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聖女の教育係  作者: 楪 逢月
番外編
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番外編 大樹の聖女

本編エピローグ最終話から少し後のお話。後に救国の聖女と称される少女と、その双璧と称された双子の王族の始まりの話。

「……うぅ、本当にこれでいいんでしょうか?」


青りんごの丸々とした瞳が、不安に揺れる。普段自由に風に揺られる栗色の柔らかそうな髪は、今だけは繊細に結われていて。そうして小動物然とした少女は、落ち着かないという風にドレスの裾を揺らした。薄緑色のそのドレスは、いつか彼女が来ていた真っ白なそれよりも彼女に寄り添っているようにも思えて。


「大丈夫よ、可愛いから!」

「ああ、良く似合っている」


そんな不安そうにする彼女に掛けられた、二つの声。一つは、真っ赤な髪と真っ赤なドレスが特徴的な長身の美女の声。彼女は持っていた扇を開くと、満足気に二度頷いた。なんせ化粧が施され、美しい衣装に身を包んだ友人の姿は、自分の想像の上を行くものだったので。

そうして女性の声に発破を掛けられるように続いたもう一つの声は、美女と同じ色彩を持つ青年の声だった。鮮やかな赤髪と、青灰色の瞳。容姿までもどこか女性と似通った美青年は、女性の言葉に賛同するように頷く。真摯なその声音に、栗色の髪の少女のその頬が赤く染まった。


「そ、そうですか……?」

「大丈夫! だってリ……アナの、お墨付きでしょ?」


少女の不安が揺らいだのを好機と見たのか、女性は更に畳み掛けるように大丈夫と続ける。とはいえ、まだ慣れないとある名前を紡ぎそうになってしまったこと。瞬間、隣にいる兄から鋭い視線を貰ってしまったこと。それに僅かに顔を引き攣らせてはいたが。

しかしそんな二人の様子には気づかず、少女は素直にこの姿に仕立て上げられた経緯を思い出す。自分の瞳や肌の色、髪型の全てを考慮してくれたとある人物の姿を。髪は短くなってしまったが、変わらず誰よりも美しい彼女。彼女は全てを身にまとった少女に、良く似合っているとそう微笑んで告げてくれた。今日の本番の姿は見られていないが、それでも今日と変わらない姿に身を包んだ練習の際にはそう告げてくれたのだ。


「……そうですね! なら絶対大丈夫です!」


そうなれば、彼女に絶対の信頼を寄せている少女が疑う余地もない。少女、メアリは両手を握りしめると、力強く頷いた。そこにもう先程までの不安はない。自分が何よりも美しいと思っている女性が、自分を認めてくれているのだ。それならばこの姿に不安などあっていいわけがない。この装いは少々自分にはもったいないような、そんな気もするが。


「……ていうか、あの二人もこっちに来ればいいのに」

「仕方ないだろう。今の彼女には身分がない」


メアリが自信を取り戻したのを見て、安堵したように微笑んだ二人。しかしその双子の片割れ、ミレーニアはそこで少し不満そうに唇を尖らせる。何故メアリをこんな美しく完成させた立役者である彼女や、そもそもメアリの筆頭護衛であるあの子供がここに来ないのか。決して寂しいわけではなく、役割がある彼らがここに居ないのが不満だったのである。

だが、それを宥めたのは彼女の兄であるクラウディオだった。仕方がないことだと、拗ね始めた妹をクラウディオは宥める。クラウディオとしても彼女や彼が居るのは心強かったのだが、当人である彼女に身分を理由に首を振られてしまっては仕方ない。そうすれば彼だって、一人になる彼女を心配して傍に付いていたくなるものだ。


「で、あいつもあの子の方が大事だからこっちに来ないと」


けっと、到底姫らしくない悪態をミレーニアは吐いた。メアリの護衛である彼、レン。本来ならば聖女様の護衛であるレンが、傍を離れるなんて許されないことである。だが彼の場合は、少し場合が違った。魔法使いである彼は、近くに居なくてもメアリの危険を察知することが可能なのである。それならばわざわざ傍に居なくてもいいだろと、そう告げた彼に意見できるものは今やこの国には居ない。何故ならば、すでに彼はその身で有用さを表したばかりだったので。

魔法使いの護衛というのは、前代未聞の例だ。最初は魔法使いというレンの言葉が嘘ではないかと疑う貴族も多かったが、今となってはそれらは全て黙り込んでいる。何故ならばメアリがここに来て一ヶ月。レンが彼女を連れてきて三週間。その間にレンがやらかしたことは、あまりにも多すぎた。


「……他国の暗殺者の一斉確保、騎士団の集団訓練、それに毒殺を未然に防いだ功績」


拗ねたミレーニアを見てか、苦笑を浮かべたクラウディオが記憶を頼りにレンがやったことを並べていく。とはいえ記憶を頼りにとはいっても、彼がやらかしたことをそう簡単に忘れられそうにはないのだけれど。


