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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
第三章
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第五話

「……いけない、もうこんな時間だわ」

「あ、ほんとですね」


そして時は進み夕暮れ。ふと空を見て驚いたように呟いたリディアナに、釣られるようにしてメアリも窓の先の空を見上げた。真っ赤に染まったその色に緑の瞳が見開かれる。

メアリが戻ってきた後、彼女にとっての念願の授業ということでついこんな時間まで授業をしてしまったが、そろそろ帰らなくてはいけない時間だ。家の馬車もとっくに迎えに来てくれているだろう。


「送る」

「……大丈夫よ」


帰らなければ、そう立ち上がろうとしたリディアナよりも早く、対面に座っていた少年が立ち上がった。間髪入れずに言われた言葉にリディアナは苦笑を浮かべる。その表情のままレンに向けて首を振るも、彼は呆れたように目を眇めて首を振り返した。どうやら自分の話は聞いて貰えないらしい。

弱っているところを見せて以降、彼はメアリへと向けるような心配性を最近リディアナにも向けてくれている。その心配は少々過保護とも呼べるもので。そんな彼の態度に最近では違和感を覚えなくなっている自分が、リディアナは少し怖かった。


「じゃあメアリ、部屋から出んなよ」

「うん、わかった。リディアナ様、また明日です!」

「……ええ、また明日」


リディアナが持ってくるいつものバスケットをレンは掴む。そうして扉の前に立つとリディアナを促すように見つめてきた。後ろから聞こえてくる快活なメアリの返事が、可愛らしくも今は少しだけ憎たらしい。そんな風に思いつつも言葉を返し、リディアナは苦笑を浮かべたままゆっくりとレンに近づいて行った。

今日の勉強も順調に進んだと言っていいだろう。呪術に関しての危険性や利便性をメアリもしっかりと理解していたようだし、明日には自由読書枠として呪術に関してもっと詳しく書かれた本を持ってきてもいいかもしれない。そんなことを考えながら一歩と半歩、その距離を保ってレンの後ろを歩いていく。


「何笑ってんだ」

「え……? ああ、明日のことを考えてたの」


顔を輝かせるメアリのことを考えていたせいか、自然と笑みを浮かべてしまっていたらしい。いつの間にか振り返っていたレンの怪訝そうな声に、リディアナは少しだけはにかんだ。ここに居ると表情が上手く取り繕え無くていけない。微笑んでいた顔から急降下して、真面目な表情を作ったリディアナにレンはふっと笑う。その笑みに少しだけリディアナは恥ずかしくなって、誤魔化すように問い掛けた。


「貴方も何か読みたい本、あるかしら?」

「……んー」


今日クラウディオがメアリの部屋の前にまでやってきたことに、この少年はあからさまに警戒していた。その目的はなんなのかと。メアリ本人には濁して伝えたせいかそう重く受け止めず、リティエの王子には迷子癖があるのかと思っていたようだったが。

その当方人の警戒心のなさを心配してか、明日からは以前のようにメアリの部屋で過ごすことにしたらしい。コルトと何をしているかは知らないが、恐らく彼自身のその学びを中断してのことだろう。レンがメアリの警備目的で過ごすことはわかっているが、リディアナにとってはそれは少しだけ喜ばしいことだった。


だからレンの過ごす時間が少しでも有意義になればと、こうして読みたい本がないかと尋ねている。彼はその言葉に少し迷うような声を上げた。そうして悩んでいる姿は子供のようなのだが、とリディアナは微笑ましくもレンを見守る。


「……じゃ、魔法関係のやつ。もしくは禁術関係のやつ」

「……禁術?」


しかしそんな微笑ましさはレンの言葉で吹き飛んでいった。代わりに胸を満たした冷たい感覚に、リディアナは無意識の内に硬い声で問い掛ける。そんな普段は決して上げないようなリディアナの声にレンが目を眇めたことにも、気づかずに。

