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竜から誓約、彼女から握手

 柳葉魚(ししゃも)の船員は全員彼女に捕縛され、彼女の連れている船員が二手に分かれて港まで船を運び、証拠を全て国に提出して一件は終わりを迎えた。

 その間の俺はと言えば、彼女が用意した宿に居を構えつつ領事館に通い、アルジェに――先に事態を把握しているだろうが――一連の内容を話しておいたり、戦闘で傷ついた外装骨格(エクステリオッサ)の整備を頼んだりして時間を潰していた。

 天候も良く、要件も済ませてしまって出来た時間で観光がてらに街を散策していると、あっという間に数日が過ぎていた。

 寝所の窓を開ければ今日も太陽が空を我が物顔で一人行くような快晴で、しかし街中は鼻先を撫で付けるような風が熱を和らげている。今日も出かけるには良い一日だ。


「いるかい?」

 宿で朝食を済ませ、食後のミルクを飲みながらさて今日はどうするかとぼんやりしていた頃に、彼女はやってきた。

 流石に街中を歩く為か海賊服ではなく、チュニックとパンツルックにロングブーツとラフな格好だ。長銃は持ってないが、短銃とバレットベルトを身に付けているところが彼女らしい。海賊帽の代わりにバンダナで頭を覆っているのはそういう好みだろうか。


「出港の準備が出来たよ」

「わかった。行くとしよう」

 俺が部屋から荷物を取ってくると、彼女が手続きを片付けてくれた。

 こうして落ち着いて彼女と並んで歩くと、狼種の獣人としては小柄な俺だが彼女の方が背がやや高い。すらりと伸びた足も、身体にフィットしたパンツで無駄な肉のない脚線美が見てとれる。


「なんだい?」

「いや、周囲からちょくちょく視線を感じるのは、お前が魅力的からなんだろうと思ってな」

「唐突になんだい? アンタもアタシに魅了されたとか言うクチかい?」

「俺とアンタは別種族だ。魅了されるような容姿ではないが、同種族から好奇の視線をもらうのであれば、それは好まれる美しい容姿という事だろう?」

「好まれる、ねえ」

 彼女を馬鹿にしたつもりは一切なかったのだが、何故か彼女は冷めた表情になり、不機嫌になってしまった。

 理由がわからないまま、お互いやや早足に港へと向かってしまう。


「すまない。悪く言ったつもりはなかった」

 妹とのやりとりでも似たような事があったので、おそらく俺が悪かったのだろうと思い先に頭を下げた。

 キョトンとした彼女は、何故か笑って俺の背中を叩く。


「悪い悪い。アタシ、自分の容姿は嫌いなんだよ」

「そ、そうか……以後、気をつける」

 今でも周りの人、特に男の方から視線を送られているような容貌でも嫌いになる事はあるんだな。

 少し雰囲気が和らいだところで俺たちは港に着いた。そのまま船に乗り込み、彼女は甲板でテキパキと指示を出して準備を進めていく。

 やがて錨が上がり、帆が風をはらんで静かに船が港を離れていった。

 一連の流れを眺めていた俺は、落ち着いた雰囲気になったところでようやく口を開いた。


「ところで今、青竜様は何処にいるんだ?」

「今は海底洞窟にいる。アンタのは潜れるかい?」

「……時間によるな」

 白の国は面積のほとんどが雪原だが、水に潜る機会がないわけではない。他国へ行く時に海を渡るのでそこでの海中訓練もあるし、城の近くには地底湖もあって、新人兵士はそこで術式と泳ぎの練習を積まされている。


「あんた、白だから加速術が主軸なんだろ? 泳ぐ速度を上げて頑張るしかないね」

「そういうアンタはどうなんだ?」

 白の国はルース様の力の関係で光に関連した術式や加速を促す術式が主軸となっている。

 彼女は青の国だというなら答えは聞かなくともわかっていた――そもそも青の国は術式の最先端にいる国であり、主軸の生命再生や操水、水中活動保護は当然で、他の国への術式開発・輸出も出来る程に術者が揃っている――が、ここは返すのが礼儀だろう。


「アタシのはもちろん潜水に充分耐えられる仕様さ」

 ここで話しているのは外装骨格(エクステリオッサ)を着装した状態での話だが、そもそも保護術式を付けているかどうかだけでなく、装備者自身がその術式を使えるかどうかも問題にしている。


