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海と女王と海賊と(5)

「あぁん? 船に乗りたい?」

 胡散臭い顔でそう言ったのは、俺が護衛をしている船長だ。

 積荷の交渉は既に終わっているのか、もうそれなりに酒が入った息を吐きながら俺と相対している。


「こちらで商売をして新しい荷を積み、また白の国へ戻るのだろう? 契約時にそういう話だったはずだが?」

「そりゃそうだが、よ」

「何か不都合があるのか?」

 歯切れの悪い船長が向ける視線は俺の胸元辺り。

 俺の外装骨格(エクステリオッサ)の基礎である鎧核(アルミスヌクレイ)を意識しているのだろう。


「……アンタ『鎧持ち』だろ? 俺らみたいな船にまた乗りたいのかよ?」

 鎧持ちは基本、国のお抱え騎士であることが多い。連中からすれば、俺は立場を明確にしていないどこぞの騎士様ではないのか、という問題だろう。


「金持ちの集う豪華客船なんかに乗るくらいなら都合が付きやすい船で構わん。あと、俺は今は騎士じゃない」

 御子ではあるが、それはこいつらには関係ない話だ。

 俺の言葉で何か思うところがあったのか、少し安堵した表情で片手の酒を煽った。


「……積み荷の契約問題もある。早くてもあと三日は待ってもらえるか?」

「わかった。『碧翠積層樹(ラミネート)』という宿にいるから、出る前に使いを寄越してくれ」

 少し驚いた顔をされたが、気に留めておくだけにした。

 俺は何事もなく踵を返して店を出ると、次の目的地へ向かわずフラフラと寄り道をしていく。

 ちなみにさっき告げた宿は青の国の騎士が良く使う宿屋兼食事処で、昔訪れた時に連れられた場所だ。とりあえず他の宿を探す手間があるのと、御子としての事情を話しても問題のない宿となると、他に思いつかなかったからだ。


「……尾行はない。そこまで怪しまれてはいないのかもしれないが、念には念を入れるべきか……」

 ふらりと細い路地に入り込み、予め準備していた術式を起動する。


迷 彩(ケイモフラージ)

 俺の身体の周りで光が一瞬弾け、これで俺の姿は周囲から見えなくなった。

 そのまま家の壁面に足をかけて壁を駆け上がり、屋根を伝って目的の場所へと視線を向ける。その先には、住居の屋根上からでも一つ階層が高い建物が見えた。屋根上には白を基調として中央に雪の結晶と羽根を模した絵が描かれた旗がはためいていた。

 それは見慣れた白の国の旗であり、あそこには白の国の領事館がある。

 俺の次の目的地はそこだった。

 領事館の側で地上に降り立って人気の少ないところで術式を解き、館の前の扉を開けた。


「ラストック様!」

 臙脂(えんじ)色の紳士服に身を包み、腰まである長い髪を鮮やかな青い布で纏めた女性が笑顔で出迎えてくれた。


「やあアルジェ。久し振りだな」

 白の国外で俺が唯一頻繁に会う事のある女性だ。職務としては外交官で普段からあちらこちらに出かけていて、小さい頃には他の国の話をせがんでいた。


「前回来られたのは確か、共同の海獣退治の時でしたよね?」

「そうだな。俺の外装骨格(エクステリオッサ)の初お披露目も兼ねていたからな」

「緊張のあまり、術式を失敗してやり直したんでしたよね! 懐かしい!」

 あまりにも楽しそうに笑って話されると、羞恥を通り越して泣きたくなる。

 あの時は大勢の前というのもあり、術式を維持出来ずにチグハグな姿になってしまったのはこの国ではそこそこ知られた話だ。当時はとにかく酒の肴にされて、ふて腐れていたものだ。

