決着(1)
出発の日は、濃く白い雲が澄んだ青の空によく映える日だった。
風も肌を撫でるような穏やかさで、海上に出ている船に眼を向ければいずれも帆が風をはらんで海を行く様子が窺えた。
領事館へのやりとりは毎日続け、移動するにも毎回ルートを変えて訪ねていった。
アルジェに頼んだ物は翌日には用意され、今は俺の背負い鞄に入っている。
「出発するぞ!」
柳葉魚船の船長が宣言すると、錨が上げられ、帆が風を受けてゆっくりと海上へと進んでいく。
「またあったら頼むぜ」
「いいだろう」
冷静に返した俺を自信ありと見たのか、満足げに頷いて船室に戻る船長。
そもそも俺がアルジェを通じて青の国に情報を送り、襲ってもらうように仕組んである。
(……あとはどこで襲われるかだな……)
船の移動速度からすれば、おそらく一日経過後から三日以内。
ギリギリ青の領海範囲内で襲う事で、どちらの国に所属しているかどうかがわからない、というところで来るのではないか。
ただ、もう私掠船であるという正体は分かっている以上、アジトか国への報告をしやすい場所で襲って来る可能性もある。
いずれにしろ、勝負は一週間以内に必ず来る。
そして――船が襲われたのは三日後の早朝だった。
晴天の続いた日々の朝、見張り台から襲撃を知らせる声が響く。
「来たか!」
着の身着のままで過ごしていた船室から、駆け足で甲板へと飛び出し声を上げる。
「俺が下りたら、お前等は荷物と乗員を安全な場所へと避難させてろ!」
胸元から基礎模型を取り出し、再び海の上へと飛び出した。
「アレクエス!」
術式円が生まれ、身体の再構築が行われ、俺が人型の兵装になる。
旋回して避難する船を背にしながら、砲撃から守っておく。
「以前と同じ結果は生ません!」
砲撃の、そして術式を使わなければ追いつけないところまで船が離れたところで、俺は準備していた術式を解放する。
「素子集積!」
機体の周囲に、十数個の光の玉が浮かび上がる。
「弾丸!」
玉が銃弾状に変化し、俺の視界に照準が浮かび上がる。
船を完全に壊す気はないが、脅しとしては多少なりとも当てる必要があるだろう。
「発射!」
弾丸の半分を周囲へ、残りをマストや船首に向けて放つ。
距離はかなり離れているから、対処する手段はあるはずだ。
そう思って放った弾丸は、向こうの船で生まれた術式円から放たれた弾丸で全て相殺された。
「出てきたな!」
そして術式円の光が砕け散ったそこに、青を基調とした外装骨格が現れた。上半身は人型で下半身は蛇型――いわゆる人魚型と呼ばれる水域を主戦場とした物だ。海上や海底に潜む魔物の討伐を行う事も多い為に完全防水型となっており、青の国では標準的な機体だ。
手には術式用の長銃を持っている事から、主要の戦闘は遠距離型と推測される。
「オレの船を壊させはしないぜ!」
明るい男の声と同時に長銃を構え、引き金が引かれる。撃鉄の動作による圧縮詠唱が果たされて、銃口から水の水流が撃ち出された。
「やはり射撃型の《エクステリオッサ》か!」
加速術式を起動して距離を詰めながら水流を躱し、海の上を一気に滑って相手に肉薄する。
「古臭い騎士型なんかにゃ負けねぇぜ!」
「白の国の伝統ある《エクステリオッサ》相手に良く吠えた! その減らず口聞けなくしてやる!」
剣が届く距離まで近づくと、勢いを乗せて横凪ぎに剣を放つ。向こうも水域用だけあってこちらと同様に動きは機敏で、滑るように後ろへと下がりながら、こちらへの足止めと視界を遮る為に海面を爆破撃ち抜いていく。
吹き上がる水飛沫に対し、術式弾を生成しつつ破壊していく。