まずこの国に来てレンがやったこと。それはリティエの王城や各地に潜んでいた暗殺者達の一斉確保である。敵意や殺意が鬱陶しいと眉を寄せながらも、彼は王族や新たな聖女を狙っていた他国からの暗殺者達を一網打尽にした。その数は三十数名ほどに上る。しかも魔法を使い無傷で捕らえたため、国の暗部が黒幕の情報を引き出すことにも成功したとも聞いている。

そして平和で弛んでいた騎士達の集団訓練。レンが子供だからと絡んできた騎士達を、それはもう凄惨な目に遭わせたんだとか。だがこれに関しては噂が独り歩きしてるだけで、一応レンの直属の上司であるクラウディオは詳細を知っている。子供だからと絡んできたのを、返り討ちにしたのは本当。だが意識を失わせたくらいで、凄惨な目には遭わせていない。そんなことをすれば大事な彼女が心配してしまうことを、レンは知っているのだ。

最後に毒殺未遂の功績。まぁこれに関しては深く語るまでもなく、単純にメアリの料理に仕込まれていた毒を指摘しただけである。とはいえそれもまた、国を揺るがすような大きな大事件ではあったのだが。だがその犯人も結局、優秀な魔法使い殿に追跡魔法とやらを使われてお縄についた。


大妖精に守られているティニアとは違い、このように人外の守護者が居ない人の国のリティエには物騒なことが多い。ティニアは大妖精の加護を受けているからか、悪意に染まりきった人間にはひどく居心地の悪い場所なのだ。故に悪人は自ら去っていく。このことが要因でティニアの犯罪率は他国と比べ圧倒的に低いが、だからと言って全く無いというわけでもない。極稀に悪意からではない犯罪を行う者も居るのだ。例えば先日の事件のとある男のように、自分を正義と信じ切っている人物だとか。


「これだけの功績があれば彼を疑う者はいないし、我々は魔法については良く知らない」

「……だからあいつが大丈夫って言えば、それを認めるしか出来ない。でしょ?」

「そうだな。それに近くに護衛が居ないと誤認されるのも、また好都合だとか」


まぁティニアとリティエの治安の差に関してはこれぐらいとして。今の話の主題は、聖女の護衛となったレンである。聖女の護衛に就任してからの短期間でこれだけの功績を上げて、彼を疑う者が居るだろうか。いや、居ないのだ。殆どの者は彼を恐れるか、または味方につけようと必死に媚を売るようになった。とはいえ当の本人であるレンは、それらに関して全く反応を返していないのだが。

ちなみにそれはクラウディオの父である国王も同じで、どうにかレンを王族の護衛に付けれないかとクラウディオに打診してくるくらいである。とはいえそれは到底無理な話なので、クラウディオは無言で首を振っておいた。クラウディオも彼に多少は信頼されてる気がするが、それでもレンが願いを叶えようとするのはメアリともう一人くらいなことをクラウディオはよく知っている。


「まぁ、レンはただリ、……ア、アナさ、んの傍に居たいだけだと思いますけどね」


二人が幼馴染であるレンの話をしているのを見てか、少し緊張していた様子のメアリはそこで表情を綻ばせた。そうして彼女は未だ慣れないのか、とある人物の呼称を噛み噛みに呼びながらも話に乗ってくる。恐らくメアリの中の敬愛が、彼女を親しい人のように呼ぶのを受け入れられていないのだろう。そんなメアリがおかしくて笑みを零しつつ、しかしそこでミレーニアは一つ気になって問いかけた。


「……メアリ的にはどうなの? ぞんざいにされてて嫌じゃない?」

「え?……うーん」


そう、気になったのはそんなこと。レンは業務を果たして、いや果たしすぎているが、それでも基本的にはメアリよりも彼女を優先する。二人は幼馴染で親しい仲だったはずであるし、そんな彼が自分よりも彼女を優先するのはメアリにとっては複雑な心境ではないだろうか。

けれどそんなミレーニアの問いかけに予想外のことを聞かれた、という顔をしたメアリは考え込むように顎に手のひらを寄せた。そうしてミレーニアとクラウディオの視線が集中する中、数秒の逡巡後メアリは言い切る。輝かしいばかりの、そんな笑顔で。


「寧ろアナさんを放っておいてこっちに来る方が、すっごい嫌です!」

「そ、そう……」


その輝かしい笑顔に、ミレーニアは思わず顔を引き攣らせる。そういえばそうだった。メアリもまた、彼女の信者なのである。しかも敬愛という意味ではレンよりも数倍上を行く。彼女の言う事ならば、例えどれだけ荒唐無稽なものであってもメアリは何でも信じるだろう。

