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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
第三章
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第六話

「ええと……よろしければご案内致しましょうか?」

「……すまない」


昼と同じような会話を繰り返し、リディアナとクラウディオはお互いに苦笑を浮かべた。何故ならばお互いの連れが警戒するように険しい表情を浮かべているからだ。

クラウディオの隣に立ち、その腕に寄りかかるようにしている赤毛の少女はリディアナを睨みつけている。そしてリディアナを庇うように前に立つレンもまた、言葉を発さずに二人を見つめていた。その紫が雄弁に警戒の二文字を語る。


「……こら、失礼よ」

「ミレーニア、睨みつけるのをやめろ」


レンの裾を引いて柔らかく窘めたリディアナと、呆れたように少女に声をかけるクラウディオ。そんな制止の声が重なった。不満そうにそっぽを向いた少女とは違い、レンはそんなリディアナの言葉に素直に頷く。しかしリディアナは気づいていた。そうしてリディアナの背後に回った彼の、その瞳が少しだけ赤く染まっていることに。

恐らく彼らが怪しい行動を取れば手を出すことも辞さない気なのだろう。他国の王族にそれはまずいとリディアナは僅かに汗を滲ませた。いや、レンならば記憶の操作なども可能なのかもしれないが。


「……お兄様、この人」

「……成程。だがそれは後でいい、お前にも説明をするから」


リディアナが脳裏に不敬とそんな文字を浮かべる中、背後の二人は小さな声で会話をしていた。生憎その声はレンをどう止めようかと悩んでいるリディアナには届かなかったが、警戒心を尖らせていたレンはそれをはっきりと聞き取る。


「……フォンテット様、お家の方が待っているでしょうし僕がお二人をお送りしますよ?」

「い、いえ……その、失礼があっては大変だから、ね?」


レンはそんな二人の会話に何か含むものを感じたが、それを一時的に無視して無邪気な少年のように可愛らしい笑みを浮かべた。けれどその瞳の奥は決して笑っていない。意図された物かはわからないが、二度に渡る侵入でレンはすっかりこの訪問者たちへの信頼を失っているらしかった。リディアナは彼の慣れない態度に表情を僅かに引き攣らせつつも、微笑んで首を振る。

リディアナから見ても怪しい人物たちの中に、子供の姿のレンを一人取り残すわけにもいかないだろう。それにレンには過激な一面がある。恐らくメアリ程では無くても、リディアナが居ることは彼の抑止力になるはずだ。


「……ええと、クラウディオ殿下に、それと……」

「……ミレーニア。ミレーニア・ウォル・リティエ。リティエ王国の第一王女よ。お兄様とは双子で、私が妹」

「丁寧なご挨拶、ありがとうございます。私はリディアナ・フォンテットと申します。大聖堂までご案内させていただきますね」


可愛らしい笑みの中、不満そうな表情を浮かべたレンを何とか押しとどめ、そうしてリディアナは振り返って美しい微笑みを浮かべた。ミレーニアとそう名乗った少女の自己紹介に、そうして頷きつつ。

クラウディオと同じ赤毛と青灰色の瞳を持つ美しい彼女は、未だリディアナに警戒するような視線を送ってはいるものの、クラウディオのお陰かとりあえず睨みつけることはやめてくれたらしい。リディアナはその事に安堵しつつも、先導するように前に立っていた二人を追い越した。案内するにはともかく、前につかなければならないだろう。


レンもまた、そんなリディアナにぴったりとくっつく。子供の姿だからこそ二人には違和感として映らないだろうが、リディアナから見ればそんな彼の態度は少し違和感を感じるものだった。演技とはわかってはいるが、人見知りをする子供のようなその振る舞いは、あまりにも普段の大人びた姿とは違いすぎるので。

彼らを大聖堂まで案内するために歩き始めて、そして無言が続く。クラウディオと二人の時は無言が気にならなかったが、ミレーニアとレンが発するプレッシャーのせいか今は無言が重圧に感じた。それに耐えられなかったリディアナは、先導しながらも後ろを歩く二人に恐る恐る問い掛ける。


「その、失礼かとは思いますが……」

「なんだろうか」

「……ここの入り口には見張りの神殿騎士様が立っていたはずなのですが、お二人はどこからここまで入られたのですか?」


実際気になっていたことではあったのだ。どうして彼等が関係者以外は立ち入り禁止である、しかもこんな最奥に二度も来たのかが。

けれどそんなリディアナの問い掛けに即座に返事を返してくれたクラウディオは、眉を下げて沈黙した。その瞳はどこか気まずそうに逸らされる。後ろめたさはない、けれど答えるのを躊躇っているようなそんなクラウディオの態度にリディアナは首を傾げた。そうして一拍の間の後、呆れたような声でミレーニアが代わりに答えを告げる。