「まあ、溺れそうになったら助けてやるよ」

「……国の恥にならないよう努力させてもらおう……」

 水温そのものは耐えられるが、呼吸維持はせいぜい数分。距離と速度次第では溺れる可能性は充分にある。

 だが、彼女らの上に立つことにした関係上、あまり簡単に助けられるような事にはなりたくない。


「天候も良いし、最近は魔物が出てこないから大丈夫だとは思うけど、万が一の場合は手伝ってもらうよ」

「勿論だ」

 そう意気込んだものの海の旅は順風で、日が沈まぬうちに目的地へと着いてしまった。


「アレクエス!」

「ベスティアークア!」

 基礎模型(オルナメンタ)を取り出して海の上で装着する俺と彼女。

 お互いに顔を見て頷き合うと、浮力を切って水の中に潜っていった。

 やや薄暗いものの海の中は色とりどりの生命に溢れていて、ここも生命の力が満ち満ちているのを感じてため息が漏れる。


「……綺麗だな」

「そりゃそうさ。海は生命の宝庫だからね」

 幾分穏やかになった空気を振り切るように、彼女は泳ぐ速度を早めた。

 俺も続く。今は、呑気に海底散策している時間ではないからだ。

 長く思える海中遊泳の先、ポッカリと空いた海底洞窟を潜り抜けると、空気のある広い空間に出た。


「ここさ」

 彼女が《エクステリオッサ》を解除するのに合わせ、俺も武装を解く。

 どこかからか吹いている風に潮の香りを感じ、つい鼻が動く。術式を使わずともほんのり明るいのは、どういう仕組みだろうか。


「後で案内してやるから、まずは付いてきな」

 ついきょろきょろと見回してしまったのが面白かったのだろうか。

 口元に小さく微笑を浮かべながら、先を歩き出す。

 何事もなく進んでいく彼女だが、俺には洞窟を進むほどに生命の強い息吹を感じさせる。

 そうこうしているうちに彼女が足を止めたのは一際開けた空間で、向こう側に地底湖のようなものが見える場所に出た。

 そして、地底湖の水が盛り上がり、竜の姿を形作る。


「青竜、フェミナ・カエレウム様だ」

 彼女の紹介とともに、フェミナ様が透明な水の姿からうっすらと青みがかった色で実体を持たせてくれた。


「久しいな、白の忠犬よ」

「お久しぶりでございます」

 以前にお会いしたのは、それこそアルジェが話した海獣退治の時だ。あの時とお変わりない、母のような――俺の実母はもうほとんど記憶にないが、育ての母というならメイド長だろうか――穏やかで優しげで、しかし芯の強さを感じさせる声だ。


