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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
第一章
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第五話

「レンも一緒に勉強……ですか?」

「ええ、本人からの希望でね」


きょとんと目を丸めたメアリにリディアナは微笑んでみせた。メアリの隣に立つ少年、レンという名前だと知った彼から抗議の視線が送られてきているような気がするが、それにもにっこりと微笑んでみせる。そんなリディアナに気圧されように彼は睨みつけるのを止めたが、その表情にまだ不満は残っていた。


彼の名前はレン。メアリ曰く同じ農村で育った幼馴染で、その縁からこの神殿に滞在することになったとのことだ。

何でも、神殿側は突然現れて言葉少なにメアリを連れて行こうとしたらしく、そんな神殿の使いを警戒してレンはメアリの同行を申し出た。そうしてメアリもまた、半ば誘拐のように連れて行かれそうになったことに警戒を募らせ、レンが居なければ行かないと告げたらしい。そんな抵抗に折れた神殿側が、異例とも呼べるその同行を許可したらしいのだ。そうして今では彼はメアリの世話係として神殿に滞在しているとか。


コルトが言っていた、神殿関係者は彼に嫌われている。その理由は恐らくこのことが発端なのだろう。大切に思っているであろう幼馴染が誘拐まがいに連れ去られそうになったかと思えば、今度は冷遇にも近い環境に身を置かされて。そんな出来事たちは、どうやら中身も少年らしい彼の神経を尖らせるには十分な理由だった。メアリが経緯を話してる際も、どこか表情を硬くしていた様子であったし。


「彼にはやりたいことがあるらしくて。それには知識が不可欠だと考えたの」


ひとまず彼の事情は置いておくこととして、リディアナは持ってきたバスケットから絵本を取り出した。その言葉にメアリは感心したように頷き、レンは胡乱げに息を吐く。あまり乗り気ではないようだが、席を外さないことを考えるに取り組む気はあるらしい。少年の態度に苦笑しつつ、リディアナは持ってきた紙を何枚か手にとった。

祈りの時間が終わり、三人でメアリの部屋に戻ってきた時そこにもうコルトは居なかった。忙しい身であるというのにも関わらず時間を割いてくれた彼にきちんとした礼を返せなかったことに残念な気持ちにはなったが、変える時間までもうあまり余裕はない。礼はまたの機会にすることにして、今日は少しでも二人の勉強を進めることにしたのだ。


「二人は文字は読めるかしら」


絵本を吟味しながらリディアナはそう尋ねる。少しなら、そう自信なさそうに答えたメアリと、首を横に振ったレン。メアリは少しだけ施された教育のおかげで、文字に触れる機会があったのだろう。けれどレンには経験がない。周辺国に比べそれ程識字率が高くないこの国では、小さな村で暮らす人々が一生文字に触れずに生涯を終えるのも珍しくない。予想通りの答えにリディアナは頷き、一冊の絵本を手にとった。


「それじゃあこの本から始めましょうか。私が小さい頃に初めて触れた本なの」

「リディアナ様が?」

「ええ、お母様が教えてくれてね」


お母様、その言葉に自然とリディアナの表情は緩んだ。そうして浮かべた微笑みは今日の間にメアリたちへと見せた笑みとは比べ物にならないくらいに美しく、そんなリディアナに二人は思わず息を呑む。そんな二人の様子に気づかず、リディアナはそのタイトルを手袋越しの指で優しくなぞった。

「大妖精と王様」この本ならばこの国の歴史に軽く触れているし、わかりやすい文章で勉強にもぴったりだろう。物語も優しく温かいものだし、きっとメアリの心に更なる負担を掛けることもない。


「二人共、紙をとって……何かしら?」

「っ、なんでもない! ほらメアリ、やるぞ」

「う、うん……」


そこで漸くリディアナは二人の様子に気づく。どこか呆けたようにこちらを見つめる二人に思わず首を傾げると、先に硬直が解けたらしいレンに首を激しく振られた。レンは取り繕うように慌てた様子で紙を二枚取ると、一枚をメアリへと差し出す。声を掛けられたことで硬直が解けたメアリも、挙動不審な様子でまた紙を受け取る。

そんな二人の不自然な様子に首を疑問を覚えるも、問いただすことでもないだろうと判断したリディアナは頷いて絵本を開いた。時間が余りあるわけではないのだから、一秒であろうと無駄に出来ないのだ。


そこから始まった初日の勉強の時間は、リディアナが想像していたよりもよっぽど意義のあるものになった。少しだけ、だなんて謙遜していたメアリだったが基本の常用単語などの最低限は覚えていたし、もう一人の生徒であるレンの理解力もまた、思わず感心する程に優れていた。吸い込むように文字を吸収していくレンを嬉しそうに見つめるメアリも今日で更に文字への理解度を深めたようで、どこか生き生きと勉強をする二人にリディアナの顔にもいつの間にか自然な笑顔が浮かんでいた。


「……なぁ、これ」

「? 何かしら?」


そんな和やかな勉強会の最中、レンは物語の一節を奇妙に思ったようでリディアナに視線を向けた。彼が指差すページ、そこに描かれているのは大妖精を見つけた王様と、王様に見つけられて驚く黒い大妖精の姿である。ここから繊細なタッチで大妖精の姿が黒から赤へと変わっていくシーンは、幼少期の頃リディアナが一番好きだった場面である。何度も母に強請って、そのシーンばかりを読んでもらうくらいには。