「お兄様は方向音痴なの。変な獣道とか低木の先とかも道とみなすから、しょっちゅう迷子になるのよ」

「まぁ……」

「今回みたいにあたしを案内するって連れてって、それで迷子になることもしょっちゅうよね」

「す、すまない……」


責めるような妹の声にクラウディオはますます眉を下げた。ということは、後ろ暗いことは何もなく本当にただ迷っただけだというのか。驚くリディアナを他所に、レンは少しだけ警戒を緩めた。嘘をつくならばもっとまともな嘘をつくだろう。ミレーニアの声には偽りが含まれている気配もないし、一応はその言い分を信じてみても良いのかもしれない。

リディアナはそんなレンの様子に気づかず、驚いた声を上げた後に笑みを浮かべる。レンと同じようにそれが本当ならば、彼等を疑う必要はないのかもしれないと考えたからだ。小さく頷いた後、けれどそこでまた疑問が浮かんでリディアナは今度はミレーニアに問い掛ける。


「それではその、ミレーニア王女殿下はそうと知って何故?」


兄が方向音痴だという事を知っているなら、何故ミレーニアはクラウディオについていっていたのか。その問いかけに今度気まずそうに視線を逸らしたのはミレーニアだった。気の強そうな、けれど美しい顔立ちが不満そうな色を浮かべる。じとりとした瞳が、兄であるクラウディオを映した。


「……だって、一回来たことがあるって言ったから。一回道を覚えれば、お兄様の方向感覚は信用できるのに」

「う……あまり散策を出来ていなくてな」

「じゃあ自信満々に案内するとか言わないでよね! もう、いつもはしっかりしてるのにほんとこういうところだけ……!」


妹の叱咤に返す言葉も無いのだろう。眉を下げてまたすまないと繰り返すクラウディオに、普段の不満が爆発したのか怒涛の文句を重ねるミレーニア。突如として始まった兄弟喧嘩と呼ぶには一方的すぎるそれに、リディアナは呆気に取られた。

けれど次第にその顔には笑みが浮かぶ。喧嘩は仲が良いから出来ることだ。昔兄弟という存在に憧れていたリディアナにとっては、二人の喧嘩は微笑ましいものに見えた。


警戒するようにリディアナにぴたりとくっついていたレンも、今では少し距離を置いている。その瞳は呆れたような色で二人を映しているが、警戒の色は先程よりも褪せていた。もうあの力を使う時のように、その瞳も赤く染まっていない。リディアナはそんな彼に、嵐が去ったと一安心する。


「……仲がよろしいんですね」


二人の一方的とも呼べるそんな兄弟喧嘩は、安心感から零れたリディアナの一言でぴたりと止まった。柔らかい笑みを浮かべて二人を見つめるリディアナに、二人は少し顔を赤らめると視線を逸す。人前で身内のやり取りを行ってしまったのが恥ずかしかったのかもしれない。リディアナは王族と呼ぶにはあまりにも親しみやすい彼らに、さらに笑みを深めた。

実際二人はリディアナの微笑みに見惚れた部分もあったのだが、生憎リディアナはそれには気づかない。全てに気づいてしまったレンは、誰にも気付かれないように小さく息を吐いていたが。


「……案内の途中で、すまない」

「……ごめんなさい」

「いえ、あ、そろそろ出口ですよ」


謝罪する二人。途端にしおらしくなったその態度に疑問を覚えつつも、リディアナは徐々に近づいてきた入口の方に目を向けた。そこには誰も居ない、なんてこともなく相変わらず見張りを真面目にこなす二人の神殿騎士が居る。彼等に二人のことをどう説明するべきだろうか。二人は身分の高い王族ではあるが、他国からの使者だ。昼もちょっとした騒ぎになっていたようだし、二度もこんな奥地にまで侵入してしまったことを咎められないと良いのだが。


最悪の場合、国交問題になりかねない。そこでそう思い至り、リディアナは苦い表情を浮かべた。聖女教育はティニア王国にとって何よりも大事な儀式の一つだ。きっとそれに他国の使者が神殿の許可もなく無遠慮に関わったとなれば、二人に向ける目は厳しいものになるだろう。

一度目ではないことから故意ではないということも、信じてもらえないかもしれない。仮にあそこに立つ二人がそれを信じてくれたとしても、責任者である纏め役の者が信じてくれなければ意味が無いだろう。さて、どうすれば波紋を立てずにこの件を終わらせられるか。


