決着(2)
「腕よ瞬きを超えて進め!」
「渦巻け水蛇の濁流!」
一瞬先に発動したのは俺の術式。
発動直前に手放した剣が消えたと錯覚するほど超高速で移動し、相手の長銃へとぶつかった。耳が痛くなるほどの衝撃音とともに剣と長銃で体勢を崩されながらも向こうの術式は放たれた。
銃口の先に俺の背丈を超えるほどの巨大な水の塊が作られ、まるで毛玉が解けるように水の蛇が縦横無尽に生まれてくる。
手元に武器はない。なら――
「上位加速!」
軸足である右足へ優先的に術式が発動し、最初の一歩を踏んだところで身体を前に傾けて動物のような前屈みに近い格好で突き進む。
倒れそうな相手の視線が、それでも俺を刺し続けている。
それは、この術式が視線による照準をしている事の証左だ。
まだ襲う勢いの弱い――それでも数は多い――蛇の包囲網を速度と保護術式だけで強引に抜けて相手の足を掴み、海へ叩きつけるように捻り倒す。
「くあっ!?」
盛大な水飛沫が上がる中、最後の一歩で相手の背中の上に乗り、長銃を持っている右手首を掴んで捻り抑えた。
互いの術式が干渉しあい、周囲に歪な揺らめきが生まれる。このまま干渉し続ければ、やがて互いの術式が壊れて海に沈んでいくだろう。
しかし、相手の放った水蛇も俺の側に近寄ってくることもなく、二人の周りをぐるぐると囲んでいるだけだ。
「勝負、あったな。船は、どこに、いる?」
剣を手放した為に戦闘補助の術式が一気になくなった上に、使用制限のある術式まで行使して息が乱れているが、この状況なら決着はついたと言って良いだろう。
「おかしら!?」
拡声器でも使っているのか、案外離れてはいないと思われる所から男の――ここまで聞いたことのない声だから、おそらくは船の操舵を任されている者の声だろう――呼びかけが聞こえる。
「手短に話がしたい。船の甲板上でいいから乗せてくれ」
「……いいだろう」
不満そうではあるが相手の了承を得た事で俺は組んでいた手を離し、一歩離れる。相手がハンドサインを交えて手を振ると、外装骨格の歩測で十も歩けば辿り着けるようなところに船はいた。
海に浮かんでいる俺の剣を回収してから看板で武装を互いに解く。
俺の目の前に現れたのは、男の俺と大差ない背丈の女性だった。
海に溶け込みそうなほど青く、腰元まである長髪。海賊帽で隠してはいるが、この陽光の下でならさぞかし綺麗だろう。
片目を眼帯で塞いでいるが、見えている左目はルビーを思わせる紅い瞳。ただ、その形は猫種を思わせる縦の光彩。
黒を基調としたコートに身を包み、ベストなんかで隠してはいるが、内側でかいている汗から鼻に感じる体臭は間違いなく女性のそれだ。
左腰にはカトラス、右腰には短銃。手には銀細工の長銃か杖のような物を握っているが、あれが彼女の基礎模型だろう。
「……本当に女性なんだな……」
最初の言葉としてそれはどうなんですか? とアルジェに言われそうな言葉を言ってしまったと思ったが、相手は予想通りなのかただ笑って返した。
「女だてらに、って言われるのが面倒でね。アタシの口にした言葉をこいつに通させる事で粗野な男に変換してるのさ」
そう言って彼女が指したのは肩口に留まった緑色の小鳥だ。
人語を理解して介す鳥など自然には存在しない。おそらく精神体を加工した物だろうが、俺には到底無理な技術だ。
「連中に怪しまれないうちに、話を済ませたい。お前達の目的はあの船の捕縛なんだろう?」
「その前にまず、どこまでアタシたちの事を知ってる?」
「アンタらが青の国の私掠船だって事くらいだ。女王からはアンタらに勝ったら好きにして良いとは言われている」
アルジェを通じて連絡は届いているはずだが、もしかして何か行き違いがあるのか?
「……あのお祭り女が……」
一体どういうやりとりが行われていたのか気になるが、歯軋りして甲板を何度もブーツで蹴り付けている所からすると、おそらく一部の情報しか渡されなかったようだ。
「もう話が付いてるなら、アタシがどうこうは言わないよ。でも――」
「――あの海賊船は捕まえたい、だろう?」
とりあえず私情は脇に置いて、現実的に今しなければならない話を振る。
「こっちもあの船の素性は把握してる。俺も白の国の騎士として、捕まえる気でいるから協力してほしい」
俺と視線を交わし、軽く眉を動かして続きを要求された。
「連中には、こちらを対処した後で戻る手筈になってる。俺からの頼みは、この船を沈めたと思わせるような偽装をして欲しい。それから向こうの船を潰した事を証明する為の証人と、連中を抑える戦力として誰か一人を貸してほしい」
「それならアタシでいいだろ」
ニッと歯を剥いて笑う姿は、海の生物で例えるなら鮫だろうか。
術式射撃の腕は確かだし、俺としては申し分ない。
「……船長が抜けて船の先導は出来るのか?」
「アンタが戦ってる最中に船の指示をしてたのはコイツさ」
肩に乗っている鳥が羽ばたき、舵をとっている男の肩に移ると、任せろと言わんばかりに羽をバタつかせ、乗られた男は嫌そうに鳥を見ている。
「一応、術式でアタシと常に連絡取れるようになってる。それと、ウチの術士がさっきの派手な爆発の後にこちらの姿を視認出来ないようにしてる」
「助かる」
となると、さっさと出発した方がいいだろう。
俺はひとつ頷くと、柳葉魚船の進んだ方向へと飛び降りて外装骨格を起動する。
「来い」
俺が手に捕まれるように両手を差し出すと、人差し指に掴まってもらってもう片方の手で足場を作る。
「保護術はいるか?」
「その程度、自前でやるからさっさと行きな!」
懐から銃弾を一つ取り出し、それを短銃に弾を込めて無造作に引き金を引くと、彼女の身体が淡く光る。
最近流行っているという銃を利用した無詠唱術式か。金さえ気にしなければ使い勝手は良いとは聞いているが、俺も使うのを検討してみるかな…。
術の持続時間もあるので、俺も連中への合図としての爆発術式を空に打ち上げ、それから一気に加速する。
「着いたらそのまま戦闘だ。連中の引きつけを頼む」
「アンタは?」
「使い捨ての隠匿布を持っている。それを被って姿を隠しなが船長を捕まえに行く」
「船はどうすんだい?」
「強制を使って強制的に働かせるか、お前の船員を借りて動かすつもりだ」
「どっちに連れてく?」
「青だ」
質問される内容はあらかた予想通りだったが、やはりここで彼女の口が止まった。
「……アンタは白の騎士なんだろ?」
「別に正式な任務としてこの仕事を受けているわけじゃない。これはあくまで、お前等を手に入れる大事の前の小事だ。領事館にも手助けとして連絡は入れてあるが、こちらで捕らえるとは伝えていない」
アルジェからは、恩を売りたいと言うのであれば別に青の国に引き渡しても良い、とは言われている。彼女のことだから、引き渡したとしても取れる手はいくらでもあるだろう。
「なるほど。ちゃんと打算もあるんだね」
「悪いか?」
「いいや。単なるカタブツじゃないってわかっただけでもいいさ」
「なら行くぞ!」
海面を走る速度を上げていく。
視界の先に、もう獲物は捉えられていた。
 




