魔物と村とトゥーリアと(4)
「……子供?」
紹介された二人は、この年頃の子供としてはやや幼いのではないか、と感じられた。
灯りに照らされるのは、こんな所に居ながら手入れされた金髪の髪に、碧眼の瞳。
女の子の方は、頭を振って緩くウェーブのかかった短めの髪を振りながら、くりくりとした丸い目を繰り返し開けたり閉じたりしているし、目元を何度も擦っているところから眠気をずっと我慢しているのが窺える。今も男の子の袖を支えにして無理矢理に立ってて、今にも崩れ落ちそうだ。
男の子の方は真っ直ぐの長い髪を首元辺りで結えていて、子供と言った俺に対して怒っているのか、細めの眼が吊り上がっていく。
フーマンが女の子様子を見かねて近寄り抱えると、アマレは安心したのか目を閉じて眠りについた。そんな彼女の頭を撫で付けると、俺へと目配せしてから奥へと引っ込んでいく。
……子供の相手なんて碌にした事ないんだが……。
どうしたものかと思っているうちにフーマンは奥へと消え、それをきっかけにスペスが口を開いた。
「失礼な! これでも十を迎えた男ですっ!」
「それなら俺より五つも下じゃないか」
熱で頬を赤く染めて口を尖らせる姿は、黙っていれば柔和な顔つきだろうに、かえって幼さを増して見える。
「むぅぅ……なら勝負ですっ!」
騎士作法として手袋を投げつけようと思ったのだろうが、生憎と手袋はしていなかった。
それに気づいたスペスはあわあわと慌てながら、閃いたとばかりに腰元に吊るしてある――本人の印象とは不釣り合いな無骨で飾り気のない――剣の柄に手をかける。
「……悪いが見ての通り、武器は持ってないぞ」
俺が腰元の鞘頭を指でつつく。それでようやく俺に剣がないことに気づいたのか、またまた唇を尖らせて唸り出す。
しばらく、人の子供の唸り声と、どうしたものかと困り果てて口を開けない俺の重苦しい空気が漂う。
「喧嘩くらいしてやればいいじゃないか」
アマレを寝かしつけてきたフーマンが後ろから現れ、あっさりと空気を切っていった。
「……まあ、黄の国がいいならお相手させてもらうが……」
正直、これを理由に国同士のいざこざにならないか? という問題もあったのだが、向こう側から了承したのなら問題ないだろう。
「しかし貴方、剣はどうしたのです? 鞘があるという事は、剣があって然るべきでしょう!」
「剣はどこかに落としてしまってな。朝になったら探すつもりだ」
「むぅ。ならば僕も剣を――」
「別に、鞘に入れたままやればいいだろう」
サヌス様からは「剣が無くなったら鞘で殴れ。拳の出番は鞘が壊れてからだ」と教わっているし、その為に鞘を鈍器として扱えるよう鞘そのものにも工夫はされている。
「そんな鈍器で殴る真似を子供にさせるなよ。ほら、若様。それにラストも」
そう言ってフーマンが投げて寄越したのは、枝分かれした部分を切り落とした棒っきれだった。
「……槍代わり、か?」
実際には槍といっても俺の身長よりやや短く、スペスの背丈よりは長い。
「若様は多趣味でな。剣も槍も一通り使われるのさ」
王子に見られないように振り向かれたその顔には、そういう事にしておいてくれると助かる、という顔だった。
「わかった、やろう」
槍も使えるこちらに不利はない。
フーマンに先導されるように外へ出ると、互いの槍の穂先が重なり合うくらいの距離を置いた。
合図はフーマンが足下の石を拾ってそれを放り投げる。その間に目の前のスペスへ意識を集中し、石が地面に落ちた音を合図にスペスが動いた。
「やあっ!」
重ねた穂先を軽く振って軸線をずらし、俺の胸元目掛けて突きを放つ。戦術としては正しいが、流石に筋力の差がある。予め予期していた事もあり、振られた僅かな距離を気にせずそのまま槍を振って突きをいなす。
足を使って幾度と槍を突いてきたり、槍の軸をずらそうと槍を払おうとするが、やはりまだ幼い。加速術式に慣れている俺の視界には動作の起こりは見えているし、突きを払い、払う槍を受け止めて抑えたりする事は容易だった。
なんというか、勝負というより槍術指南の様相を呈してきたが、手抜きと思われても困る。
防戦一方に徹してスペスの息を上がらせ、足元がおぼつかなくなったところで槍を持つ手に小手打ちをかまして武器を落とさせた。
「勝負あり、だ」
フーマンが宣言してくれた事でスペスは地面へ仰向けに倒れ、はあはあと荒い息を吐いて呼吸を整えようとする。
「なかなかの腕前だな」
「一応、俺に合わせた武器を見極めるために、大抵の武器は全て使わされたからな」
結局、旅歩くなら剣が一番となって、俺の剣は術式補助を組み込んだ専用の剣を用意された。
「も、もう一戦――」
