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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
第四章
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第十七話

もう特に話すことは無い。当初の予定からだいぶ狂い、こんな人数の中で話すことになってはしまったが、もうこれ以上リディアナには話すことも願うこともなかった。けれどリディアナは、そこで困ったように眉を下げる。その原因は、隣で自分の腕に抱きついて泣きじゃくるメアリにあった。


「……メアリ、」

「うっ、っく、……リディアナ様、しん、死んじゃ嫌です……! 処刑とか、そういうのも……」


話し終えてからメアリはずっとこんな調子だ。リディアナから離れずに、ただ可愛らしい少女は子供のように泣きじゃくる。その姿はリディアナが想像していたような拒絶するような姿からは掛け離れていて。安心したような困り果てるような、そんな感情がリディアナの心を満たしていった。

決して拒絶されたかったとか、想像していたような侮蔑の瞳で見られたかったわけではない。その想像が現実になったのなら、リディアナはきっと強く傷ついただろう。けれどこうして悲しまれるのもまた、リディアナにとっては想定外だったのだ。手を握ったままの目の前の少年が、呆れたようにその目で語る。だから言ったのに、と。どうやら幼馴染としての長い付き合い故か、レンの方が余程メアリを理解していたらしい。


「なんで、なんで死ななきゃいけないんですか……リディアナ様は、何も悪くないのに」

「…………」


困惑するリディアナを置き去りにして、心底嘆き悲しむようにメアリはそう呟く。その言葉に何も言えなくなって、リディアナは思わず黙り込んだ。悪いことをしたはずなのに、侮蔑されても罵倒されても仕方ない罪を犯したのに、それでもリディアナの周りは誰もリディアナが想像していたように責めたりはしない。

レンであったのなら、まだ話はわかった。人外である彼からすれば、人間の禁術なんてそう大したことではないのかもしれないから。けれどこうして泣きじゃくるメアリも、正義感が強いミレーニアも、真面目そうなクラウディオも、誰もリディアナの話を聞いてけれどリディアナを責めようとはしない。それが不可解で、どうしても理解できなくて。


「……こらメアリ、あんまりリディを困らせちゃ駄目よ? ほら、泣きやみなさい」

「ひっく、う……ごめんなさい、リディアナ様」

「……いいえ、私こそ。目が腫れちゃったわね」


そこで傍観していたミレーニアから助け舟が出されたことに、リディアナは安堵した。今のリディアナは想定外のこの状況を飲み込むことに精一杯で、メアリのフォローまでに手が回らなかったのだ。ミレーニアから渡されたハンカチで涙を拭いそうして謝るメアリに、リディアナは困ったように微笑む。メアリはリディアナのために泣いてくれたのだから、謝る必要なんてないというのに。


「……リディ、医務室に行かなくても大丈夫? すごい量の血だったけど」

「ええと、大丈夫かと。彼が治してくれたので」


メアリを引きずるようにリディアナから引き剥がしたミレーニアは、そこで心配そうにリディアナに視線を向けた。その視線の優しさに戸惑いつつも、リディアナはそっと首を横に振る。先程まで己の身を蝕んでいた痛みは、その余韻すらも残さずに消えていた。吐いてしまった血だって、跡形もなく。

それはきっとレンの魔法によるものなのだろうと、リディアナはそっと未だ自分の手を握ってくれているレンを見つめる。ミレーニアも釣られるようにして視線をレンに向けたからか、そこで繋いでいた手は離れてしまったが。それでも痛みとは違い余韻のように残る熱の心地良さに、リディアナは表情を緩めた。


「……ありがとう、繋いでくれていて」

「はいはい。あんたほんと、そればっかだな」


自然な形で零れたリディアナのその言葉に、レンは呆れたように笑う。けれど本当に思っていることなのだ、本当に心から感謝しているのだ。彼が居なければこうして過去を話すことだって、不可能だったかもしれない。話すこと自体が新たな傷になったかもしれない。でもリディアナは陰鬱な過去をこうして話し切る事ができたのだ。きっとそれは手を握ってくれていた彼の影響が大きいのだろう。


