幕間1
柳葉魚の船員は全員彼女に捕縛され、彼女の連れている船員が二手に分かれて船を港まで運んでいった。
「これからどうする?」
「アタシは結構やることがあるねえ」
それはそうだろう。
柳葉魚船員の投獄手続き、積荷の運搬、今後の動向の確認、そして彼女の外装骨格の点検整備。パッと思いつくだけでもこれだけある。
「数日はかかるから、アンタ、よかったら『ラミネート』に泊まっててくれないかい?」
「お前もあそこに馴染みがあるのか?」
「いや、アタシはあんまないかな。城の連中に馴染みがあるから、なんかあった時の連絡がつけやすいってだけ。あと、ツケがきく」
「……別に金には困ってないぞ?」
「アタシもさ」
これは軽い冗談だったか。
もう少し上手く返せばよかったかと思いつつ、しかし気の利いた返答など浮かばず、結果として無言になってしまった。
「アンタもアレ、整備するんだろ?」
自分の胸元を指している仕草からすると、アレとは《エクステリオッサ》の事である。
彼女の方はどうか知らないが、俺に――旅をする関係上、簡単な整備をする事は出来るが――技師としての資格はない。
「……領事館に泊まり込みする程、傷を負ってはいないがな……」
「一応言っておくと、アタシの仲間に技師はいる。そこで整備してやることは出来るけど、アンタ用の調整に時間がかかるのは覚悟しなよ?」
きちんとした整備を出来るのはここまで、と言いたいのだろう。
確かに次に向かう場所を考えると、安全に整備が出来るのはここまでだと言えなくもない。
場合によっては赤の国で完全整備が出来るかもしれないが、その前に関しては予測できない。
「わかった。なら『ラミネート』に泊まりつつ、領事館で整備を受けておこう」
「オーケー。何かあったら部下か城を通じて連絡させる」
そう言うと彼女は後から合流してきた部下と一緒に城へと通じる道路へ行ってしまった。
俺も再び『ラミネート』に数日の宿を頼み、その足で領事館へと向かった。
「お帰りなさいラストック様!」
「まだいたのかアルジェ」
必要以上に晴れやかな笑顔で迎えられてしまい、思わぬ本音が出てしまってさらにその笑顔を仮面の如く固定するアルジェ。
「おやおや? 必要な魔術具も準備して観戦場所や戦務手続きまでした私に対してその扱いですか?」
「……いや、すまない……」
「いえいえいいですよ? それが仕事ですからね」
これは今日一日ずっと弄られるのが確定したと思っていいだろう。
自分の迂闊な失言に天を呪いたくなったが、ため息ひとつで気持ちを切り替えると、本来の予定を言う事にした。
「俺の《エクステリオッサ》の整備、ここで頼めるか?」
「勿論です。その為の領事館ですからね」
では、と懐から基礎模型を取り出して彼女に差し出した。
「では問題です」
それを受け取らず、アルジェは何事か人差し指を立てて悪戯っぽく笑う。
「《オルナメンタ》の構成素材はなんでしょう?」
「……それは答えないとダメなやつか……?」
「答えなくても構いませんよ? その代わり整備はお預けです」
それは領事館の対応としてどうなんだ。
とはいえ、この程度の事ならやると決めたらやってしまうのがアルジェだ。
「……現在の《オルナメンタ》は主に銀を主体として構成されている。術式の媒体として優秀である点と、整備・加工の両面から優れているからだ」
「見事な模範解答ですね。では第二問」
どうやらまだ続くらしい。
せめて「立ち話ではなんですから」と席に案内してくれてもいいのではないだろうかと思ってちらりと歓談用の客間へ視線を泳がせたが、アルジェは全く無反応だった。
「《オルナメンタ》を用いて《エクステリオッサ》を展開させるわけですが、その構成と展開手順と存在体積の因果関係の説明を」
……これは一種のいじめなんだろうか……。
解答はわかっているが、後者の説明は俺の問題に直結するからだ。
「……そもそも《エクステリオッサ》の武装展開は、竜が自身の肉体構成を分解・再構築して巨大化する行為にヒントを経て出来た手段だ。術者が竜の血を強く引いているという素質を前提条件とし、術式によって《オルナメンタ》と術者の肉体を分解。外皮となる《オルナメンタ》が先に巨大化し、内部に分解された術者のエーテル体を固定」
ここまでが前者だ。
ちらりとアルジェを見たが、何も言わない。
俺の口から言わせたい内容が、後者にあるからだろう。
「存在体積……要は《エクステリオッサ》の大きさの決定は二点ある。一つは素質だ。高い素質を持っていれば体積を大きくしても存在強度の維持力が高く、戦闘などの危険行為においても長期の活動が出来る。二つ目は術者の性格だ。気持ちが強ければ大きくなるし、弱ければ小さくなる」
アルジェの口元に微笑が浮かぶ。
早く結論を言え、と催促されているようで眉間に皺が寄る。
「……俺が素質はあってもサイズが小さいのは、俺自身の気が小さいからだ」
これで満足か? と言わんばかりに《オルナメンタ》を差し出した。
「もうちょっと弄りたいですが、へそ曲げられても困りますしね」
「この旅を止めるなどとは言わないが、俺は今のサイズで満足してるんだ。それをあまり突っ込まないでくれ」
「ルース様も可愛いと仰っていましたからねえ」
アルジェの声にからかいが混じっているのは気のせいではない。
「……それは俺のお披露目の時だろう。そんなのよく覚えてるな……」
「ルース様が可愛いなんて評価してくれるのは滅多にないですからねえ」
アルジェは受け取った《オルナメンタ》を上から下からジロジロと眺めている。
彼女は外交官であって、技師の資格はない。単に興味と簡単な一次検査の兼ね合いだろう。
「内部の術式はわかりませんが、見た目は細かな傷だけですね。これなら明日じゅうには終わると思いますよ?」
「次に向かう国の事を考えたら、念の為の整備をしてもいいだろうという彼女の進言だ」
「ああ、じゃあ次はそっちですか」
流石、外交官だけあって、それだけで俺のルートの想像はついたようだ。
「実は、ルートはもう旅立つ前に決めてはいるんだ」
「お聞きしても?」
「次は黄、その次が赤、それから黒竜のいる黒だ」
「でしょうね」
細かな集落を除けば、竜の守護する国は白、黒、赤、青、黄、の五つ。白と青は既に移動が済んでいるので、残りは二つ。
それ以外に緑竜がいるが、国を持たず、常にどこかを放浪しているという話なので謁見の候補からは外れている。
「では、これから《オルナメンタ》を整備に出しておきます。調整もありますので、明日また来て下さい」
「……明日は弄らない……か?」
「いつまでも弄りたいのは山々ですが、弄るのにもコツはあるんですよ?」
……明日は貝のように口を閉ざそう。
そう固く決意して、俺は領事館を出た。
次の日はアルジェは用事で出かけたという話を受付から通され、技師と共に整備を完遂させてさっさと帰った。
交渉事も仕事の一つだ。次は気をつけよう。