リディアナの胸がざわめく。一つ目は、まだ納得できた。レンは自らが不思議な力を使えるからか、魔法に強い興味を持っている。レンが使う力が魔法がどうかはリディアナにはわからないけれど、魔法かそれに類似するものなのは確かなのだろう。だが二つ目、禁術。何を思って彼はその本に興味を持ったのか。じわりとリディアナの手のひらが温度を失っていく。顔色もまた、徐々に青褪めていった。


「……駄目ならいい。顔色悪いぞ」

「っ、その、ごめんなさい。禁術の本は、持ち出しが出来ないと思うわ。呪術の本もお父様には大分渋られてしまったから……」

「わかった。魔法は良いのか?」


足を止めたせいだろうか。気づけば一歩と半歩、空いていた距離は半歩にまで詰められていた。案じるように見上げてくる紫色が、いつになく近くて。気付かぬ内に、彼は少しだけ背が伸びていたのだろうか。人間で言えば成長期なのだから、当然のことなのかもしれないが。

己の青が彼のその紫に宿っている、それを間近で見たせいか動揺して声が上擦るも、レンはそれに特に触れることなくリディアナのその説明に頷く。素直に聞き入れてくれたことに無性に安心して、リディアナの口から小さな吐息が零れた。


「……ええ、そっちは大丈夫だと思うわ」

「ん、楽しみにしてる」


頷いたレンはまた先に歩き出す。それに付いていく形でまた歩き始めながらも、リディアナは昨日のことを思い出していた。父に呪術関連の書物の貸し出しを頼んだときのことである。父であるアーノルドはリディアナが呪術、または禁術という物に触れることに快い態度を取らない。サラの件を全て報告した時も、神殿の人選に苦情を入れたいと言っていたほどだ。

だからきっと、禁術の本を借りることは不可能だっただろう。呪術の本でもあんなに渋られ、禁術の本を持ち出さないという約束で借り出しを許可できたくらいだ。だからリディアナが述べたことは決して嘘ではない。けれど持ち出せない理由の中にリディアナ本人の理由もあったせいか、嘘をついたような妙な罪悪感が胸を満たした。


「魔法、使うの?」

「……さぁ、多分使えると思う」


そんな罪悪感を押し殺すように、リディアナは少しだけ遠ざかったレンの背中に問い掛ける。その問いかけに一瞬逡巡するように足を止めたレンは、くるりと振り返ると言葉と共にその人差し指に小さな炎を灯した。紫色の、綺麗な炎である。


「……っ! すごい……!」

「……まぁ、簡単なやつだけど」


決して人の力では起こせない奇跡だ。可燃物も何も無く、その指に炎を灯すなど。しかも炎の色はレンの瞳のような鮮やかな紫色だ。リディアナは目の前で起きた奇跡に瞳を輝かせた。何も知らない無垢な少女のように。

それにレンは少しだけ照れ臭そうに視線を逸らす。暗かった顔色を明るくしたリディアナに安堵して。それと、輝きを秘めた青色の瞳があまりにも眩しくて。自分の魔法を当たり前のように受け入れ、そして賞賛してくれるリディアナに、心臓が握られるような心地になった。


「……貴方と、それとメアリはまるであの絵本の二人みたいだわ」

「……俺とメアリ?」


けれど熱の篭ったリディアナの言葉に、その感覚は萎んでいった。レンの不満そうな声にも気づかず、リディアナは脳裏にあの絵本を描く。彼女には一生懸命な主人公がメアリに、それを守ろうとするレンが魔法使いに似ているように思えた。

今思えば、だからこんなにも二人と早く仲良くなれたのかもしれない。憧れの物語の登場人物と似ている二人だったから。いや、勿論そうでなくとも二人は優しく魅力的だから、仲良くなるのに時間はかからなかっただろうけど。


二人が絵本の主役ならば、リディアナの役どころはどこだろう。序盤の方に出てきて主人公と文通相手になる病弱な貴族の令嬢だろうか? 中盤に出てきて倒れた主人公を介抱した村娘だろうか? それともとある理由から主人公の行末を何度も阻む姉だろうか? 膨れ上がる想像に笑みを深めたリディアナに、レンは少しだけ不機嫌そうに視線を逸らした。