こちらは近距離での戦闘を主としているだけに、術式弾での命中補正は最小限だ。定められる目標数は多くても三つ。追尾補正もない直線軌道では、この相手を仕留めるのは不可能だろう。
有効なのは加速術式による高速移動だが、向こうもそれはわかっている。こちらよりも術式制御に優れている為、同じ射撃系術式を使っても狙いも細かく、わざと狙いを外して進行ルートを防がれてなかなか詰めるところまで届かない。
「なかなか出来る……!」
こちらに当たりそうな水流の一撃は剣で斬り払い、細かく距離を詰めていく。
観察していてわかったが、ボルトアクション式になっている長銃は連射は出来ないが、銃口の先に付いている短刀の刃が光っているところからすると、あれも術式用の媒体なのだろう。おそらく詠唱が必要な程の高度術式を弾丸で、単語詠唱で済ませられる術式の補助を短刀側で行っているんじゃないだろうか。
いずれにしてもわかりやすい決着を狙うなら――
「その長銃! 術式用の媒体なんだろ! それを折らせてもらう!」
この戦いは殺し合うのが目的じゃない。
それなら声に出して勝敗を明確にした方が互いにやりやすいからだ。
「そうはいかねえ!」
向こうも反対的な言葉を返しつつも、術式の砲撃が剣を持つ右腕に集中し始めた。腕を破壊して手から剣を離させるのが狙いだろう。
「上位加速!」
短時間だけの超加速術。身体が術式の強さと加速の反作用で軋みを上げる。
踏み出した一歩だけで後ろに水柱が立って移動の軌跡を残しながら、俺はようやく相手に再び肉薄した。
加速を通常に落とし、長銃を抱える右腕を狙って切り付ける。
相手は銃身全体を保護魔術で覆い、俺の剣とぶつけ合い、振り払う勢いを利用してそのまま後方へと下がって受け流された。
「体術もそれなりに出来るか! いいな! 気にいった!」
「何が!?」
「俺の目的の為に、お前等が欲しい!」
周囲に俺たちしかいない――いるとしても、この状況を楽しむ為に覗き見している女王の一派だけだろう――状況なら、口に戸を立てる必要もない。気持ちが昂っているのもある。
勢いに任せて俺は目的を口にした。
「俺はこれから黒竜と戦いに行く! その為の旅の仲間を探している!」
「はああ!? 馬鹿かお前! オレ達が何でそんなのに付き合わなきゃいけねぇんだよ!」
「付き合うんじゃない! 俺に従わせてやる!」
剣を正眼に構え、再び突撃の下準備に入る。
使い慣れているとはいえ、上位の術式は流石に身体にきつい。使えてもあと二回。持続時間を伸ばすならあと一回。
自分の状況を鑑みている間、俺の言葉に何か思うところがあるのか銃を構えたまま動きがなかった。
「……そういうセリフは!」
「!?」
相手が聞こえてきた音に、俺は一瞬耳を疑った。
「勝ってから言いなあ!」
向こうが銃口を空に向け、何かの術式を打ち出した。
術式の内容も気になるが、問題はそこじゃない。
「女!?」
さっきまでは間違いなく男の声だった。
しかし、今聞こえてきた声はややハスキーな女の声。
《エクステリオッサ》は術士自身の身体を使って作り上げる兵装なので、二人乗りはまず有り得ない。
「我が生むは竜の息吹!」
(口頭による詠唱術式!)
簡略化しないそれは、術士の想像を強烈に具象化させる為の儀式。
つまり、勝負を決める為の一撃を狙うという事だ。
「我が望むは刹那の手!」
それなら俺も手を尽くさなければ。
俺の唯一と言って良い詠唱術式の準備を始める。
「疾れ水! 唸れ大地よ! 我が求むは巨獣の大口!」
「疾く早く! 鼓動の高鳴りを超えて進め我が身よ!」
お互いの想像が終わり、後は具現させるだけ。
長く感じて緊張の間を壊したのは、向こうの船からの砲撃音。
お互いの口が同時に開かれ、起動句が放たれた。