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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
第四章
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第十五話

「……本来の私は、魔力を持たない人間なんです」


魔力。未だその言葉を口にする度、リディアナの胸は鈍く痛む。劣等感とどうしようもない無力感に包まれて。誰もが持っていて当たり前のそれを、この身は宿さずに生まれた。リディアナ・フォンテットは貴族としても人間としても、欠陥品として生まれたのだ。

にわかには信じられないことを告げてそうして俯いたリディアナに、声を掛けられる人物は居なかった。誰もが目を見開き、そうして瞳を伏せるリディアナを凝視する。この世界に生きる人間として魔力を生まれながら持っているのは当然で、それを持たない人間など聞いたこともなかったから。ある意味ではリディアナは魔力を自由自在に操れる魔法使いであるレンよりも、特異な存在と言えよう。


「……聞いていただけますか? 私の生まれと、禁術という罪を犯すまでに至った、その経緯を」


静かな声で紡ぐ声は儚くもどこか重厚感があって。伏せていた視線を上げて、そうしてリディアナは微笑む。その美貌に浮かぶ笑顔は相も変わらずとても美しいのに、どこか痛々しくて。誰もが信じられないという感情を抱き沈痛な表情を浮かべる中、けれど彼は声を上げた。


「聞く。けど無理はすんなよ」

「……ええ。ありがとう」


驚くようなことを告げたはずだ。到底信じることが出来ない、当人であるリディアナすらも未だ実感を持てないようなことを。けれどどんな時でもレンは変わらずに、リディアナを真っ直ぐに見つめてくれる。そうしていつだって誠実に接しようとも、してくれる。それが嬉しくてリディアナは表情を綻ばせた。その笑顔は先程のような痛々しさはなくて、それを見たレンはほっとしたように僅かに表情を緩める。


「……聞いたのはあたしだもの。ちゃんと聞くから、話してもらってもいい?」

「……はい、ミレーニア様」


結果的にはレンのその言葉に背中を押される形になったのだろう。それが不満なのか眉を寄せながら、けれどミレーニアもまたリディアナに真っ直ぐに向かい合ってくれた。いつかを思い出す思慮を宿した視線に、リディアナは頷く。荒唐無稽な話をとりあえずではあるが、信じてくれたことに安堵した。

メアリも、クラウディオも。窺うようにリディアナが視線を向ければ頷いてくれる。それでようやく話してもいいとそう安堵して、リディアナは息をついた。そうして再び深く呼吸をして、リディアナは頭の中に描く。自分が辿って来た、八歳を迎えてからの決して幸福とは言い難いこれまでの軌跡を。


まだリディアナが産まれる前の話。リディアナの父と母は舞踏会で出会ったという。公爵家の一人息子であった父と、子爵家の次女であった母。身分差のある二人ではあったが、運命的とも言えるような恋を二人は叶えた。お互いの美貌のおかげか、周りがその恋を後押ししたというのも大きかったのだろう。

しかし周囲の理解は得られても身内の理解を得ること、その道は険しかった。何故ならばフォンテット公爵家は先々代の経営手腕の問題で、没落から立ち直ったばかりの立場だったからだ。当然先代の公爵と、その幼馴染であり彼を支えてきた夫人は二人の結婚を反対した。アーノルドはもっと立場ある令嬢と結ばれるべきであると。


「……ふーん? 恋愛小説みたいな話ね?」

「そ、それから御二方はどうなったんですか……!?」


ミレーニアとメアリがその瞳に好奇心を宿して相槌を打つ。一方クラウディオとレンは難しい顔だ。男性と女性では抱く感情が大分違うのだとリディアナはそう考えつつも、話を続けた。


結果としてアーノルドとアナスタシアは結ばれた。アーノルドの熱意に押されたと、昔祖父と祖母がそう話してくたことがある。結局これから話す事件をきっかけに疎遠になってはしまったが、幼い頃は二人にリディアナも可愛がってもらっていたのだ。思い出した懐かしい温かな記憶に瞳を細める。八歳からそれ以降の九年、それよりも前はリディアナにだって人並みの幸せがあったのだと。

子爵家に援助などは出来ないという話をつけ、そうしてリディアナの両親は結ばれた。当時は社交界随一とも言われた美男美女同士の結婚に、周りは嘆き湧いたという。そうしてその子供に期待が高まった、とも。そうしてそんな大衆の期待が寄せられる中、リディアナは生まれたのだ。


