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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
第四章
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第十一話

別れを告げた夕暮れから時はあっという間に過ぎ去り、翌日の朝。昨日ゆっくりと休めたからか、今日のリディアナは久々に清々しい朝を迎えていた。頭痛も収まり、燻っていた熱も僅か。今日ならば昨日のように倒れることもないだろうし、無事にレンに話をすることが出来るはずだ。しかしそんな気持ちで神殿へと向かったリディアナを待っていたのは無人の門で。


「……今日は、居ないのかしら」


寒空に寂しがるような、そんな小さな呟きが落ちる。無意識のうちに零したそれは、リディアナの心に小さな痛みを与えた。いつもならば門の前で待ちくたびれたと、そんな表情を浮かべているレンが居るはずなのに。馬車から下りて向かった先、いつもの二人の待ち合わせ場所。冬が訪れ僅かに凍った白い道に、リディアナの良く知る少年は立っていなかった。柔らかい亜麻色も、吸い込まれそうなほどの紫色も、どこにも見当たらない。

そう言えば今では彼が迎えに来てくれることに慣れていたが、前まではこれが普通だったのだ。寒空の中に一人、それが当たり前だったのだ。なのに心の中に空いた穴と、そこに雪のように積もり始めたこの焦燥感は一体何なのだろう。一時期レンとぎくしゃくしていた時を思い出し、リディアナは僅かに眉を下げた。けれど今回はそんな心当たりもない。不吉な予感に首を振り、バスケットを手に持った美しい少女は歩き出していく。ここでいつまでも足を止めていては、周りの人に迷惑だろうからと。


「あら、おはようございます。フォンテット様」

「おはようございます、シスター。今日もお勤めお疲れ様です」

「ふふ、これがお役目ですから……あら、あの子はいらっしゃらないんですか?」


焦燥感を振り切るようにして、リディアナはいつもよりも早足で歩いていく。そんな道中の最中、今日も掃除をしていた顔馴染みのシスターにそこで声を掛けられた。教育係として務め始めた最初の頃はその身分からか怯えられていたが、今ではこうしてあちらから声を掛けてもらえるほどには友好的な関係を築けている。柔らかな笑みを浮かべて挨拶を返したリディアナにシスターは微笑むと、そこで不思議そうに首を傾げた。その問いかけに心臓が僅かに軋む。


「……ええ、今日はまだ会っていませんね」

「あら、珍しいですね。無愛想なあの子も、フォンテット様には驚くくらい懐いていらっしゃるのに」


意外そうなその言葉にリディアナは苦い笑みを零した。レンは貴族や外部の人間には面倒事を避けるためか愛想良く接するが、元から居た神殿の人々に対しての態度は未だ刺々しい。恐らくそれには使者の件や、レラが起こした一連の事件が関わっているのだろう。レンは基本的に、神殿で暮らす人々を嫌っている。いやそもそも彼の生まれのことから考えるに、元々人間が好きではないのかもしれない。

彼の過去やここで起きた事件を考えればレンのそれは当然だとも思うのだが、その反面リディアナは勿体ないとも考えていた。排他的でこそあるがレンは根が優しい少年だ。本人に告げれば恐らく否定されるだろうが、少なくともリディアナはそう思っている。彼が人との交流を自ら拒みさえしなければ、こういう風に無愛想と言われることも無いのにと。


「そういえば……今日の食事の時間にも顔を出していなかったような」

「……食事の時間、ですか?」

「ええ。神殿の人間は午前中の内に労働をする者が多いので、朝食を取るのが慣例となっているのです」


しかしそこでシスターが告げた言葉に、リディアナは思わず問い掛け返した。シスターはリディアナの問い掛けにおっとりと微笑み、そう教えてくれる。リディアナもまた笑みを浮かべそんな彼女の話を聞いていたが、けれどその心の内では更なる焦燥感が募っていった。朝食を取るのが神殿では慣例となっているのなら、真面目なメアリもそれに習っている可能性が高い。そうしてメアリの行動にレンが追従するであろう可能性も、また。


「……教えてくださりありがとうございます。それではシスター、そろそろ失礼しますね」

「はい。どうか本日もフォンテット様に、大妖精様のご加護がありますように」


敬虔に祈ってくれたシスターに淡く微笑み、リディアナは先程よりも早足でメアリの部屋へと向かって行った。浮かぶ様々な悪い想像を、その足で振り切るように。どうかメアリの部屋で、いつものように不遜な表情で居てほしいと。けれどそんなリディアナの願いは、大妖精様の元には届かなかった。


「レン、ですか……? それが、今日は姿を見てなくて」

「……そう、なの」


リディアナ様を迎えに行ったのかと思ってましたと、出迎えてくれたメアリはそこで眉を下げる。駆け足だったせいで乱れた呼吸を整えながら、リディアナはメアリと同じように眉を下げた。メアリですらも姿を見ていないというのなら、一体レンはどこに行ったのだろうと。

最近のレンはリディアナの訪れる時間を大体把握し、神殿の門の前で待ってくれていた。そんなレンを知っていたからこそ、メアリも姿が見えないことに対して心配をしていなかったのだろう。しかし名目上はメアリのお世話係としてこの神殿で暮らしているレン。今日の彼の姿をそんな世話の対象であるメアリも見てないのは、おかしな話であった。