「……俺は別に、あの魔法使いみたいにお人好しじゃない」

「そう? 貴方はとても優しいと思うけれど」


リディアナはレンの言葉に首を傾げた。確かにレンはあの明朗快活な魔法使いのような性格ではないが、心優しくお人好しと言ってもいいくらいである。リディアナを何度も助けてくれたことだし、不器用でこそあれど優しいことに変わりはないはずだ。なのに何故そんなにも否定するのか。

優しい、その言葉に息を呑んだ後に首を振り、レンはその指に宿していた炎を消した。そのことに少し残念そうに小さく声を漏らしたリディアナに、少しだけ笑みを浮かべつつもレンは告げる。


「……あんたとか、メアリ以外のやつだったら助けてない」

「……それは、どういう」

「さぁ。好きに取れば?」


首を傾げながらも丸まった青色にまた笑い、レンは背を向けて再び歩き出す。問いかけには答えてやる気にはなれなかった。後ろから慌てたようなリディアナの足音がついてくる。今はその事に満足して。


一方リディアナは前を歩くレンについて行きながらも、よく分からない己の心臓のざわめきに困惑していた。一瞬は発作かと焦ったが、それにしては痛みも生まれてこない。ただ心がざわつくのだ、前を歩くレンの背中をその視界に映す度、先程の笑みを思い浮かべる度。

決してそれは不快なものではなかった。けれどリディアナにはわからない、今まで感じたことの無いこの感覚は、一体何なのだろうか。


「……待て」

「?」


けれどそこでレンがまた足を止めた。警戒するような声に言われるまま、リディアナもまた足を止める。彼が警戒をしているということは、つまり。

リディアナは目を伏せて耳を澄ませた。驚くくらい静かなメアリの暮らす居住区。けれどリディアナたちが向かおうとしていた道から、僅かな足音が聞こえてくるような。


「お兄様! こっちで良いわけ? さっきも迷子になってたじゃない」

「多分。こっちが大聖堂だ」

「……道中明らかな獣道とかあったけど、気にしちゃ負けよね」


騒がしい声が二人の耳を突いた。伏せていた目を開いて声の方へと視線を向けるリディアナと、そんなリディアナを庇うように前に立つレン。明るい声音の少女の声と、どこか聞き覚えのある精悍な青年の声。それは徐々に二人の方へと近づいてきていた。

渡り廊下では隠れるような場所もない。舌を打ったレンは、聞き覚えのない二つの声に警戒心を尖らせていた。その声には聞き覚えがないのに、声の主達は関係者以外は立入禁止の場所まで入ってきている。最悪力を行使するのも辞さない覚悟で、レンは後ろのリディアナに視線を向けた。そんなレンに、リディアナも警戒するような表情を浮かべて頷く。そんなリディアナに、レンの瞳が見開かれた。


「あ、あっちに人居るわよ! もう道聞きま……!?」

「……レニー?」


しかしそんな油断の瞬間に相手に見つかってしまったらしい。二人は漸く見ることの出来た二つの人影に目を向ける。夕日の光の影響ではない、真っ赤に燃える二つの髪にリディアナは小さく息を呑んだ。どうやらリティエからの滞在者は一人ではなかったらしい。短い髪の隣にもう一人、美しく髪を結い上げた誰かが立っている。

声を止めた少女に不思議そうな視線を向けつつも、青年の方はゆっくりとこちらへと近づいてきた。リディアナの顔に少しだけ申し訳無さそうに眉を下げつつも、青年は問い掛ける。


「……すまない、ここはどこだろうか」

「……ここは、立入禁止区域ですわね。クラウディオ殿下」


リディアナはそんな彼に苦笑を浮かべて、そう答えた。途端に増々眉を下げた彼に苦笑を深めつつも、リディアナは彼の隣に立つ少女の方へと視線を向ける。リディアナの前で警戒心を顕にするレン。そんなレンと同じように彼女の青灰色の瞳もまた、リディアナに対する警戒心で満ち溢れていた。

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