「負けたのは眠気もあるんだろう。さっさと寝て、起きてからまた再戦すればいい」
「ラストの言う通りですよ。アマレ様ももうお休みになっているんですから」
俺に加えてフーマンの押しもあってか、スペスはまなじりを下げて口を曲げる。
「くぅ……わかりました」
よろよろと重い腰を上げて、一人先に洞窟の中へと引っ込んでいった。
「ああいうところは男の子らしくていいんだがな」
「……まるで自分の息子のような扱いだな」
子がいる親の気持ちは良くわからない。ルース様がある意味では親だが、あの方にとっては白の国の国民全てが平等の子供。俺個人に向けられてはいないので、親としてどう思っているか聞くのも恐れ多くあったし、無礼に当たるかもしれないと思って聞けなかった。
「自分の息子は別にいるが、お二人とも息子とはそう変わらない歳だ。未来ある子供を同じように扱ったっていいじゃないか」
そういうものかと納得し、しばし流れゆく風に火照った身体の熱を運んでもらう。
しかし、風の渡る音だけを耳にする静かな時を過ごしているだけではいけない。
俺は改めて先延ばしになっていた話題を口にした。
「……王はどうしているんだ?」
「撤退戦で負傷されてな。しかも刃に遅効性の毒が盛られていて、少し前からアマレ様がその治療に当たっている」
「もしかしてそれが理由でここを出られない、という話か?」
「それもあるし、後は単純に戦力の問題だな。外装骨格が一つしかないのもそうだが、それ以前の問題として基礎模型も連中の手の内で、現状どこにあるのかわからん」
使い手の鋼騎士もそうだが、大元が無ければただの騎士だ。それに《オルナメンタ》は個人に合わせたハンドメイドで、一つ作るだけでも金はかかる。それを再度作り直そうとすれば、国家の予算が傾くほどの事態になるのは想像に難くない。
「……総数はわかるか?」
「スペス様のを除けば十二だ。知ってんだろ?」
「そうだな、すまん。質問を変えよう」
聞いていた話に間違いはないようだ。となると、最悪十二機と戦う事になるなら、本格的に血清も戦力も足りない。
黄の国の支援もないと考えた方が良い以上、撤退も視野に入れるべきかと頭の片隅に置きつつ、続きを口にする。
「敵地の表に出ている《エクステリオッサ》の変異型、元は何かわかるか?」
「知らん――というか、変異している事を今知った」
「本当か?」
「ここで治療して数日になるが、散発的な魔物の姿を見かけるだけで、派手な術式はアマレ様が使う以外は使用を控えているからな。周囲の様子や望遠術式による偵察なんてのは全くだ」
術式での完治がまだとなると、王様の容態はあまり良くないのかもしれない。
どれだけこの国が危ないのかを感じ、熱も無くなったというのに冷たい汗が流れる感覚がある。
「しかし、それなら姿を見ればわかるのか?」
「おそらく、な」
明言出来ないのは、変異による外見の変化が著しい場合、判断がつかない場合があるからだろう。
とはいえ、型式が分かれば多少なりとも戦術を練ることが出来る。それは大いに役に立つはずだ。
「だが、アレに向かって術式を使えるのか?」
「遠距離からの望遠術式であれば、反応はなかった。単純に術式規模としての問題だと思うが――」
遠くの物を捉えて見る望遠術式は、術式の基礎に数えられるほど基本的なもので、負担はほとんどない。
実際としてどれくらいの距離で反応するかはわからないにしろ、変異種として考えるなら術式の規模や強度に気づいて反応するはずだ。
であれば、この距離ならまだ気付かれない可能性が高い。
「……もしかしてあの時、《エクステリオッサ》起動の術式に反応して攻撃してきたのか?」
そうだとするなら、あの戦闘は早期決着を狙いすぎて完全に間違えた事になる。
随分と間抜けだと内心で俺自身を叱咤しつつ、次へ向けてどうすべきかも思案していく。
「何はともあれ、朝を迎えるまでは大人しくしていて良いんじゃないか?」
「……そうだな」
何をするにしても、武器の回収が最優先だ。
そう思うと、自然と気持ちが落ち着いてくる。
「スペス相手で疲れてないかもしれないが、寝てて良いぞ。見張りは俺がやる」
「わかった。有り難く休ませてもらう」
槍代わりの棒をフーマンに返すと俺も洞窟へと引っ込み、子供らのいる奥ではなく、入口に程なく近い場所に腰を下ろした。
後からきたフーマンが俺に気づいたが、理由をわかっているのか何も言わずに腰を下ろす。
ここなら、敵が来た時にすぐに出られる。そういう意識をする事で、戦いに身を置いている自覚を強くしておきたかったからだ。
意識はむしろしっかりとしているのに、俺を誘う眠気に委ねて、落ちるように眠りについた。