「……まぁ、大丈夫ならいいけど」

「ええ。ありがとうございます、ミレーニア様」


ミレーニアは小さく微笑み合う二人を、主にレンを気に食わないという風に見つめたが、けれど特に何を言うわけでもなく言葉を飲み込む。リディアナの死がまだ訪れないということは目でわかってはいたけれど、それでもミレーニアだって驚いたし焦ったのだ。自分の目が間違いで、もしかしてこのままリディアナは命を落としてしまうのではないかと。

けれどそれは結果的に言えば、この少年のおかげで全てがひっくり返った。生意気だし意味のわからない力を使う彼の存在はミレーニアにとってとにかく気に入らないが、リディアナを助けてくれたという点に関しては文句のつけようがない。微笑んでみせたリディアナに苦笑を浮かべて、ミレーニアは頷いた。


「……そういえばレン、そのお花って」

「……あ」


そこで漸く泣き止んだメアリが何かに気づいてか、そんな声を上げる。ミレーニアに引きずられる形でベッドから離れたことで、メアリの視界には先程まで無かったはずの物が映ったのだ。不思議そうなメアリの声に、リディアナは釣られるようにその視線を追った。ベッドのヘッドボード、そこに頼りなく置かれた紫色の花。それは確かに先程まで無かったはずのものである。

メアリの声にか思い出したというように声を上げたレンは、そこでバツが悪そうに眉を下げた。きょとんとした二対の視線に居心地が悪そうに目線を逸し、けれど少年はヘッドボードへと近づく。その細く無骨な指が、頼りなく倒れていた紫色の花を掬った。大切に慈しむような、そんな手付きで。


「……ほら、紫の花」


レンは再びリディアナの前へと戻ってきて、そうして花を差し出す。少し気まずげにも見えるその表情に瞳を瞬かせつつ、リディアナはそっとその花を受け取った。小ぶりなそれはアネモネだろうか。昔花の図鑑で読んだことがある。外側の丸く鮮やかで美しい紫の部分ががくに当たり、中心の黒く密集する部分が花弁なのだと。珍しい形で咲くというその話は、リディアナの頭から消えずに残っていた。


「……もしかして、昨日の話?」

「ん」


無意識の内受け取って、しかしそこでリディアナは思い出す。もしかしてとそう浮かべながらおずおずと問い掛けたリディアナに、レンは視線を逸しつつも確かに頷いた。昨日リディアナは言ったはずだ。彼がリディアナを攫ってどこかの花畑で燃やしてくれるというのなら、紫の花畑がいいと。恐らくこのアネモネは、かつてはその花畑の一部だったのだろう。

ティニア国内であればあらかたの領地に関しての情報が頭に入っているリディアナではあるが、紫の花畑なんて話は聞いたことがない。だというのに話をした昨日の今日でこの少年は、紫の花が咲く場所を探し出してくれたというのか。朝から姿が見えなかったのも、それを探していたから。


胸に込み上げた衝動に思わず花を握りしめて、けれど慌ててリディアナはその力を緩める。折角彼が探してきてくれた花なのだから、丁重に扱わなければ。手で小ぶりな花を優しく包み、リディアナは綻ぶような笑みを浮かべた。手の中で咲くアネモネにも負けないそんな笑顔を。最大限の感謝をその声と、その表情に込めて。


「ありがとう」

「……それでいいのかよ」

「ええ、これが良いわ」


リディアナの言葉にぶっきらぼうに言葉を返したレンは、けれど噛み締めるようなリディアナの声に安心したように表情を緩めた。彼の瞳の色に限りなく近いその花を、リディアナが嫌いになれるわけがなくて。先程まで頼りなく置かれていたその花は、手のひらの中で生まれ変わったかのように佇んでいた。