「生まれたばかりの頃は、その期待に答えられていたと思います」


リディアナはフォンテット公爵家の一人娘として生まれた。両親の美貌を受け継ぎ美しく、才覚も申し分のない令嬢として。奇しくも自分は大衆の期待通りの令嬢として、生まれた。いや、生まれられたと思っていた。

しかしリディアナを産んだはいいものの、母であるアナスタシアは今の病に掛かる前から病弱気味で。到底それ以上の後継を望めるような体ではなかった。けれどリディアナの能力の高さ故に次期フォンテット家の後継者という問題においては、リディアナが婿を取るという形で落ち着いていたのだ。ある時を迎えるまでは。


「……でも、それは私が八歳を迎えた時に反転したんです」

「……魔力を測ったのか」


クラウディオの言葉にリディアナは頷く。その時までは自分に明るい未来があると、そう信じて疑っていなかったのに。自分の手を見下ろし、そうしてリディアナは苦笑を浮かべた。思い出すのはあの日両親と祖父祖母に見守られて、そうして透明な水晶玉に触れた時のことだ。思い出すと今でも動悸に震えそうになるほど、その記憶は手痛い形でリディアナの脳裏に染み付いていた。


「私が触れた水晶玉は……光らなかった」


こうして語ることでより強く思い出す、あの日の混乱を。本来ならば持ち主の魔力に反応して輝く水晶は、しかしリディアナの手によって光ることはなかった。故障しているのかと父が慌てて別の水晶を買って試しても、変わらず光ることはなくて。それを何度か繰り返して、そうして漸く自分も周りも理解したのだ。本来ならば誰もが持っている魔力が、リディアナには備わっていないことに。

魔力を測ることの出来る水晶は、街で保有していたり村で保有していたりと、本来は貴重なものだ。しかし貴族となると、家で保有している者が多い。婚姻関係を結ぶ点に置いて、貴族は平民よりも魔力というものに重点を置くからだ。家で保管していたものと新たに買ったもの、三つ程。そのどれもがリディアナの手では輝いてくれなかった。試しに父が触れたところ水晶は問題なく輝いたのだ。それはもう、一目瞭然ということだろう。


「……当時その事実は、伏せられました。だってそうでしょう? 公爵家の令嬢が魔力を持たないなんて、家にとっては醜聞も良いところだったんです」

「……そう、ね」


力なく微笑むリディアナに、ミレーニアは重々しく頷いた。これが平民だったのなら、問題はなかったことだろう。魔力がない存在というのは聞いたこともないが、日々を生きる彼らは日常生活で使えもしない魔力に重点を置いたりはしない。リディアナがもし平民であったのなら、多少は奇異な視線を向けられるも普通の人間として生きられただろう。しかしリディアナは、高位貴族の令嬢として生まれてしまったのだ。


「父と母は先代の当主の反対を押し切ってまで結婚して、そうして生まれたのが私。魔力を持たない欠陥品」

「リディアナ様……」

「……当然というように、祖父祖母の母への風当たりは強くなりました。憎しみとも、そう呼べるほどに」


聞くに堪えない罵詈雑言、それが向けられたのが自分だったらどれほど良かっただろう。それならば辛くても悲しくても、リディアナは禁術への一歩は歩まなかったかもしれない。けれど理性的であった祖父祖母が、子供にそんな言葉を掛けることはなかった。その矛先が向いたのは大事な息子を誑かし、そうしてリディアナを産んだアナスタシア。

その感情が理解できないとは言えない。祖父は先代の当主のせいで貴族にあるまじき苦しい生活を送っていたという。そんな状況を血の滲むような努力と、気が遠くなるほどの歳月を掛けて建て直したのだ。そんな祖父の幼馴染であり婚約者であった祖母は幼い頃からいつだって、祖父を献身的に支えていたという。没落という危機から今のフォンテット家まで返り咲くのが、並大抵のことでないことくらいリディアナにだってわかる。だからこそ二人がそれを再び危機に陥らせた原因とも言える母に、憎しみを抱くのも。


「……私が居る時は、いつだって二人は優しくて。でも一度私が姿を消せば、怖い顔で母に詰め寄って」

「……リディ」

「お前のせいだ、どうしてくれる気だ、あの子に申し訳ないと思わないのか……隠れて聞いたその言葉が、どうしようもなく痛くて」


日々過激化していった恐ろしい言葉達。その一端を担ったのはきっと、父であるアーノルドでもあった。魔力を持たないリディアナの夫になりたいと思う人間なんて、居ないかろくでもないかのどちらかだ。故に祖父祖母は別の跡継ぎを求めた。アナスタシアはもう子供を産めるような体ではなかったから、妾を取るようにと。