そんなもはや狂信者レベルの敬愛に、ミレーニアは若干頭が痛くなった。この国を救う聖女様が、一個人の信者。だいぶ問題な気もするが、輝かしい笑顔で言い切る彼女にはもはや何を言っても無駄だ。このメアリの行き過ぎた感情を、当の本人である彼女が懐かれているとしか思っていないのも大分頭が痛いのだが。過ぎた過小評価は、周りに胃痛を振りまくのだ。


「……まぁ、アナで良かったわ」

「……そうだな」


とはいえそんなメアリの信頼を寄せる相手が、彼女であって良かったと思うのもまた事実である。何故ならばメアリが信じている彼女の善良さもまた、常軌を逸したものであるので。若干疲れたように目を伏せたミレーニアの呟きに、同じ表情を浮かべたクラウディオが頷く。それに首を傾げるメアリは、可愛らしくもこの国では爆弾のような存在であった。なんせ、彼女はこの国にとっての救世の聖女様なので。


「っと、それよりも」

「……ああ、もう少しで始まるな」


これからのことを考えて若干頭が痛くなりつつも、しかしそこで聞こえた鐘の音にミレーニアは顔を上げた。それと同時ににクラウディオもまた、苦笑を真剣な表情へと変えて頷く。鳴り響く鐘の音は、今日の聖女のお披露目パーティーの合図なのだ。今度は候補ではなく、ただ一人の聖女のための。

だからこそメアリはこの日に向けて、リディアナやミレーニアから指導を受け続けてきた。とは言え新興国のリティエは歴史が浅く、ティニア程マナーが厳しいわけではない。それに今回のお披露目パーティーには貴族だけではなく商人といった平民も招待されている。故にティニアのパーティーの時よりも気負わず、メアリは今こうして立っていられた。例え隣に、いつも元気づけてくれるあの人が居なくても。


「行くわよ、あたしたちの聖女様」

「エスコートは俺が。手を貸してくれるか」


始まりの合図に勝ち気に笑うミレーニアと、紳士的に手を差し伸べてくれるクラウディオ。その光景に、メアリは何だか不思議な気分になった。半年と少し前であれば村で長閑な暮らしを送っていた自分が、今こうしてきらびやかな場所に立っていること。そうして今の自分ならば、この空間にそこまで場違いではないこと。

巡るのは、ここまでの軌跡。嫌なこともあった。苦しいことも、悲しいことも。何故自分がこんな目に遭わなければいけないなんて、そんなことを思ったりもした。こんなことならば緑の目なんて持たなければ良かったなんて、自分の目を心底憎むこともあって。


けれど一人ぼっちだと勘違いしていたメアリを、痛みから守ってくれていた人が居た。埋もれていたメアリの、その価値を見つけてくれた人達が居た。いつか自分なんてと暗く淀んでいた思考は、徐々に村に居たときのように高く晴れ渡っていって。そうして何より、何よりも。メアリが今ここに居られるのは、ここに居ることを選んだ理由は。


『メアリ』


大輪の薔薇よりも美しいかんばせを綻ばせて、そうして優しくメアリの名前を呼んでくれる彼女のため。


「……今度は私が、貴方を」


掛けられた声、差し伸べられた手。それを前にしてもメアリの脳内を過るのは、あの人の姿。今頃どうしているだろうか、彼と一緒に居てくれるだろうか、笑っているだろうか。様々な思考が逡巡して、けれど散々考えた結果わかったことは。例え今彼女がどこに居ても、自分を見守ってくれているということ。


「メアリ?」

「大丈夫か?」


しかし突如として短い呟きと共に、自分の拳を握りしめたメアリの姿は異様に見えたのだろう。己の追憶に浸っていたメアリは、そこで掛けられた声に思わずはっとした。慌てて顔を上げれば、そこには心配そうにこちらを見下ろす四つの青灰色の瞳がある。その視線にじわりと頬が熱くなっていくのを感じつつ、メアリは取り繕うように笑みを浮かべた。メアリはまだ自覚していないけれど、浮かべたその笑みにはどこかメアリにとっての憧れに近い面影があって。


「っ、はい! 頑張ります!」


その笑みに、その言葉に、ミレーニアはどこか嬉しそうに微笑みを浮かべる。そうしてクラウディオはそんな妹を横目に、どこか眩しそうに瞳を細めた。まだ聖女となったばかりの、頼りないその華奢な体。けれどその青りんごの瞳だけは以前と変わらず、いいや以前よりも光り輝いている。そこから読み取れるのは百年掛けて緩やかな滅びに向かっているこの国が、彼女の存在で変わる予感。

それならばミレーニアが、クラウディオがすることは、ただ一つ。未来への希望に瞳を輝かせた我らが聖女様を、己が権力で守るという覚悟だけ。掛けられた声は、伸ばされた手は、自分達を利用する人間のために施されるものではない。損得なしに大樹を育ててくれる、救世の聖女へと齎されるものとなったのだから。

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