「……お二人共、少し待っていてくださいね」

「? ああ」


思ったよりも大きな問題だと、そう苦笑を浮かべたリディアナは二人にひとまず待ってもらうことにした。疑問を浮かべたクラウディオは素直にそれに従うが、ミレーニアはそんなリディアナに思い出したように警戒の視線を送ってくる。そんなにも警戒されることをしただろうかと、リディアナは一瞬彼女の態度を疑問に思ったが、今はさして重要ではないと取り敢えず置いておくこととした。

そしてリディアナはレンの方にも目を向ける。言葉もないその合図に彼は不満そうな表情を浮かべながらも頷き、クラウディオとミレーニアから少しだけ距離を取ってその場に待機した。正しく伝わったことに安堵して、リディアナは一人騎士達の方へと駆けていく。その美しい顔に美しい笑みを、携えて。


「ごめんなさい、少し良いかしら」

「おや、フォンテット様。何か問題がありましたか?」

「その、貴方達に謝らなくてはいけないことがあって……」


二人の神殿騎士は申し訳無さそうに眉を下げ、声を掛けてきたリディアナに顔を見合わせた。彼等にとってのリディアナは、決して言葉を交わすことも無かったかもしれないような麗人である。だが彼女は自分達にも挨拶を掛けて微笑んでくれるような、心優しい美しい令嬢だ。そんな彼女から謝られるような理由が見当たらずに、彼等は首を傾げる。


「その、本日訪れたリティエからのお客様がいらっしゃるでしょう? あの方々、私の友人なの」

「……ああ、昼に迷い込んだとの話も聞きましたね! フォンテット様のご友人でもあったのですか!」

「それで、それがどうかしたのですか?」


尋ねてくる二人に、リディアナはそっと顔を下げた。ぎょっとするような彼らの様子は、見えずともその雰囲気だけで伝わってくる。それもそうだろう、令嬢に頭を下げられるなんて機会が彼らに訪れたことなど、早々ない話だ。


「フォ、フォンテット様!?」

「……実は私の自慢の聖女候補をお二人にも紹介したくて、こっそりお呼び立ててしまったの。本当にごめんなさい……!」


リディアナは驚く騎士達に、心底申し訳無さそうに頭を下げた。神殿騎士たちが慌てふためき顔を上げるように言っても、頭を下げ続けたまま。貴族が一介の騎士に頭を下げるなんて、中々に考えられないことだ。それが最高位とも言える公爵令嬢なら尚更。けれど最悪国交問題に発展しそうな問題を解決するためなら、自分の頭など安いくらいである。

少し離れているとは言え、リディアナの声や姿は後ろで隠れるように待機をしている三人にも見えていた。謝罪とともに頭を下げたリディアナに、クラウディオやミレーニアは目を見開く。そうしてレンは、お人好しがすぎるとリディアナの姿に内心溜息を吐いた。けれどその表情には、見守るような優しい笑みが浮かんでいる。


「だい、大丈夫ですフォンテット様! お二人は他国からのお客様ですし、怪しい方々ではありません! リディアナ様のご友人ということでしたら尚更問題にはなりませんから!」

「聖女候補様に問題は起きていないのでしょう? リディアナ様のお人柄は我等も知っておりますし、このことは我々の心に留めておきます」


慌てたような騎士と、落ち着いた態度ながらも遠回しにリディアナの頭を上げさせようとする騎士。優しい彼等のそんな態度にリディアナは嘘をついたことが何だか申し訳なくなった。けれどそこで頭を上げて、罪悪感を隠すように微笑む。そうしてまた一度、リディアナは礼をした。


「……ありがとう。それでは、ここをお二人と通ってもいいかしら?」

「はい。ですが次からは、神殿長の許可を取ってくださいね」

「ええ、わかったわ」


なんとか上手くいったことに安堵する。他国の使者の侵入も、自国の令嬢の我儘ということにしてしまえば少なくとも国交問題は起きないだろう。リディアナの評判は下がるかもしれないとは思ったが、二人の態度を見るにそんなこともないのかもしれない。家に迷惑を掛けるかもしれないと、そう不安を抱いていたリディアナはそのことにも安堵した。

そうして三人を呼ぼうと、振り返る。これで何も問題はない。問題と言えばクラウディオがまた迷い込むかもしれないという点だが、それは本人に気をつけてもらうしかないだろう。そう苦笑を浮かべて振り返り、けれどそこでリディアナは動きを止めた。


ミレーニアがこちらを見ている。青灰色の美しい瞳を揺らして、リディアナをじっと。それは先程のような警戒心を宿したものではない。けれどまるでリディアナのことが理解できないと、そう叫ぶようなその瞳はリディアナの心に小さな凝りを残した。

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