 そして目の前にいる男装の麗人は、そういう話題が大好きな人だ。


「……そういう恥部を楽しそうに言わないでくれ。アレは俺も思い出したくないんだ」

 予定を変更して帰りたくなるのを堪えながら、それでも顔を背けて背を向けるくらいはいじけても良いだろうか。


「ではお楽しみは控えましょう。それでこちらを伺った用件は?」

 声に楽しさを滲ませているからには、このあともう一回は弄られるだろう。

 気持ちは沈むが、まずは主題から始めることにしよう。


「今、『潜魚の柳葉魚船』という船に乗っている」

 その名を口にした途端、アルジェの眉間に皺が寄った。


「……その顔色からすると、やはりロクでもない連中の船なんだな?」

「ラストック様の名誉の為に仰るのなら、今すぐ契約破棄して下りる事をお勧めします」

「そうだろうな」

 まあ、それは最初から予想していた事だ。問題はその先。


「……分かって乗っているのですか?」

「今回、ココを訪ねた理由は『そこ』だ」

 あの船が一体どんな事をしているか。何の商売をしているのか。


「あの船、どのくらい掴んでいる?」

「うーん。商船登録は青の方なのでこちらはそこまで干渉していないんですが、把握している部分ですと、第一に、奴隷売買の疑いがあるということ。第二に、術式魔薬の製造及び密売も疑われていることくらいですかね」

 さらっと言ってのけたが、いずれも捕まれば死罪は免れない重罪だ。


「……予想以上に黒いな……」

「術師はいませんでした?」

「表向きは商船としているんだろう? 用心棒として雇われているだけだから、船室捜査とかはしてないし出来ないぞ」

「そもそもそういう任務は向いてないですからね」

 それを言われると元も子もないが、別に捜査が苦手というわけではない。術式を駆使しての隠密行動などは鍛錬しているし、種族がら鼻は効くので失せ物や人の捜索なんかは得意だ。


「お聞きしますが、この情報を得てどうしたいんです?」

「まずは、この情報を青の国が掴んでいるのかどうか」

「そりゃ当然掴んでますよ。こちらとしては、白の国の人民が青の国で買われている状況ですが、どういうわけか多少の施しを受けているようで迂闊に手が出せません」

 ……ああ、それで宿の名前を出した時に、俺を青の国の騎士と勘違いして安堵したのか。


「アルジェ。青の国はあの船をどうしたいと思う?」

「……うーん……」

 小顔でくりくりとした眼を閉じ、首を傾げて考えている姿は人懐っこくて可愛いらしい。

 油断してると言葉で刺されるので、俺自身は可愛いというより噛みつかれる一歩前と思ってしまうのだが。


「忖度なく話すと、候補としては二つあります。

 まず、青の国が捕らえて処罰したいなら、もうとっくにやっているでしょう。

 ですので、連中をなんらかの理由で泳がせている可能性があります。

 それに関してはいくつか思い当たる点はありますが、話すのはやめておきましょう。確証がないですし。

 逆に、青の国と関係がないのなら、他国か組織が何らかの干渉をして妨害している可能性があります。

 ただ外交的に青の国と揉めたい国はないでしょうから組織の可能性が高いと思いますが、特定は難しいですね」

 講師のようにスラスラと話される内容は、俺に分かりやすく配慮したものだろう。


「少し情報を足そう。

 先日この国に向かっていたとき、私掠船に襲われた。

 相手は追い払ったが、外装骨格(エクステリオッサ)のものと思われる一撃を受けたし、逃げるときも術式併用だった」


「……本当ですか?」

「女王が認めたから間違いはない」

 俺の言葉に、まじまじと口を開けて見返された。

 答え出てません? と顔に書いてあるように見えたが、それを俺に言われても困る。


「……青の国の私掠船が襲ってきたというなら、もうそれは非公式に処罰するという事なのでは?」

「そうなるだろうな」

 そもそも帰りで襲われる事が多いという状況なのに行きで既に襲われるという事は、もう処罰しようとする意思があるという事だろう。


「ラストック様はどうしたいんです?」

「その私掠船が欲しい」

 俺のこの言葉は希望じゃない――要望だ。

 それで得心いったのか、アルジェは大きく頷いてくれた。


「ああ、合点がいきました。それならそうと最初に仰ってくれればいいのに」

 俺がここに寄ったのは、乗船している船の詳細な情報と、外交的に問題がないかどうかの追確認だ。

 そして、旅の補助と経過報告を頼む為の準備だ。


「白の国と私掠船に繋がりがないのなら、俺が拿捕(だほ)しても旅に問題ないな?」

「女王の許可があるのですから、勿論です。『潜魚』の取引や必要な道具など、協力は惜しまないので欲しい手は仰ってください。後々で構いませんので、船の船員にうちのスタッフを一人入れてもらえると、国としてのサポートが捗るので便宜して頂きたいですね」

「ありがとう。では頼んでいこうか」

 必要そうな道具と準備を頼みつつ、装備の点検をして、数日後。

 俺は再び海の上へと旅立った。

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