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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
第二章
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第十九話

「……この子が犯人なのは確定しているのでしょう? わざわざ尋ねるような意味はあるでしょうか?」


リディアナからの問いかけに表情を僅かに変えたミランダ。しかし尋ねられた彼女が口を開くよりも早く、その隣のサラが笑みを深めて首を振る。そんなサラに開きかけていたミランダの口は途端に閉口した。

成程、やはりミランダに喋られるのはサラにとって都合が悪いらしい。リディアナは美しい笑みの裏で冷静にそう考えつつ、ミランダを観察した。無表情で一見感情を失ったように見える彼女、その態度は恐らく演技だと。


メアリへと一瞬だけ向けた柔らかな表情、無表情でありながらも時折その瞳に宿る僅かな葛藤。ずっと心配そうに見つめていたメアリが気づけなかったそれらに、リディアナは気づいていた。その無表情は一見全ての感情を失ったようにも見えるが、そんな人間がそれらの小さくも繊細な表情を浮かべることができるだろうか。

察しの良さ、という点では人一倍優れている自信がリディアナにはあった。伊達に社交界で生き抜いているわけではない。経験上明るい感情よりも負の感情に聡いのは、胸を張っていいことかはわからないけれど。


「いいえ、神殿長様は皆様の証言をと仰っていたでしょう? ミランダ様に一言も話させずにいては、この討論の公平さは失われます」


そうでしょう、とそこでリディアナはコルトの方を見遣った。視線を向けられたコルトは微笑んで頷く。その表情からはリディアナであっても、真意を見抜けそうにはなかった。

しかし彼の思惑がどこにあるかまでは読めないが、コルトは食えない人物というだけで悪人というわけではない。彼が悪人であったのなら、レンはもうとっくにメアリを連れてこの神殿から逃げ出すくらいのことはしているだろう。だからリディアナはそれに賭けたのだ。


「ええ、そうですな。ミランダ、何か弁明はあるかな?」


リディアナの想像通り、会話を引き継ぐ形でコルトはミランダへと問いかける。部屋中の視線が集まったミランダは戸惑うように、そこまでどこを見ていたかわからなかった視線を落とした。

その動きにはやはり躊躇いが見える。迷うようにその視線を迷わせて、口を開いては閉じて。今そこに居るのは到底人形なんかには見えない、1人の生きた人間だった。


「……私は、」

「ないでしょうミランダ? だって貴方がやったんですもの、ね?」

「……っ、はい」

「だ、そうですよリディアナ様。これで公平性は問題ないでしょう?」


しかし迷いの果て、漸く何かを話そうとしたミランダをサラは問いかけという形で封じ込める。断定とも言えるその言葉に萎縮したのか、ミランダは頷くと直ぐに口を閉じてしまった。成程、どうあってもサラはミランダに何も話させたくないらしい。

満足そうに頷くサラの隣、ミランダは一瞬だけその瞳に失意を宿しながらもまた無表情に戻った。そんな二人をリディアナは観察する。


サラがミランダに問いかけた時、その言葉には脅すような響きがあった。そうしてその響きにミランダは怯えたようにその口を閉じたのだ。

リディアナはメアリの話を思い出す。ミランダの生まれは北の方で、子供の多い貧しい家庭環境。そうしてサラの家はギブソン伯爵家。ギブソン伯爵家が治める領土は北方だ。


リディアナはそこで、二人の関係が見えた気がした。今も時折メアリを案じるように見つめるミランダがその手でメアリを呪った、その理由も。賭けになるかもしれないが、仕掛ける価値はあるはずだ。


「……ええ、これで公平性は問題ないでしょう」

「っ、リディアナさ、……!」


リディアナは取り敢えずサラの言葉に頷く。そこで黙っていられなくなったのか、隣のメアリがリディアナを呼ぼうとしたが、リディアナは手を強く握ってその言葉を止まらせた。そうしてリディアナはメアリへと視線を向ける。信じてと、そう告げるように。

メアリはその視線に目を見開いた。当然だ。彼女にはサラを追い詰めるような展開が見えていないのだろう。きっとメアリから見ればこの展開は絶望的とも言っていいはずだ。けれどメアリはリディアナを見て、頷いた。何かを託すように、願い乞うように。


「それでは動機は? お聞かせ願えるかしら」

「……そんなのは警吏のすることでは? この討論で決めたいのは犯人、それだけでしょう」


大切な友人にそうして託されては、もう負けるわけにはいかない。リディアナは微笑んでまたミランダを見つめた。リディアナの止まない追求に肩を小さく跳ねさせたミランダ。けれどまたそうしてミランダの隣のサラからの横槍が入る。儚げに微笑んでいたサラの眉は今では僅かに顰められていた。


「あら、こちらは被害者です。その理由が気になっても仕方ないでしょう? 怪我をして神殿を騒がせてしまったことですし」

「……他の聖女候補が邪魔で不穏な噂が流れているその子がちょうどよかった、そんなところでしょう。ね、ミランダ」


しつこいと、そう言わんばかりの表情を浮かべるサラにリディアナは笑みを深めた。彼女は社交という点において、まだ未熟らしい。

表情で己の感情を悟らせてはいけない、敵の多い貴族達のお茶会や社交界では鉄則だ。ここが社交場ではないと舐めているのかもしれないが、今リディアナがサラを敵と定めている以上ここは戦場と何ら変わらないのだから。


