第二十二話
そうして話は片がついた。ミランダを実行犯に、サラが主犯であると自白したようなものだったから。そうして話は彼女たちに下される処分へと移っていったが。
「……あの、お二人の罰って出来る限り軽いものになりませんか?」
話が移り変わった時、そう最初に告げたのはメアリだった。躊躇いながらもコルトにそう問いかけたメアリに、リディアナは苦笑する。その言葉にメアリを挟んだその席に座っているレンの顔が露骨に顰められたからのを見たからだ。そうして対面側のサラもまた、メアリの言葉に目を見開いた後、その顔を不快そうに歪める。
「……同情のつもり? そんなことをされても不快なだけよ」
「サラ様……」
棘のあるその言葉に、ミランダが困ったようにサラを見た。サラとしても恐らく重罰は望んていないが、貴族としてのプライドが高い彼女にとってメアリから送られる優しさは一種の哀れみのように思えたのだろう。けれどメアリはサラの言葉にきょとんと目を丸めた後、首を振る。
「いいえ、貴方に同情なんてしません。ただ、貴方の罪が重いとミランダさんが辛いだろうから」
「……そう」
そんなメアリの言葉にサラは苦いものを食べたように増々表情を歪めると、ふいと視線を逸した。はっきりと告げられたメアリのその言葉は悪意がない分、強烈に刺さるものである。
怖いくらいに純粋な自分の聖女候補に末恐ろしさを感じつつ、リディアナはメアリの言葉を聞いて考え込んでいるコルトを見つめた。
果たして彼の下す判決はどうなるのか。ただ呪術を使って人を害した事件であればその犯人を警吏に引き渡し、それで終わりとなる。しかし今回の件は中々に特殊な案件だ。脅されてやったミランダに、主犯ではあるものの呪術を使っていないサラ。その上被害者であるメアリが二人の減刑を願っている。
二人の判決は、神殿の最高権力者であるコルトへと委ねられた。未だ柔らかな笑みを浮かべたままのコルトは、メアリの言葉に頷くと優しく告げる。
「そうですな……まずサラ・ギブソン様」
「……はい」
「メアリの言葉もありますし、貴方は北の聖エドリック修道院で奉仕という形で罪を償うというのはいかがですかな」
修道院。そのコルトの言葉にサラは一度躊躇い、けれど頷いた。どうやらコルトは警吏に引き渡さないという手段を以て判決を下そうとしているらしい。
それも一つの選択だと、リディアナは頷く。警吏に引き渡すということは、神殿で起きたこの事件を世間に知らしめるということ。そうしてその事件は、後々醜聞となって神殿に降りかかることとなるのだ。
教育係が聖女候補を使って他の聖女候補に呪術を使ったなど、世間から見れば良いゴシップにしかならないだろう。そしてその醜聞は、世間が罪のない他の教育係や聖女候補を厚い色眼鏡で見るようになる要因になりかねない。言ってしまえば隠蔽だが、それで守られるのはメアリやエレンだ。
「……ふん、気に食わないけど致し方ありませんわね」
同じことを考えたのだろう。コルトの判断にクレアは不満そうに鼻を鳴らしたが、異論は唱えることなく頷いた。真っ直ぐな性根の人物だから、隠蔽工作のようなものは好かないのだろう。けれどそうしなければ、今回全く関係のないエレンにその火の粉が飛びかねない。
サラが先程のように自白をしなければ、彼女を警吏に引き渡してその事情を聞かなければならなかった。けれど彼女は自分が犯人だと認めたので、こういう手段が取れるようになったのだ。この件を引き起こした彼女だが、幕引きをその手で行ったことにだけは感謝をしなければならないかもしれない。
とはいえ一見甘く見えるサラに下されたその判決は、中々に厳しいものだ。罪に掛けられず修道院というだけで優しいようにも聞こえるが、北のエドリック修道院といえば厳しい規律と気候で有名な修道院だ。牢に入った方がまだまともな暮らしが出来ると、そんな噂が流れるほどに厳しい場所である。
けれど修道院ならば白百合の令嬢として、サラはその名誉だけは守れるだろう。狂気に一度落ちた彼女が自分を見つめ直すには丁度いい場所かもしれないと、リディアナはそう考えた。
「……ああ、ところでリディアナ様、少しお聞かせ願えますかな?」
「え?……ええ、どうなさいました?」
静かにその判決を受け入れたサラにコルトは優しく微笑みかけた。次に下されるのはミランダへの判決だろう。脅されたとは言え呪術に手を染め、誰かを傷つけた彼女。メアリの事を思うと出来得る限り軽い罰になってほしいと願うが、その判決は未知数のものだ。
けれどコルトのその声は、ミランダではなくリディアナへと掛けられた。目を丸くしてその言葉に応じたリディアナにコルトは鷹揚な笑みを浮かべたまま尋ねる。
「使用人を求められておるんでしたな。私からも紹介したいのですが、いかがですかな?」
「……! ええ、神殿長様のご紹介でしたらありがたいくらいです」
「それは僥倖」
その言葉にリディアナは瞳を瞬かせた後、笑顔で頷いた。そんなリディアナに感謝するように、優しく微笑むコルト。そんな2人の会話に周囲がついていけないまま、優しげな表情を真面目なものに変えてコルトはミランダの方を見た。