古い記憶に懐かしさと痛みを覚えつつ、リディアナは首を傾げた。そんなに奇妙に思うシーンではないはずだが、一体何に疑問を抱いたのだろう。不思議そうな表情のリディアナとメアリに空見つめられ、レンは眉を顰めながらも問いかける。


「普通大妖精は人間には見えないんだろ。なんでこの王様は見えたんだよ」

「あ、確かに……! でも物語なんだし、そういうこともあるんじゃないかな」

「それで片付けるのはなんか不自然だろ」


レンの疑問に同調しつつも、首を傾げたメアリ。幼馴染というだけあって、その口調はリディアナに抜けるものと比べ随分と気安い。そうしてレンもまた、メアリに掛ける声だけはどこか優しく険がなかった。外見としては姉と弟のように見えるのだが、レンが早熟で聡明な少年だからか、その会話は同い年のそれに近い同等さがあった。

そんな二人の微笑ましい雰囲気はともかくとして、リディアナはレンの言葉に小さく笑った。実はそれにはちゃんと理由があるのだ。物語だから、そんな理由ではなく史実に基づいた確固たる理由が。


「そうね……どこから説明すればいいかしら。とりあえず、王族の方々の魔力が一般的に高いというのは二人は知っている?」

「はい、知ってます!」


元気よく返事をしたメアリにリディアナは微笑みかけ、レンの方も確認する。小さく頷いた少年の瞳には勉強を始めるまでの胡乱げな色はなく、好奇心で満ちていた。一生懸命食らいつこうとするメアリと、好奇心旺盛で優秀なレン。教えるのが楽しい二人だと考えながらも、リディアナはなるべくわかりやすいようにと、頭の中で言葉をまとめる。


「王族の方々のように魔力が高い人の中では稀に、魔眼と言われるものを持って生まれる人が居るの。この国の初代国王様はその魔眼の一種を持っていらして、その魔眼は妖精や精霊といった目には見えない者を見ることが出来る力があったらしいわ」


魔眼。それは子供向けの絵本には描かれない、重厚な歴史書などに乗っている伝承の一つだ。ティニア国の他にも魔眼を持って国をまとめた王は世界各国に存在していて、歴史研究家などは未知なる歴史を探すために、魔眼の研究に勤しむ者も居るのだとか。

とは言え魔眼の持ち主はそう多いわけでもないし、魔力の高い人間と限定されるだけあって大体は身分の高い人間ということになる。その他人道的な問題も相まって、その研究は余り進んでいないらしい。


「……一種?」

「ええ、一種。魔眼には様々な種類があるらしくて、その種類は誰にも把握できないと言われているわ」

「他にはどんなのがあるんだ?」


どうやらレンは魔眼に興味を惹かれているらしい。熱心な視線を投げかけてくるレンから視線を逸らし、メアリの方に目を向ける。しかし彼女もまたこの話に興味があるようで、わくわくとした表情でリディアナを見つめていた。

文字の勉強という枠から外れてきている気もするが、歴史の勉強にはなるか。そう考えたリディアナは苦笑を浮かべつつも一つの話を思いついた。貴族間で流れる噂程度の話だったが、かなり信憑性が高いと言われている話だ。二人の好奇心を慰めることは出来るだろう。


「現王様が確か、未来予知の魔眼を持っているという話があるわね。なんでも時折自分の未来が見えるんだとか」

「未来予知!? すごいですね……!」

「本人が公言しているわけではなくて、あくまで噂よ。けれど数々の難局を今は亡き王弟殿下と超えてきた方だから、信憑性は高いらしいけど」


アラン・フォン・ティニア。未来予知の魔眼を持つと噂されるほど、この国に起こる災害を未然に防いできた今代の陛下だ。疫病や食糧不足など他国には蔓延したそれらからこの国を守り、更には周辺各国の助けにまで手を伸ばした賢王。その才や公明正大な人格もあって、国民には強く慕われている。

今は亡き双子の弟であり王弟殿下であったクロード・フォン・ティニア殿下とは強い絆で結ばれていたらしく、彼が病に倒れ命を落としたときには国を上げて盛大な葬儀を開き、彼を見送ったとか。リディアナはその時まだ五にも満たぬ子供だったので、その葬儀のことを覚えてはいないが。


「魔眼が気になるのなら、詳しく書かれた文献を今度持ってくるわ。結構難しい内容だけれど、とりあえずそれを読めるようになるまで、文字の勉強を頑張りましょうか」

「はい!」

「……ん」


どうやらやる気が出たらしく、瞳を輝かせて絵本に釘付けになった二人にリディアナは優しい目を向けた。少し話が逸れてしまったが、結果的に二人を鼓舞することになったのならプラスな結果と呼べるだろう。

迎えの時間が来るまで後少し。二人を見守るリディアナは、暮れてきた空を窓越しに見つめると手元に目を向けた。二人の現在のレベルに合わせて作り始めたちょっとした文字のテストが、それまでに完成するといいのだが。

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