またしてもミランダの代わりに答えたサラ。その言葉にミランダが頷くよりも早く、リディアナは二人の関係に刃を入れる。正しい答えを、黒幕を引きずり出すための一刀を。


「……先程から思っていたのですがサラ様、私は貴方に聞いているわけではありません。そう貴方が語られていては、貴方を犯人だと勘違いしていまいそうです」

「!……ええ、そうですわね。まるでご自身の理由を語っているようにも見えましてよ」


困ったように溜息を吐く。表面上は笑顔を保ったまま、けれどその視線に疑いを込めて。その視線にサラは動揺したようにその目を見開いた。クレアからも助け舟が入ったことによって、疑いがまた自分へと向いたように感じたのだろう。サラは焦るような表情を浮かべながら、首を振った。


「……ミランダは無口なので、代わりに私が答えてるだけです」

「あら、お優しいですね? けれど今は黙っていただけるでしょうか。先程人の会話に口を挟むのはマナー違反だと、そうご自身の口で仰っていたのだから」

「っ!」


困った表情のまま、窘めるようにリディアナが笑う。暗にマナーがなっていないと、そう指摘するとサラは恥ずかしさからか怒りからか、顔を僅かに赤くして唇を噛み締めた。

これ以上口を挟んでくることはないだろう。だってそうすればサラは、憎み見下しているメアリよりもマナーがなっていないとこの場にいる全員にそう判断されるのだから。


悔しげに睨みつけてくるサラににっこりと微笑んで、そうしてリディアナは再びミランダへと視線を向ける。

ミランダは言い包められたサラを呆然と見つめていたが、リディアナの視線に気づくとその表情を再び無表情に戻した。いい加減、その表情にも見飽きてきた頃だ。そろそろ隣でしょげている友人を、安心させてはくれないだろうか。そう思いながらもリディアナは口を開く。


「……さてミランダ様。私の家名を覚えていらっしゃいますか?」

「……?」


その問いかけに、ミランダが僅かに不思議そうに目を丸めた。部屋に居る他の人物も、突如として討論には関係ないことを言い出したリディアナに困惑するような表情を浮かべる。

リディアナを信じて黙っていたメアリも、先程言い包められたサラも。唯一、コルトだけは変わらずに笑みを浮かべたままであったが。


「初めてお会いした時にもお伝えした通り、私の名前はリディアナ・フォンテット。これでも公爵令嬢という立場です」

「……存じております。それが何か?」


突然に告げられた二回目の自己紹介に、ますます困惑したような表情を浮かべるミランダ。彼女にとってはこうして自分が切り込まれるのが想定外なのか、段々と無表情を取り繕えなくなっていた。きっとリディアナの話のその意味がわからないのだろう。

当然それはミランダ以外の参加者達も同じで、誰もがリディアナに困惑するような視線を向けていた。


そんな視線を気にもせず、リディアナはそこで困ったように首を傾げてみせる。小さく溜息を吐いて、心底困ったというような視線をミランダへと向けて、そうして小さくも笑みを浮かべた。切り込むのは、ここからだ。サラも混乱して黙っていることだし、今が絶好の機会と言っていいだろう。


「ですが先々代の時代に色々ありまして……実は信頼できる使用人を募集しているんです。十数名ほど」

「っ……!」


十数名、その言葉にミランダの瞳が見開かれる。その瞳に縋るような色を見つけて、リディアナは笑った。賭けに勝ったと、そう内心安堵して、そうしてトドメの一言を放つ。そこで漸くリディアナの意図に気づいたサラが止めるよりも、早く。


「まっ、」

「私の大切な友人であるメアリのご友人のミランダ様の紹介であったら安心できるのですが、どうでしょうか?」


焦って何かを言おうとしたサラの声を遮って、リディアナはミランダへと問いかけた。メアリの友人、それを強調したリディアナにミランダは零れそうなほどに目を見開いた後、その表情を泣きそうに緩める。

そこにもう無表情な人形のような少女は居ない。少し表情の硬い、けれども確かに表情のある彼女がそこに居た。その顔に、やはりあの日見たミランダは幻覚だったのだとリディアナは確信する。やはり多くの騎士達が見張りに居た中、ミランダのような少女が一人で抜け出せるわけが無かったらしい。何が原因であんな幻覚を見たのか、そう考えるのは後だ。今は彼女の話を聞くときなのだから。


「……その言葉、信じます。こんな私を信じて心配してくれていた優しい友人の、その友人の言葉ですから」


流暢に話し始めるミランダ。突然雰囲気を変えた彼女に動揺する者も当然居たが、リディアナはそんな彼女に動揺せずに頷く。

一個目に失ったのは感情だったのかもしれない。けれど二個目からはきっと。そう理解して眉を下げつつも。


「ええ、信じてください。貴方のご家族は、リディアナ・フォンテットの名に懸けて必ず守ってみせます」


リディアナの言葉に頷いたミランダは、そこで隣のサラに視線を向けた。サラは顔を真っ青にしてミランダを凝視している。そんなサラをミランダは少しだけ物言いたげに見つめて、そうしてごめんなさいと呟いた。その謝罪の意図はリディアナには掴めない。


ミランダは息を吸う。そうして覚悟を決めたように、リディアナを真っ直ぐに見つめた。その口が開かれるのを、この部屋に居る全員が固唾を飲んで見守る。

一人は何も理解が出来ていないように、一人はどこか納得したように。そうしてリディアナの隣の人物は、泣きそうにミランダを見つめながら。


「……私は、サラ様に脅される形でメアリを呪っていました。サラ様の姉、レラ様が心を病みメアリの教育係を辞めた、その復讐として」

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