そんなコルトに困惑を表情に浮かべながらも、ミランダが背を正す。ミランダに判決が下されるのだ。リディアナの隣に座っているメアリの表情が僅かに強ばる。
「……ミランダ、君の言葉に嘘は感じなかった。恐らく長く苦しんだだろう、すまないね」
「……いいえ。全ては私の不徳のなすところです」
「いいや、今回の件は神殿にも責任があるんだよ」
まず謝罪をしたコルトに、ミランダは眉を下げて首を振った。けれどそんなミランダに首を振り返し、コルトは困ったように笑う。確かに教育係を選ぶのは神殿だ。神殿と最も懇意と言っていいギブソン家の姉妹を選んだのは当然だが、それでも選んだ二人が今回どちらも問題を起こすこととなった。それは神殿の問題と言っていいだろう。
「君は真面目で優秀だった。今回の件がなければ聖女に選ばれてもおかしくないほどに」
「っ、勿体ない、お言葉です……!」
コルトの言葉に、ミランダは顔を歪めながらも笑った。聖女を目指していた彼女からすれば、コルトから告げられたそれは嬉しい言葉だったのだろう。けれどどれだけ泣きそうに顔を歪めても、ミランダのその瞳から涙が流れることはない。薄々気づいてはいたが、今回の事件で彼女が失ったのはきっと、それなのだ。リディアナは目を伏せる。
ミランダは今回の一連の騒動の中、怒ることはあった、笑うこともあった。けれど涙を決して流しはしない。泣きそうに顔を歪めても、泣きそうなくらいに嬉しくても、その緑の瞳はもう雫を産むことはない。僅かな寿命と共に失ったそれは、二度と戻ってこない。
「……君は、リディアナ様が住まわれる家、フォンテット家で奉公をしなさい。紹介状なら私が書こう。その才能を何か別のところで役に立てると良い」
「っ!? 大きな罪を犯した私がそんな……」
「それでは尋ねるかな。……この判決に、反対者は居られますかな?」
それだけで十分の罰だろう。だからコルトはもうミランダから何も取り上げようとせず、これ以上の重荷を被せようともしないのだ。目を見開いたミランダがコルトの問いかけに辺りを見渡す。けれど誰も手を挙げる者は居ない。そう、それは先程判決を下されたサラでさえも。
ミランダが一人一人を見ていく。クレアは興味なさげに目を伏せ、エレンは目が合ったミランダに手を振った。レンはそっぽを向き、リディアナは頷き、メアリは嬉しそうにはにかむ。そうして隣のサラはミランダと目が合った瞬間、ぽつりと呟いた。
「……私、あの女には悪いと思ってないわ。お姉様を傷つけたんだもの」
その言葉にミランダの瞳が揺れる。サラにとってはどこまでもメアリは悪役なのだろう。最愛の姉を傷つけたのだから。実際の事実は少し違えど、レラの自業自得と言えど、サラはそれらをきっと認めない。
けれどミランダは。サラにとってのミランダは、ここに来てからサラの味方で居続けてくれた唯一の存在だ。罪が明かされた後も、気遣ってくれた相手だ。先程裏切り者とそう呼んだミランダのことを、メアリの平手によって狂気から戻されたサラはもう道具とは思っていないようだった。
「……でも貴方には少しだけ、悪いと思ってるの」
裏切り者って言って、ごめんなさい。ミランダだけに聞こえるくらいの声でそう告げたサラに、ミランダは泣きそうに微笑む。やはりその瞳から涙は流れない。流す術を失ってしまったから。けれどその表情で痛いくらいに、その気持ちは伝わってくるのだ。
そうして会議の全ては決着した。サラは修道院へ、ミランダはリディアナの居るフォンテット家で奉公をすることに。コルトが下したその判決に否を唱える者は、誰も居なかった。
「……リディアナ様、少し良いでしょうか」
「……ええ、構わないわ」
沙汰は追って手紙で報告するという形で決着が着いた会議の後。コルトが退席して解散の流れになった瞬間に、リディアナは近づいてきた一人の人物にそうして声を掛けられる。リディアナはその声に少し目を瞠った後、小さく微笑んだ。
場所を移したいと、そう告げたその人物に頷いて、リディアナは彼女に着いていこうとした。けれどそんなリディアナの腕を、直ぐ隣にいたレンが掴む。
「……おい」
「……大丈夫よ、メアリをよろしくね」
案じるように見つめてくる紫色に微笑んで、リディアナは少し遠くでミランダやエレンと話しているメアリへと目を向けた。エレンが軽い冗談を言い、それにメアリが笑い、ミランダが眉を顰める。和やかな雰囲気だ。けれどこうして三人が気軽に話せる時間ももう少ないと、そう思うだけでリディアナは少し切ない気持ちになった。
そんな三人をクレアもまた、少し離れたところで見守っている。いつもは強気な表情を、少しだけ緩めて。けれど彼女はリディアナの視線に気づいた瞬間、ふっと顔を背けてしまったが。
「行きましょうか、サラ様」
「……はい」
掴まれた腕は離された。けれど離しこそしたが未だレンは厳しい表情のままだ。そんな彼に念を押すようににもう一度微笑んで、リディアナは背後を振り返った。自分を誘った、サラの方を。