「用件はなんぞ?」

「此度の黒竜退治における、青の国の不可侵を頂きに参りました」

「それはいつもの事だろうに。……ルースめ、そういう所はマメな奴よな」

 生命の息吹溢れるため息が漏れる。


「如何でしょう?」

「いつもの通りよ。好きにするが良い」

「ありがとうございます」

 深々と腰を下ろして一礼する。

 国は違えど、世界を支える者に敬意を払う気持ちは変わらない。


「取引と誓約の証明を与えてやる。手を出せ」

 顔を上げた俺は、黙って右手を差し出す。フェミナ様が顔を近づけると、その手を咥え込む。痛みを感じるどころか程良い湯に浸けられたような感じで、手が熱を持っていく。


「終わったぞ」

 口を離された右手に、ほんのりと熱がある。少し濡れた小指の爪が灰色から青く変色していた。

 意識すると、爪先から術式の媒体になり得る程の力を感じる。もしかしたら、爪にフェミナ様の血をコーティングされたのかもしれない。


「しかしまあ、お主、面白い犬よな」

 藪から棒に告げられたフェミナ様の言葉に、理由がわからず首を傾げてしまう。


「……それはどういう……?」

「いずれ其方(そなた)はもう一度、我の下に来るであろう。どういう理由であれ、な」

 思わずフェミナ様の顔を見返したが、口元に微かな笑みを浮かべただけでそれ以上何も語ろうとはしなかった。


「再び我にまみえるまで、汝の旅路に幸いあれ」

 言うだけ言った後は、要件は終わったとばかりに姿が透明になり、竜の形が崩れてしまった。辺りには息吹の残り香のような、若々しい香りが残された。


「……ありがとう、ございます」

 フェミナ様がいなくなった方を向いて一礼した。

 残された息吹を取り込むように大きく息を吸い、吐き、一息落ち着けたところで彼女の方へ振り返る。


「アンタはフェミナ様の言葉の意味はわかったのか?」

「まさか。アンタの血から何を読み取ったかなんて、わかるわけないだろ」

 肩をすくめて近くの岩に腰を下ろす彼女の側に寄り、俺も腰を下ろした。


「これでアンタのこの国での用事は終わったわけだけど――どうする?」

 彼女の言いたいことはわかる。

 これから俺が彼女たちをどうするかという話だろう。


「勝負には俺が勝った。だがアンタに術式を使って強制する気はない」

 彼女なら、そんな事をしなくとも信頼関係を築いていけるだろう。


「そうか。なら黒竜退治に付き合おうか」

 話す口調は淡々としたもので、予めどうするかは決めていたのだろう。


「あ。あと、アンタの命令は聞くけど、船の操舵や整備、荷運びなんかは手伝いな」

「当然だな。その代わり、お前の戦闘力や船の連中が他に何が出来るかは聞かせてもらうぞ」

 これから長い付き合いになるのだから、妥協できないところは先に告げていく。


「他にはなんかあるかい?」

「……そうだな……」

 あれだこれだと話していて、一番肝心な事を彼女に聞いていない事に気づいた。


「俺はラストックだ。姓はない。みんなからはラストーと呼ばれてる」

「ああ、そういやまだちゃんと名乗ってなかったね。アタシはトゥリトゥア・デイチェム。船の連中は『姉さん』とか『船長』って呼んでるけど、アンタは名前で呼びな」

「トぅリトア?」

「発音難しいかい? まあ略語でも愛称でも呼びやすけりゃなんでもいいさ」

「……なら、トゥーリア、でいいか?」

「構わないよ」

 俺は岩から立ち上がり、まだ息吹を感じる右手を差し出した。


「よろしく頼む、トゥーリア」

「頼まれたよ、ラストー」

 お互いに差し出した手を握り合う。

 交わされた時間は短く、共に同じ方向を向いて歩き出す。《エクステリオッサ》を起動して船に戻り、彼女はまず砲手に命じた。


「新しい門出だ! 派手に上げな!」

 雄々しい声が誰もいない海上に響く。

 負けじとばかりに、術式砲が空に打ち上げられた。


「野郎ども! 今日からアタシらはコイツのモンだ! 新しい仲間! 新しい旅!」

 誰よりも鮮烈に。

 雄叫びよりも鋭く。

 大砲よりも張りのある声で宣言する。


「幸い、お天道様も今日はゴキゲンだ! 今日は飲むよ! 樽を開けな!」

 皆の声が雄叫びから歓声に変わる。

 俺たちのいない時に釣りでもしていたのか、野菜を細かく刻んで作ったソースを振り撒いた魚の揚げ物や、油の焼け焦げる匂いと香草の香ばしい香りをふんだんに振りまく分厚い肉が、次々と運ばれてくる。

 ジョッキを渡され、酒が並々と注がれ、煽られては飲まざるを得ない。

 覚悟を決めてジョッキを傾けると、喉を鳴らして一気に飲み干した。

 そんな俺の頭を右腕で挟み込み、俺の耳元で囁く。


「で、これからどこに向かう? 赤? 黄?」

「――黄だ」

「まあ、アンタの国ならそうだろうな」

 その辺の国事情はお互いにわかっているからだろう。

 納得したように一つ頷いて、俺を熱狂の渦に叩きつけた。

 掴まれてまたジョッキに酒が注がれていく。

 酒は――あの酩酊する匂いが鼻にきついせいもあって――強くない。あと何度か飲まされたら沈むだろう。

 その前に、俺はジョッキを天に掲げて宣言した。


「さあ行くぞ! 黒竜退治だ!」


 ここからようやく、俺の旅が動き出す。

これにて第1話終了となります。

この後、短編の幕間を挟んでから第2話開始となります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまでの感想じゃ!青の女王は何を考えておるのか、その妖艶な思考回路がわからんのう。じゃが無事、船を得たわけじゃな。トゥーリアという、ラストックのような鎧《エクステリオッサ》を持った仲間も…
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