「うーん……レン、確かにたまに居なくなることはあったんですけど、そういう時は先に言っておいてくれるんです」


メアリは眉を下げながらも心配そうに呟く。そうだろうとリディアナは相槌を打つようにメアリへと頷いた。レンはメアリを何よりも大切にしている。それは鈍感で天然なところがあるメアリにも、こうして伝わっているほどだ。そんな彼がメアリにも事情を告げずに姿を見せないこと、それがリディアナとメアリの二人により強い不安を齎した。


「まさか何か事件に巻き込まれて……!」

「……いえ、彼は用心深いし。それにこの神殿かその付近で事件が起こってたら、メアリも巻き込まれてるんじゃないかしら」

「う、確かに」


顔を青ざめさせたメアリにリディアナは首を振る。レンのことだ、恐らく事件性は低いと考えるべきだろう。神殿の中を歩いてきたが、今日もこの神殿は平和そのものだった。シスターもいつもの日課の掃除に励んでいたことだし、道行く人に違和感も感じられなかったのだから。

ただと、そこでリディアナは眉を寄せる。これはメアリには話せないことではあるが、レンは移動の魔法が使えるのだ。魔法を使いレンが遠方に出て、そこで事件に巻き込まれた可能性もあるだろう。とはいえ、用心深い彼が遠方で人に姿を見せるだろうかという疑問も残る。となると残された可能性は、自然と一つに絞られた。


「……どこかに、隠れているとか?」

「……でも、どうしてでしょう」


それはレンが意図的に姿を隠しているということ。理由こそはわからないが、現在考えられる状況で一番可能性が高いのはその答えである。ただどうしてと、メアリと同じようにリディアナもその答えがやはりわからない。何故ならばリディアナは昨日確かに彼に話をすると、そう告げたのだ。そしてその言葉にレンは確かに頷いていた。それならば何故レンは姿を消したというのか。

考え込む。リディアナの話をやはり聞きたくなくなったのか、はたまた日を置いたことで禁術を使ったリディアナに嫌悪感を抱いたのか。頭に浮かぶのはそんな陰鬱な思考だ。レンがそんな人物ではないとわかっていても、絶望的な程までにリディアナの心に刻まれた負い目がそんな思考を後押しする。もしそうだったらと、それを想像することすらも拒んでしまう程に。


「……アナ様、リディアナ様?」

「っ、あ、ええと……」


深く思考に浸っていたからか、リディアナは自分に声を掛けるメアリに気づかなかった。困ったような声音で名前を呼ばれて、リディアナはそこで漸くメアリの存在を思い出す。黄緑色の瞳は心配げな色を宿し、優しくリディアナを見つめていた。視線がかち合ってそこで、メアリはふわりと微笑む。それは人を安心させるような、優しい笑顔だった。


「大丈夫です。きっと帰ってきますから」

「……ええ、ごめんなさい。私がしっかりしなくてはいけないのにね」

「いいえ! リディアナ様に元気がない時くらい、私がしっかりしますよ!」


リディアナ様にはいつも助けられてますから! そう意気込むように強く告げたメアリに、リディアナは柔らかい笑みを零す。頷きながらもいつの間にか随分と頼もしい存在になっていたと、内心感慨深い物を抱いた。出会った頃のメアリはサラが齎した噂のせいで周囲の視線に、評価に怯えている少女だったのだ。けれどそれが無くなったことで、鳥籠に閉じ込められていた小鳥は大空へと飛び出したらしい。


「そういえば、体調は大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。昨日は突然お休みをもらっちゃって、ごめんなさい」

「いいえ! 寧ろもっと休むべきです!」


心配そうな声も、謝ったリディアナに気を使う言葉も、全てが優しさに満ちていて。けれど昨日は結局甘えてしまったことだし、これ以上支えるべき対象であるメアリに甘えるのは良いことではないだろう。今日は久方ぶりに体調もいいことであるし、今後のためにしっかりと彼女と励まなければ。

そう、レンが居なくてもリディアナがすることは変わらない。少し心配ではあるもの、見た目にそぐわずしっかり者の彼ならばきっと大丈夫なはずだ。リディアナはメアリが自信を持ってこれからの大舞台に立つために、協力をしなければ。それが自分がここに居る役目だ。思考を切り替えてリディアナは笑うと、いつも席に座った。


「お気遣いありがとう。でも今日は調子がいいから、一緒に頑張りましょう」

「はい! リディアナ様にお手数をおかけしないよう、精一杯頑張りますね!」


リディアナが微笑んだことに、メアリも安心したように弾けるような笑顔を浮かべる。メアリにとって憧れの人であるリディアナを自分が少しでも励ませたのが、嬉しくて。そう、メアリにとってはいつかリディアナの友人だと、そう胸を張って言えるようになるのが目標の一つなのだ。そんな理想に今日は少しだけ近づけた気がした。


「さて、今日はパーティーに向けてのマナーの総括といきましょうか。連日で続いているけれど、大丈夫?」

「大丈夫です! 頑張ります!」


メアリの返事にリディアナは優しく微笑む。今日もその容貌も所作も、現実味が無いほどに綺麗で。持ち込んだ本を開いて吟味するリディアナのその姿が、メアリは好きだった。メアリにもわかるようにと噛み砕いて説明してくれる彼女には、いつだって一縷の隙すらも無かったから。


「それなら、じゃあ……っ!」

「……リディアナ、様?」


今日も女神のように美しいリディアナに見とれていて、だからこそメアリは一瞬反応が遅れた。優しい微笑みを突如として苦痛の表情に変えるリディアナ。そうして椅子から崩れ落ちていく彼女の姿は、まるで舞台の上の登場人物を見ているように現実見がなかったから。メアリの前で赤が散る。いつかの惨劇を思い出すような、そんな赤が。

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