決着(3)
「迷 彩!」
予め用意していた術式を発動させ、彼女の姿を隠す。傍目には拳を前に突き出した状態に見えるだろうが、短い間だけ誤魔化せればそれでいい。
「手筈通りにな」
俺がそれだけ呟くと、彼女はコクリと頷いて短銃を腰に戻して長銃へと持ち替えた。
船の手前でいつもより高く飛び上がり、武装と術式を解く。
俺は戻ると同時に背負い袋からマントを取り出して織り込まれた術式を起動して姿を消し、彼女は逆に長銃を構えて船を見下ろした。
「派手に行くよ! 照準!」
お互い――と言っても俺の姿は彼女を含めて周囲から見えなくなっている――が甲板に降り立つと、彼女は長銃の引き金を引きながら身体を回す。
「発射!」
長銃から立て続けに射出される弾丸がありえない軌道を描いて次々と甲板上にいた連中を撃ち抜いていく。それも、腕や脚といった、致命とはなりにくい箇所ばかりを狙っている。
「あの女!?」「あいつ! 裏切りやがった!」
「ぎゃああああああああ俺のうでえええええええええええ!?」
今更ながらに悲鳴が各所で上がり、彼女がロープを拾って一人一人縛り上げていく。
(術式だけで甲板上の船員を撃ち抜いたのか。良い腕だ)
彼女一人で問題ないのを確認した俺は、一人で船室に入っていく。
輸送がメインの船である為、部屋数はさほど多くないし、荷物となるものは船底の方へとまとめられていると聞いている。
であれば、まず向かうべきはちょうど船の中央に位置するところにある船長室。
扉を剣で叩き壊して強引に中へ入ったが、肝心の船長はいない。
「……もしかして船底か?」
人の気配があまりしないが、警戒しておくに越したことはない。そろそろ持続時間の切れるマントを脱ぎ捨て、船底へと急いだ。
物理的な鍵はなかったが、扉はびくともしない。
「まさか……術式型暗号鍵か?」
専用の鍵と生紋――人が持つ生命の波長を生紋と呼ぶらしい――がなければ解錠出来ない頑丈な扉で、まさかこんな船にそんな高価な物が使われているとは思わなかった。術士であれば時間をかけて術式そのものを解除する事は出来るが、あいにくそんな技術は持ち合わせていない。
仕方がない。
俺は一旦引き返し、船底の部屋の真上まで戻ると、剣に強化の術式をかけて一気に切り裂いた。
予想通り、扉は強化されていても、部屋そのものはおざなりだったらしい。
船底に飛び降りた俺の前に、縛られた幼子を盾にした船長がいた。周りには商品か趣味かは知らないが、凝った意匠のラベルが貼られたボトルの空き瓶がそこらに転がっていて、変わらぬ酒臭い荒い息を吐きながら俺を脅えた目で見ていた。
そして、どういうわけか子供が倒れている。男女や種族などを問わず、しかしその様子は衣服が乱れていたり、酒臭い匂いがついていたりと様々だ。
悪い想像が頭をよぎり、自然と顔つきが険しくなる。
「……何をしている?」
「ひっ!?」
とりあえず声をかけると、相当に酔っているのかまともに立つことすら出来ずに樽に掴まって震えている。
こんな状態では武器を構えておく必要もないだろうと思い、剣を納めて一歩前に踏み出した。
「な、なあ! 助けてくれよ! お、オレだってまだまだ美味い汁すすりてぇんだよ!」
唾か酒かわからないような唾を吐き、大の男がみっともなく泣き出した。
「お前の運命なんて知ったことか」
「なんだよ! オレは女王の為にガキの選別してやってんのに!」
「……女王? もしかして青の国の女王の事か?」
眉をひそめ訝しげに見る俺に、口を大きく歪めて嗤う船長。
「青の騎士のくせに知らねぇのか!? あの女王の裏の顔をよぉ!」
女王の裏の顔。
こんな小物がどんな事を依頼されているというのか、興味はあった。
「し、知りたいならオレを助けろ!」
「別に興味はない」
しかし、俺はそれをつっぱねた。
「嘘つけ! 気になってんだろ!?」
「白の国が気にしても意味がないし、俺は俺の目的の為にお前を捕まえるだけだ。その先を決めるのは青の国だ」
俺が外を指差す。こうして話している間にも、彼女が仲間を呼んでこの船の掌握に動いているだろう。
「ち、ちくしょう!」
逃げ出すつもりか、それとも人質にでもしようというのか。一人の子供に向かって走り出す船長。
その足取りが屍肉人のように遅く、波に揺られれば転びそうなほどであったとしても、子供に危害が加えられそうな事を見過ごす気はない。
「閃光」
「があっ!?」
船長の眼前に強い光が一瞬生まれ、その視界を灼く。
「な、なにしやがった!? ま、前が……!?」
「目眩」
船長のぼんやりとした視界の中で、大小様々な光の粒が不規則に明滅を繰り返す。
もう前にも後ろにも進めずにふらつく船長を、俺が殴って気絶させた。
「終わったかい?」
俺が開けた穴から彼女がしゃがんで顔を覗かせていた。
「これでいいか?」
俺は汚い涎を撒き散らして倒れている船長を指差した。
彼女は一つ笑ってからロープを投げ入れ、受け取った俺はそれで船長を縛りつけた。
その間に飛び降りてきた彼女は、周囲を一通り眺めてため息を付いた。
彼女がどこから話を聞いていたかはわからないが、ひとまず女王の件に関してはこちらから話題として振る必要はないだろう。
「……あぁ……」
この騒動の中でも眠っていたのか、ボサボサの髪と布の貫頭衣を纏っただけの人族の子供が目を覚ました。
「大丈夫かい?」
事態の飲み込めていない子供に素早く近寄ると、優しく抱きしめた。
「アタシ達はアンタ達を助けにきた国のエライ人さ」
落ち着かせるように背中を撫で付けながら、これまでとは違う、落ち着いた女性の声色で話す。
「ほんとに?」「たすかるの?」「おうちにかえれる?」
矢継ぎ早に浴びせられる言葉を全て黙って受け止め、彼女が言葉を放つ。
「ああ。みんなちゃんとウチに帰してやる。だから、もうちょっと待ってておくれ」
その言葉で安堵したのだろう。瞳に大粒の涙が溢れ、唇を噛み締めていたのが我慢できなくなって泣き出した。
彼女は子供の重さを感じさせない手軽さで抱き抱えると、術式で強化した脚力で天井まで飛び上がった。
一度俺の方をチラリと見たのは、俺に残された子供を運んでこいという事だろう。
外で合図と思しき空砲の音が鳴る。
ここから運び出せば、後は彼女らの仕事だろう。
残りは、竜との契約だけだ。
 




