を考慮しても――さほど遠くない場所に街があり、そこにギルドがあるのも知ってはいる。
「この村はあの『鎧持ち』が落ちた崖にいる鳥を捕まえて生計を立てている。アレはこの国の名物で、村にはそれなりの額の貯蓄はあった。だけど、傭兵連中が額の上乗せを要求してきて、財政が持たないんだ」
「日当いくらだい?」
「一日1ペクニアだ」
そりゃこの村じゃあ無理さね。連中の要求してきた額は、城勤めの騎士の一月分の――福祉なんかを考慮しない、純粋なお給金としての――額だ。それを名産があるとはいえさして大きくはない村一つで賄えるとは到底思えなかった。
とはいえ、
「妥当だねえ」
アタシとしちゃ、そう言うしかなかった。
「この村を守るだけだぞ!?」
「生身で外装骨格の、しかも変異種に対抗しろってのは無理な話さ。アタシだって、状況が状況でなけりゃ逃げた方が賢いって思うさね。連中としちゃ契約してる以上は守るだろうけど、魔物相手の金額じゃあ命かけるにゃ足らなすぎるさね」
傭兵ギルドとしても、アレは契約外の事態だろう。
正直な事を言えば、傭兵ギルドにもこの村の連中に対しても同情しか出来ない。
「だから、事態が解決するまでの金が欲しい」
それなら、アタシが出来る事としては、
「はいよ。連中には今日からの雇い主をアタシだと伝えな。連中への説明はアタシが直接する」
そう言ってやるしかない。
持ち金では流石に足りないが、足りない分に関しちゃ保証してやれるし、おそらくコンタが持ってくるだろう。
「……助かる」
最大の難関を終えたのか、肩を下ろして大きくため息をつくホーノ。
最大数登録された為、手元の紙に紋様が生まれて淡く光り出す。
「じゃあ宣誓を終了しな。『これにて誓約は成された。果たされるまで汝の意志は尊ばれる』」
紙の様子に気づいたのか、慌ててアタシの言った言葉をなぞる。
終了の宣誓に伴い、紙から浮かんだ紋様がアタシに吸い込まれていく。
アタシの外見に変化はない。でも、目の前の相手を傷つけないようにしなければという意識は生まれていた。
「さて、これで終了だ。傭兵の連中をここに呼んどくれ」
「……今更だが、アンタが傭兵に命令して俺を殺す事はないのか?」
本当に今更だ。
だけど、これに関しては説明できる。
「安心しな。アタシが『村を守る』と誓約した以上、連中を使って殺しても誓約を破る事には変わり無いさね」
そう口にすると、明らかにほっと胸をなでおろされた。
「納得出来たならいいさね。じゃあ、アタシは仕事に掛からせてもらうよ?」
ああ、と納得したホーノが傭兵連中を呼んでくるという。
出来れば村の中の方が良いちゃ良いんだけど、まあ説明なら問題ないか。
そう割り切って、とりあえずラストーが戻ってくるまでやるべき事を頭の中でまとめ始めた。
そろそろ連絡が欲しいねえ……。




