黄の国と魔物(2)
あれから適当に街中をぶらついていると、コンタが俺を見つけ、酒場で酒を――本人曰く、麦酒は水であって酒に入らないそうだ――飲みながら胡椒で香りづけされた骨付き肉を肴にして飲んでいた。
呆れつつも注文を取りに来たウェイトレスに牛乳と同じ骨付き肉を頼みつつ、トゥーリアに謁見での話を簡潔に伝えた。
「魔物退治? いいけど、規模次第じゃ補充が要るよ?」
「術式に関しては、媒体を使わず口頭に切り替えれば節約出来るだろう?」
「そうだけど、アタシ、あんまり口頭に頼んないからねえ……」
トゥーリアは銃を利用した無詠唱術を使っている以上、口頭による詠唱に切り替えれば術式の発動速度はかなり遅くなる。それによる不備を考慮しているのだろう。
「媒体の銃弾に関しては白の国から経費として出せるよう打診しておく。最悪、ここで使い切っても赤の国へ行く前か向こうで補充出来る機会は設けるつもりだ。節約は大事だが、それ以上に命はもっと大事にしてくれ」
給士が持ってきた牛乳を飲みつつ、トゥーリアの皿にある肉汁の染みた芋を貰って食べる。肉に付けられた塩が汁に溶け出していて、ただの蒸した芋に脂がのって単純ながらも美味い。
「アンタからしたら、アタシらが死んでも替えは効くだろうに」
「何を言う」
少し顔が赤くなったトゥーリアに対し、俺は思わず立ち上がって額に筋を浮かべて否定した。
「武器を扱う術もある。術式の才は俺以上にある。船だけでなく、移動手段と情報伝達役がいる。それに、使う気はないと予め言っておくが、非常事態に備えて青の国との繋がりもある。だから俺としては、これ以上の仲間はいないと思っている」
正直、青の国で仲間を見つけるつもりではいたが、こうも上手く候補が見つかって、しかも女王のお墨付きで仲間に出来るとは思ってもいなかった。
「俺も、出来うる限りの助けはするつもりだ。だから、そんなに自分を卑下しないでくれ」
青臭い事を言ってしまったかと思ったが、これは偽らざる俺の気持ちだ。
トゥーリアが黙って俺を見ているのが照れ臭くて、俺は乱暴に椅子に腰を下ろしてジョッキの牛乳を一気に飲み干した。
「……アンタ、真面目だねえ……」
「からかったのか!?」
「ゴメンゴメン。そういう訳じゃないんだけどねえ。改めて真正面から言われると、鼻先が痒くなるのさ」
ごまかす様に笑われ、ますます俺の頬に血が集まる。
「……もう言わん」
給士の女性に手を振って俺も麦酒を頼む。
今日はもうここで泊まる以上、多少飲んでも問題ないだろう。
「そういうところは年頃って感じだけどねえ」
給士が持ってきた――どうしてか彼女より一回り小さいジョッキで――それを一気に飲み干して突っ返す俺を、何故か面白そうに見て笑う。ついでに自分の分とつまみを頼むところは要領が良いと言うべきなのか。
「……まあいい。方針を決めるぞ」
明らかに酒のせいとわかる顔の火照りを感じつつも、俺は口を開いて続けていく。
「当面、将クラスの魔物が出たという場所に到着するまでは倹約。そこから先は状況と規模次第でどうするか判断する」
「妥当だねえ」
「ただ、いずれにしろ術具は消耗品だ。必要な物は一式リスト化してくれ。凱旋するまでに出来るだけ補助しよう」
使い放題でなければ、国から補助が得られるだろう。黒竜を倒すことは勇者として必要な事だ。そのくらいの手助けは期待してもいいはずだ。
「じゃあ今日はもう寝るぞ」
「酒はもういいのかい?」
「苦手だ。これ以上は飲まないが、飲みたいならここの分くらいは俺が出そう」
「おい! 親分が飲み放題だってよ!」
そう言うと、離れて座っていたマノとコンタが急に立ち上がって俺に海賊式の敬礼をして返す。
「ありがてえ!」「ゴチになりやすおやびん!」
「おい! 一番良い酒持ってこい!」
三人で卓を囲んで飲めや歌えやのような騒ぎになり、何故か近くの卓の全く関係ない客まで招いて飲み会を始めた。
「……明日、二日酔いになっても蹴倒してでも連れて行くからな!」
結局、俺以外の三人は朝まで飲んでいたが、二日酔いになることなく元気な姿で俺を出迎えた。
何故、飲み慣れていない俺だけが頭の痛さに悩まされなければならないのか……理不尽だ。