彼がもしかして自分を嫌いになったのではと、やはり嫌悪を抱いたのではと、この花を見ていると一瞬でもそんな風に考えた自分が恥ずかしくなる。彼はこんなにも自分に、優しくしてくれているというのに。紫のアネモネの花言葉は、貴方を信じて待つ。そんな風にリディアナも思えるようになろう。この先が短いからこそ、彼を疑って過ごすその時間が勿体ないのだから。


「……そろそろ、いちゃつくのやめてもらえる?」

「っ、いちゃ……!?」

「傍から見たらそうしか見えないわよ」


しかし二人の間を包んでいた柔らかな雰囲気は、呆れたようなミレーニアの言葉に壊される。予想外のその言葉に目を見開き声を上げたリディアナに突き刺さったのは、眇められたミレーニアの青灰色の視線で。そう言えば他にも人が居たのだと、そこでそう思い出してリディアナは頬を赤らめる。目の前の少年がそれを気にもかけていないことが、余計にリディアナの羞恥心に突き刺さった。

先程まで泣いていたメアリも、クラウディオも、こちらに微笑ましそうな視線を向けている。その視線がミレーニアの言葉を肯定しているように見えて、リディアナの心は増々追い立てられた。朱色に染まる頬を見られないようにと、視線を下げる。せめてレンも照れていてくれたのなら救いがあったのにと、そんな恨みがましい感情を抱きつつ。


「……そう言えば、どうして今日はお二人で?」


しかし視線を下げたところで生温い空気は変わらず、リディアナはそこで誤魔化すように問い掛けた。とは言えそれは先程から浮かんでいた疑問ではあったのだが。特別講師のような立場を持つミレーニアがこの部屋に来るのなら、それはいつも通りではある。けれど何故か今日のミレーニアはクラウディオと共に訪れた。それがリディアナの目には少し奇妙に映って。


「……ああ、そうだったな」


何か用事があってきたのだろうか、そんな考えから恐る恐る視線を上げたリディアナに、クラウディオは目を軽く見開いた後頷く。どうやら要件を忘れていたらしい。一度息を吐いた青年は、そうして辺りを見渡した。何かを確かめるかのように。


「今日は重大な要件があってこの部屋を訪れさせてもらった。少し時間をいただけるだろうか」

「……重大な、要件?」

「……そう。うちの国に関わってくる、かなり重要なやつ」


辺りを見渡して何かの確認を終えたのか、そこで重々しく告げたクラウディオにリディアナはどこか空気が変わった気がして声を下げた。けれどミレーニアにまでが追従するようにそう告げるというのなら、その言葉は冗談ではないということだろう。一見軽くも聞こえるようにそう告げたミレーニアだったが、その声音と視線は真剣だ。

付き合いこそ長くないが、二人がそんなたちの悪い冗談を告げて遊ぶような人間ではないことくらいは知っている。それならばその重大な要件とは、リティエに関わってくる要件とは、一体何なのか。しかしその重要な要件とやらのためにこの部屋に訪れた理由が到底思い浮かばず、リディアナは思わず眉を寄せた。けれどそんなリディアナの視界の中で、クラウディオが動く。その視線は突然変わった空気に着いていけず、口をぽかんと聞いていたメアリへと向けられた。


「……メアリ・カーラー嬢。貴方に、話がある」

「……へ?」


素っ頓狂な声を上げるメアリ。その声には心底理解できないというような、そんな感情が込められていて。けれどクラウディオは訂正することなく、ただメアリを真っ直ぐに見つめた。それをなぞるようにミレーニアもまた、メアリへと視線を向ける。真剣な二人の視線にメアリはどこか怯えるようにその瞳を瞬かせた。怖いくらい真っ直ぐなその視線を向けられるその理由が、メアリにはわからなくて。

二人の真剣味を帯びたその表情に新たな波乱の予感を感じて、リディアナは瞳を細めた。その隣、レンもまた同じように瞳を眇める。二人のその瞳は警戒するように、真剣な表情を浮かべた王族の二人を捉えていた。一体メアリにどんな理由があって、国に関わるような話を持ってきたのだろう。様々に渦巻く思考の中、沈黙が追い立てるようにその緊張感を高めていった。

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