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【前編】竜に見出された僕は竜退治に出かけ~そして俺は殺戮者になる【完結】  作者: 葛原一助
第2話  黄の国

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魔物と村とトゥーリアと(1)

 偵察に行ったラストーを姿が見えなくなるまで見送ったあと、アタシは井戸に向かって歩き出した。

 戦場で破れた衣服を縫っていたり、板に擦り付けて汚れを落としている主婦たちに桶を借りて、井戸の水を汲み上げていく。二つの桶に並々と水が入ったところで、アタシは一息ついた。


「アンタ、術士なんだろ? 水なんて何に使うんだい?」

 恰幅のいい女性が洗い終わった洗濯物をひとまとめにしながら、アタシを不思議そうに眺めていた。


「あー……そうさねぇ。術を使う事に関して媒体が必ず必要って訳じゃないんさ。術式は基本的に『竜の力を使って人の手には奇跡的な事を行う』ものだからね。竜の力には『相性がある』から、使いたい術式と竜の相性に応じて媒体を用意して、術者にかかる負担を軽減するのさ」

 アタシの術式の主は青竜フェミナ様の水の力、というわけだ。


「だから、後で暇が出来たらこれを施療院まで運んできてくれると有り難いさね」

 軽々と桶を持ち上げて、アタシは施療院の戸を叩いた。

 中には眼鏡をかけた初老の男性があたふたと動き回りながら、床に寝転がされている患者を診ていた。


「仕事の手伝いに来たさ」

「ああ、アンタが術士か。助かるよ」

 着ている服が上も下もしわくちゃで、窓を開けて風通しはいいのに袖口は汗汚れで黄ばんでいたジイさんは、部屋の片隅に寄せられていた机に備え付けられた椅子に腰を下ろした。


「ジイさん専門は?」

「ただの医者じゃよ。術式なんぞ使えんし、出ている症状から経験で判断して、薬を処方するだけじゃ」

「充分さね」

 とりあえずざっと眺めた感じ、ここにいるのは切られた傷や、打撲なんかの戦闘で見られやすい怪我の者ばかりだった。


「傷病者だけだよね、ここ」

「ああ。毒とか病気の疑いがあるのは、裏手の倉庫へ送ってある」

「りょーかい。じゃあチャッチャと片付けて行きますか」

 服に仕込んだ刃物で指を切ると、ぷっくりと浮き出た血を水桶に垂らす。

 ゆっくりと息を吸うと、手を桶に突っ込んで口を開いた。


生命(せいめい)の根源たる水よ。祖は育む物、活かす物、流す物。形なき力を用いて形ある者の型となれ」

 詠唱を終えて水の中で手を握ると、中身が柔らかいパン生地のような物に変化し、それを掴んで持ち上げた。


「――押し流す傷スカルピットアブルエーレ

 水を患者に放ると、水が勝手に動いて患部へ向かい、体積を減らしながら傷を塞いでいく。

 その動作を確認したところで術式の状態を維持しつつ、次々と水を患者に放って治療を続けていく。

 あっという間に水桶の水はなくなり、治療を終えた患者は呼吸も落ち着き、穏やかな表情になって眠っていた。治療に必要な体力は患者自身なので、重症者にはまた別の術式を使いながら治療をするしかないが、これである程度は戦力を補充出来るだろう。

 一息つけるか、それともまた水を汲みにいくかと思った瞬間、爆発の音と共に身体が浮き上がるほどの揺れに襲われた。


「なんだい!?」

 反射的に短銃を抜いて外に出る。

 周囲を見渡すと、ラストーの向かっていった方向から土煙が上がっていた。


「おい! 何があった!?」

 その辺に突っ立っていた傭兵の肩を揺さぶると、ようやくアタシに気づいたのか慌てふためきながらも口を開く。


「そ、空から光が降ってきて!」

「それで!?」

「よ、『鎧持ち』が吹き飛ばされた!」

 ラストーが外装骨格(エクステリオッサ)を展開したという事実もそうだけど、その姿が見えないのがまずい。普通のと比べていくらか小さいとはいえ、それでも周囲の木々よりは大きい。地面に倒れてるならともかく、そうでないとしたら――。


「飛ばされた方向が悪い! あっちは崖があって、下手したら落ちちまったかも……!」

 村からあまり離れてない場所に崖!? 何でそんなものがあるんさ!?


「仕方ないねえ!」

 懐から鳥が描かれた紙を取り出し、一部を咥えて唾液を湿らせる。

 それを空に放つと紙から鳥が飛び立ち、アタシの目を共有したそれが森の空を飛んでいく。


「……なんだいこりゃあ……」

 土煙が薄れ始めた地面は、砲撃か何かの後で抉れていた。一箇所だけ地面が抉れずに衝撃で飛ばされたようになっているのは、攻撃を受けてしまったからだろう。こんな事が出来るのはあの村にいた《エクステリオッサ》だろうが、そうなるとアタシのように射撃型なんだろうか。

 疑問を頭に置きつつ先に向かうと、傭兵の言う通りに崖があり、しかも溝のようになっていた。幅の大きさとしては確かにラストーの大きさなら入りそうではある。しかも陽の位置のせいでこっちが暗がりになっていて、この姿だと様子がはっきりとは窺えない。

 当然、ラストーの姿はどこにもなかった。


「ああ、こいつは……」

 いきなり面倒な事になった。


「助けに行かないと、って言ってもねえ……」

 術式を切って壁に背を預け、懐からスキットルを取り出して飲もうとして開けたところで中身がないことに気づき、仕方ないので残り香で我慢すると、建物の影からマノが音も無く姿を見せた。ちらりと横目にみた印象は精巧な置き物だ。


「どうしたもんかね」

「流石にこの村を放置していくのは得策ではないでしょう」

 姿を見せた時のように、マノの声は抑揚が無く、姿を確認していなければ独り言を呟いているようだ。


「わかってる。問題はそこだけじゃないって話だよ」

 ここから先の行動を間違えると、ラストーに迷惑がかかるだけじゃなく、アタシ自身の命にも関わる。

 マノはアタシの船員であると同時に、あのババア(アクアヴィッタ)お抱えの暗殺者だ。それもアタシのような術士を殺す専門の。

 つまり、マノは青の国が派遣しているアタシに対しての見張り役だ。


「まずは守りを固めちまうかね」

 防衛戦は得意ではないけど、船体を守る術式なんかは持ってる。


「防戦に回るなんて、アタシらしくないねえ」

 防御してる暇があったら砲撃して沈める方が早い。喧嘩っ早いんじゃなくて、その方が効率が良いってだけなんだけど、周りの男共はそういうアタシを囃すんだよねえ。


「トゥリトゥア」

「わかってる。アタシも迂闊(うかつ)に死ねない立場だしね」

 自分の立場を弁えてるし、わかっている。

 マノのいる方向へヒラヒラと手を振って、アタシは人手を求めて歩き出した。


「……しかしホント、どうなってんだいこの国……」

 国土の一部が変異種に奪われているという時点で、真っ当な国じゃない気がしてきた。

 それを話し合ってこれからどうするかを決める為にも、ここを死守するしかない。


「ちゃんと生きてるんだよ、ラストー」

 子犬みたいな顔して勇者(面倒ごと)をやってるあの子の無事を願いつつ、アタシは準備に取り掛かった。

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