しかしアナスタシアに盲目とも呼べるような愛を注いでいたアーノルドが、その言葉に頷くことはなく。日に日に家の雰囲気はどんどん悪くなっていった。絶えず言い合いを繰り返す父と祖父祖母。罪の意識を抱いていた母ではそんな両者を止められるわけもなく。表面上は両者ともリディアナにその姿を見せないようにしてくれてはいたが、聡いリディアナは気づいてしまっていたのだ。日々愛する母のその表情が、憔悴していくことにだって。


「……そして。祖父祖母から繰り返される日々の罵倒に憔悴していた母は、流行病にかかりました。元々体が強い人ではなかったけれど……一番の要因はきっと、心が弱っていたから」


決してアナスタシアは弱い人ではなかった。それはリディアナが断言する。語った通り体こそ強くはなかったが、その分だけ母は意思が強く凛とした人だったのだ。リディアナが強く尊敬するほどに。けれどどんな人間であっても身内に毎日のように責められ、そうして本人すらもそのことを重責に感じていたのなら? 想像は決して難しくないだろう。


「……九年前というと、ザハトからの」

「ええ。それほど悪性が強いわけでなかったのですが……病弱だったが故に母はその病を拗らせてしまったのです」


クラウディオの言葉にリディアナは頷く。九年前、ティニアの隣国であるザハトから広まったその流行病は、十五年程前の流行病に比べればその悪性は強くなかった。しかし感染力が強く、免疫の下がっていたアナスタシアはその病に侵されてしまったのだ。そうして本来は弱い病のはずのそれが、アナスタシアを強く長く苦しめた。

心が弱る中流行病を拗らせた結果、アナスタシアの心臓には更なる普段が掛かったのだ。元より強いというわけでもなかった母の心臓は、その病を期に一気に衰弱した。あの時死ななかったのが奇跡とも呼べるほどに、アナスタシアは死の淵を彷徨ったのだ。けれど何とか生還したアナスタシアを待っていたのは、残酷な現実で。


「……その病を期に、母の体は増々弱り。そうして主治医にもう十年生きられるかどうか、そんな診断を下されたのです」

「……そん、な」


震えるようなメアリの声に、リディアナは苦く笑った。誰もが沈痛な面持ちで、語るリディアナを見つめる。リディアナの声は淡々と語っているようで、しかし時折揺らいでいた。まるで涙を噛み締めるように、過去を飲み込むように。

そんな声からは、未だリディアナがその過去を乗り越えられていないのだということが想起できる。けれどリディアナはその痛みを隠すように微笑み、決して涙を流そうとはしない。そんな笑顔だからきっと、見る人の心がどうしようもなく苦しくなるのだ。


「その、診断を聞いたときのことでした」


静まり返った部屋。残酷な現実に誰もが言葉を失う中、リディアナはされど話を続けた。自分が禁術に手を染めようとしたその確信に、迫るように。思い出しては未だ心臓が震える。けれどそれでも、これを話さなくては何も話すことが出来ないのだ。そう自分に言い聞かせて、リディアナは瞼の裏にあの日を描いた。あの日凍るような冷たい青色に見下されて、そうして告げられた言葉は。


「『お前が生まれなければよかった』」

「っ!」

「……苦しげに眠る母を見下ろした父が、私に掛けた言葉でした」


残酷な言葉に息を呑んだのは、誰だったか。胸にしこりという形で長年引っかかっていたその言葉は、案外あっさりと言う事ができた。胸元に居たときの方が苦しかっただろう、喉元に居たときのほうが痛かっただろう。けれど告げてから、どうしようもない虚無感がリディアナを満たしていく。どうして自分がここにいるのだろうなんて、そんな疑問が生まれるほどに。

自分の存在がなかったことにならないだろうか。リディアナが居なかったことになれば、家族や周りは物語のような幸せな結末を迎えられるのではないだろうか。いつか願いかけたそんな思いがぶり返す。けれどそれなら自分の存在理由は一体何なのだろう。父の言う通り、どうして自分は生まれてしまったのだろう。


「!」

「……それで、どうした」


けれど突如として胸の中に生まれた虚無感は、握られた手によって掻き消えていく。扉の前に立っていたはずのレンはいつの間にかリディアナの手を握って、目の前に立っていた。少し眉を下げながらも少年は優しくリディアナの手を握り、座るリディアナを見下ろす。どこまでも優しい視線で、ここにいるリディアナを肯定してくれるように。促すような言葉に、その視線に、リディアナの口からその言葉は自然と零れ落ちた。


「……だから私は、禁術に手を染めたの。私が母から奪ったもの全てを、返すために」

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