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【前編】竜に見出された僕は竜退治に出かけ~そして俺は殺戮者になる【完結】  作者: 葛原一助
第2話  黄の国

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黄の国と魔物(3)

 晴れてもいないが雨の匂いもしないような曇り空の下、黄の国の兵の騎馬と並走してマノが馬車を走らせる。

 幌の中では俺一人が頭を抑える中、トゥーリアとコンタの二人は平然としたまま、注文する術具の確認に勤しんでいた。トゥーリアに至っては、口元に運んでいるスキットルから酒の匂いがするから、まだ飲んでいるのだろう。


「……どうしてそんな飲むんだ……」

「そりゃアンタ、他人の金で好き勝手飲むのが楽しいからさね。あ、これも昨日の酒の残りさ」

 顔が赤らむ事もなく、まるで水と変わらないと言いたげに飲む姿は、話に聞く『穴の空いた樽』というやつだろう。おかげで懐が空になる、とまではいかなかったが旅の費用の半分以上は持っていかれてしまった。どこかで補充しておく必要が出来てしまった。

 二重に頭を抱える状況の中、馬の嘶きが聞こえてきた。 


「姉御! 敵だ!」

 マノの声と同時に馬車の動きが止まる。外から獣の唸り声が聞こえてきて、騎士の乗る馬が応戦する音が聞こえてきた。


「戦えるかい?」

「当たり前だ!」

 明らかにからかってる声に反発するように幌から跳び出ると、術式剣を抜いて頭痛を強引に振り払って口を開く。


加速(アクセル)!」

 大地を踏み締める速度が上がり、視界に入った驚きの表情で固まっている人型の敵の首を斬り飛ばし、駆けながら戦況を確認していく。

 宙を跳ぶ首は、俺にも似た犬の頭をしており、しかし額には歪な角が生えていた。


犬鬼(コボルト)! 近隣の犬から変異したのか!?」

 犬が術式や周囲の影響で変異したのがコボルトだ。知能は低く、人の姿形をしているが人のように振る舞えるわけではなく、本能に忠実で力任せな魔物だ。それが馬車の周囲を囲っていた。

 匂いで俺の動きに気づいてはいるようだが、《加速》した俺の速度にはついて来れない。駆ける勢いそのままに跳び上がって蹴り倒したり剣で腕や足を切り付けて動きを抑えつつ、トドメをトゥーリアに任せる。


「一匹一匹は大した事ないが、数が多いね!」

 マノの後ろからコンタが投げナイフを構えて牽制しつつ、薬莢を排出して次弾を装填するトゥーリア。

 その視線の先に、同様に角を生やした半裸の人が数名やってくる。


人鬼(ゴブリン)まで!?」

 コボルトと違うのは犬じゃなくて人間というだけ。ただし犠牲となった年齢に近いくらいの知能はあるし、喋れはする。

 大きく違うのは――ゴブリン全員が手を突き出すことで、俺とトゥーリアは何が起きるかわかった。

 俺も左手を突き出し、後ろではトゥーリアが短銃を抜いてる音がする。


衝撃(ブラスト)!」「障壁(オービチェ)!」

 打ち出された力を打ち消し合うように術式がぶつかり合い、馬車は撃ち出された銃弾から立ち上がった力の障壁が衝撃波を受けてたち消える。

 一発目を完全に防いだことで動揺したのか動きが止まり、俺が一歩で近寄ってその腕を断ち切る。続け様に身体を回して胴を薙ぎ払ってその命を落とすと、回る勢いをそのままにして次の獲物へと狙いを定める。

 しかし、獲物の胸に剣を突き立てたとき、鋭い笛の音が辺りに響き渡った。


「犬笛!?」

 周囲を見回してもそれを吹いた存在は見受けられない。

 しかし、敵はそれを撤退の合図とわかっているのか俺たちの事を気にもせず一目散に逃げ去っていく。


「逃げるよ!?」

「追うな!」

 動こうとしたコンタを声で制する。

 やがて連中全員の姿も消え、匂いで追えるかどうかというくらいになって、俺は術式を解いた。 


「……なぜ追わないんです?」

 自身も剣を納めて、ゆっくりと俺に近づいてきた案内役の騎士が、馬上から見下ろして聞いてきた。


「犬笛が鳴らされてコボルトもゴブリンも引いた。ということは、それらを操る将がいるという事だろう。俺たちは少人数で、まだ相手の規模もわかってない。そんな中で少ない仲間を駆り出せるか」

 この四人の中で個人で個人戦闘に長けているのは俺とトゥーリアだけだ。だから俺が先陣を切るなり、偵察に出るならともかくいざという時のための人員を切りたくはない。


「将を倒すのは王と結んだ契約ですが?」

「契約はその通りだが、討伐方法を指図される覚えはない。困っている他国の国民を見捨てる気はないが、今はそういう時ではないだろう?」

 黄の国の中央街は、目立った危機に襲われているようには見えなかった。国として保護が行き届いているなら、危険を犯すべきではない。

 そう考えての発言だったが、馬上の騎士の顔は明らかに不快そうに歪んだ。


「何を仰っているんです? 既に街が一つ滅ぼされていますよ?」

 騎士のその言葉に、俺だけじゃなくこの場にいる他の口が空いた。


「……は?」

 それはそうだろう。

 黄の国に幾つの街があるか知らないが、いずれにしても規模はそれなりにあるはずだ。

 それが滅ぼされたというのは、ただ事ではない。そういう事態のはずだ。


「……状況を説明しろ」

 騎士の不快な表情が気になりつつ、俺は必要な情報を要求した。


「現在、村二つ街一つが滅んでいます。相手の将はどうやってか知りませんが外装骨格(エクステリオッサ)を手に入れて身に纏い、常時展開しています」

「はあ!?」

 反応したのはトゥーリアだ。

 だが騎士はそちらに見向きもせず、不快な表情とは裏腹に淡々と話を続ける。


「襲われた村は畜産を主としていた村で、連中は家畜を次々と魔物に変えて繁殖しているようです。人は選別しているのか知能を上手く残されてしまっています」

「待ちな!? それはいつからの話だい!?」

「我々が確認したのはひと月前です」

 近寄るのも面倒だと思ったのか、持っていた短銃を騎士に構え、怒りに任せて口を開き続ける。


「アンタら馬鹿なのかい!? 変異動物の繁殖速度は家畜の比じゃないんだよ!? 村どころか周辺地域が魔物で溢れ返ってるじゃないか!」

「我々もそれだけに手が出せるほど、余裕があるわけではないのですよ」

「それにしたって――」

「トゥーリア」

 静かに彼女の名前を呼ぶ。

 俺も、内心では彼女のように怒りたい。

 だが、今ここで俺までそうなってしまってはダメだ。

 聞きたい事を全て聞き出しておかなければ、これから先が危険すぎる。

 今は、怒りを腹に抱え込み、耐える時間だ。


「話せる状況はそれで全部か?」

「はい。他に聞きたい事はありますでしょうか?」

「いけしゃあしゃあと――」

 怒りの収まらないトゥーリアへと視線を送る。

 俺の目も剣呑だったのだろう。ため息一つついて、構えていた短銃を降ろした。


「いくつか聞きたい事がある。まず、この状況に対して黄の国は何をしている?」

「将がいると思しき地点を中心とし、冒険者を雇って近隣の村々と共同の防衛線を張っています」

 それはそうだろう。だがそれはあくまでただの共同戦線だけだ。

 そんなものでは《エクステリオッサ》に乗った魔物相手には紙屑同然だ。


「俺が聞きたいのは、国としては、だ」

 黄の国にも《エクステリオッサ》を使える鋼騎士がいるとは聞いたことがある。

 というか、それがなければ対抗も何も出来ない。


「騎士団は手が足りず手を出せません」

「理由は?」

「秘匿任務につき外部の方には教えられません」

 この言葉は、流石にトゥーリアが耐えられなかった。

 短銃を再び構えて、今度は引き金を引いた。

 石同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響き、音が詠唱の代わりとなって、銃弾に込められた術式が撃ち出される。

 圧縮された水が騎士の兜の飾りを撃ち抜いたが、騎士は表情一つ変えずただ俺を見ていた。


「やめろトゥーリア!」

「アンタ正気かい!? コイツら、マトモな情報なしに戦場に立てって言ってるんだよ!?」

「わかってる!」

 わかった以上、言うべき事は言っておく。


「物資の補給はそちらに全て依頼しても?」

「構いません」

 好きに使って暴れていいなら、リスクはあるがまだどうにかなる。


「トゥーリア。昨日頼んだリストを倍増しで要求しておけ」

 馬車の後ろからコンタが姿を現し、筒状にまとめた羊皮紙を騎士に投げつける。

 騎士はそれを腰に吊るし、他にはと言いたげに俺へ視線を送る。


「最後だ。将を倒す為の人材は出せないんだな?」

「村々にいる村民や冒険者の方を別途雇用していただければ可能です」

「そんなものは却下だ」

 《エクステリオッサ》相手に普通の冒険者程度は何の役にも立たない。

 踏み潰されるか、その膂力や無尽蔵の術式で肉体が粉々にされるか。

 それならまだしも、最悪は将に捕らえられて犯され、配下の魔物となるか。辿れる運命はそれしかない。


「なら、まずは急いで案内しろ。今日中には前線に着きたい」

 頷いた騎士がようやく視線を外し、馬の腹に蹴りを入れて走らせる。

 俺は厄介な事になったと思ったが、まだ、どうにかなるという思いで馬車に戻り、後を追わせた。

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